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何だ? 大勢の声が聞こえる……うるさいな。何だか後頭部が痛い。それにしてもなんて座り心地の悪い椅子なんだ。そう言えばさっき殴られた? ん……椅子?
「さぁ! これが今回、最後の商品です!」
ん? 最後? 誰か俺に触ってる? っ……首に何か刺された?
目を開けたくても瞼が重い。だが、目を閉じていても、凄く明るいところにいるのがわかる。顔が何かに照らされて熱い。
「今回最後の商品は『魔眼球を持つ青年』です」
何!?
大きなざわめきと共に、驚愕のあまり俺は目を見開いた。
まだ照らされているライトに目が慣れない。
見えてきた視界の先には目をギラギラさせた強欲な人間たちが、それぞれ番号の書いてあるプレートを持ち、オークション開始価格が読み上げられるのを今か今かと待っている。
何だ? これは、あの夢の光景に……。
逃げようと試みるが、手と体はロープで椅子に固定され、動かせない。それに、なんだか体が熱くなってきた。
この感じ、あの時に似ている。ドラゴンの姿になったあの時と……。さっき首に何か刺された感覚があった。もしかして、また薬を使われたのか?
しかし、あの時とは違って、暴走する気配がない。ただ目の前にいる人たちが俺の眼を見て色めき立っている。
見え方が最初に魔眼球を発動させたと同じ、周りの色が違って見えた。どうも、魔眼球だけ強制的に覚醒させられたらしい。
「さぁ、今から見ものですよ! この少年は魔物交じりでこの魔眼球を取り出してほしいと言ってきた。今、この場で取り出して見せようではありませんか!」
「!? な……」
俺は混乱していて声が出せない。
俺が……最後の商品? 魔眼球を取り出す?
舞台の下手から、誰かがゆっくり俺に近づいてくる。ナイフを持った葉月だ。だが、無表情で感情が読めない。
「くっ……」
待てよ? 予知夢で、この大人たちの中、弥生が何かを叫んでいた。でも、弥生がいない。弥生はどこだ?
葉月は、目の前に立ち不敵な笑みを見せ、アナウンスで言っていたことを遂行しようとしている。
「この時を待ってたの」
「血迷ったか……葉月!」
逆手で持っていたナイフを俺に振り下ろす。俺はとっさに俯き、目を瞑る。
すると、ナイフが勢いよく、目の前の風を切った感覚が残る。どこも痛くない。恐る恐る目を開けると自分を縛っていたロープが切られ、拘束が解かれていた。
「ん? あ? え?」
葉月はすぐにナイフを順手に持ち替え、客席の壁際に立っている眼鏡をかけたスーツの男目がけ投げつけた。
男はとっさにそれを避け、出入り口に走り出す。
すかさず葉月は服の下に隠し持っていた飛刀を取り出し、もう一度男に投げると、今度は腕をかすめた。
それを見ていた客たちが「暴漢だ」と騒ぎ始め、会場内は混乱していった。会場の後ろのドア付近では、スタッフ達が「落ち着いて下さい」「こちらから逃げてください」と誘導を始めている。それと入れ替わりに警備員が数人入ってきた。
男はそれに乗じて逃げようとしていた。葉月は男に向かって手の平を広げると、呪文を唱えた。
「地の精霊よ。縄を創り出し、彼の者の動きを止めよ。〈拘束〉!」
魔法の縄は、男の足元から出てきて絡みついていく。男が暴れれば暴れるほど、縛る力が強くなる。体中に巻き付いた縄で身動き取れず、男は観念して静かになった。
「よし! これで犯人一人、抑えたわ!」
俺にはなにが起きているのか、さっぱりわからない。もう一度葉月の顔を見ると、さっきとは一転、いつもの様な笑顔になっている。
「ごめんね、昊。驚いたでしょ? 誘発剤のせいで魔眼球が覚醒したままになってるけど、もう少ししたら治まると思う。父さんの連絡待ちでギリギリになっちゃった。薬を使われる前に止めたかったんだけど……」
「?」
俺の頭の中はパニック状態で、何から聞けばいいかもわからない。
会場にはまだ逃げ遅れた人が数人いる。その近くで弥生が出入口まで誘導している姿があった。
とりあえず葉月は俺を裏切っていなかった。夢とは……違ってる。
恐怖心から解放されて安堵はしたが、まだ周りを取り巻く状況が危険なことに変わりはない。
警備員が壇上にいる葉月を取り押さえようとじりじりと詰めてきている。
「葉月、この警備員たちは、普通の人たち……だよな?」
「うん。だからできるだけ魔法は避けたい」
警備員の一人が警棒を振り上げ、葉月に襲いかかる。
葉月がとっさに近くに居た俺を押し、その場から離した。警備員は葉月に向かって警棒を振り下ろす。葉月はその腕に合わせるように右手を伸ばし、軌道を逸らすのと同時に背後に回り相手の背中を肘打ちをし、膝の後ろを蹴り転ばせた。
警備員は一瞬の何が起こったのか分からない様子で、なかなか立ち上がれない。他の警備員はそれを見たせいか、すぐには襲ってこなかった。
そんな中、弥生が客を全員逃し終わり、「オレに任せろ」と言っているかのようなサインを送ってきた。
俺たちを取り囲んでいる警備員全員が、葉月を取り押さえようと駆けだしてきた。それと同時に弥生の声が響く。
「契約せし、風の精霊よ。彼の者たちを夢へと誘え。〈熟睡〉」
「あ……葉月。弥生が……」
「え?」
弥生がそう唱えると、そこにいる警備員全員が眠りについた。
「どーよ! 絶好調だぜ!」
「やはり、戻ってる……」
弥生の行動を舞台の下手から見ていた中川が、呟いたのが聞こえた。
今、『戻ってる』って言ったか?
「弥生……全くあんたは……まぁ、静かになったし……いっか!」
「んで? 葉月……説明してくれるだろうな!」
「本当にごめんなさい! 昊に内緒で魔眼球を利用させてもらったの!」
「……? どういうこと?」
「ここ最近奇妙な事件が二件あってね。一つは導師の原因不明の魔力枯渇。それと、もう一つが魔眼球強奪事件。これは父が追っていて、今さっきあそこで捕まえたのはその仲間の一人」
「魔力枯渇……と、魔眼球?」
「その二つの事件は別のようで、一つのことに繋がっていたの」
「?」
葉月は持っていた飛刀を中川に向け、俺を庇うように立った。
「テオさん……あなたが関わっていたんですね」