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オークション前日。
俺は部屋のベッドの上で、寝転びながら考え事をしていた。
渡瀬家に来てから見ているあの夢は、未だに見続けている。だが、オークションの依頼を聞いてから、わかったことがある。
数日前、事前にオークション会場を訪れることがあった。その時、施設内のある場所で鳥肌が立った。
その施設の中でも割と大きなホール。そこで今回のでオークションが行われる。
あの夢で見ていた会場は、オークションの舞台だった。
夢の中で俺は、あの舞台の上で椅子に座らされている。今思い返すと、客席で叫んでいる弥生の肩に、黒いモヤが見えた気がした。そして、目の前に現れる葉月。
今回のオークション主催者はあの中川だ。依頼をしに来た日、何かを葉月に渡して、しばらく話をしていた。それと何か関係が? 弥生の黒いモヤが、もしあの紋章だとしたら?
そんなことを考えていた時、俺の部屋のドアがノックされた。
「昊くん」
泉さんの声だ。
「はい」
「休んでるところ、ごめんね。明日のことで葉月が話があるみたい」
「……わかりました。今行きます」
ドアを開けると、泉さんが微笑んで立っていた。
「ふふ……初仕事、緊張してる?」
「ああ、まぁ」
実は、仕事のことで全くと言っていいほど緊張をしていなかった。それより、ここの所、毎日のように見ている夢のほうが気になって仕方がない。
「葉月たちも行くし、大丈夫よ」
「……はい」
それと、紋章のことも気にかかる。
魔眼球の『鑑定』を覚えてから、弥生と泉さんの肩にある紋章が、はっきり見えるようになった。この紋章は、葉月たちには見えておらず、気づいていない。
前世の俺はこの紋章に似たものを対処したことがあった。それで思いついたことがある。その為に、葉月や樹さんに内緒で、魔眼球のコントロールとは別に、手だけを魔物化する修行をしていた。
ちょっと、試してみようか……。
「じゃあ、明日も早いから、話し込んで寝るのが遅くならないようにね」
泉さんが後ろを向いた瞬間、『鑑定』の力を使う。
よし、今なら……。
近くで見ると、はっきり何の紋章かがわかる。
この紋章……やっぱり昔、見たことがある。これは……確か、悪魔の紋章だ。なぜ悪魔が……。
悪魔に標的にされると厄介なことが多い。標的にされた本人が悪魔の名を口にすれば、消滅させるのは簡単だ。だが、ちゃんと手順を踏まないと、その途端、魂を傷つけられて廃人にさせられてしまうことがある。他者が解いたほうが良いが、悪魔に気付ける人間はそういない。
しかし、前世の記憶の片隅で、更にドラゴンの記憶力では名前を思い出す事は容易ではなかった。
あと少しで思い出せそうなのに……。いや先にこの紋章を壊すことが先決だ。
俺の魔力が悪魔の力より上回っていれば、小さな紋章は壊すことができる。指先だけ魔物化し、爪を鋭く尖らせた。
早速、こういう時に使えるな。樹さんにバレたら、『魔物化を先に覚えてどうする』って怒られそう……。
泉さんの背後から、肩にある紋章を爪で引っ掻くようにして触れると、割れて砂が落ちるように消えていった。
ふう……なんとかうまくいった。
その時、急に泉さんが振り返ったので、思わず顔を背け手を隠した。
「? 昊くん、どうかした?」
「いえ……何でもないです……よ」
いきなり振り向くから、バレたかと思った。
「そう? ならいいんだけれど……あら? 何か急に肩が軽くなったような」
よし。何か罠が仕掛けられている様子もない。うまく壊せたみたいだ。悪魔が気づいたら、また付けられるかもしれないけど……。
魔眼球の力を使ってあの紋章に触れることで、いろいろ情報を読み取ることができた。
あの紋章の悪魔は魔力を吸い上げることが目的だということ。いろんな人に目印をつけて、定期的に魔力を吸い取っていたらしい。
泉さんが体調を崩していた理由はここにあったみたいだ。もしかして、弥生がコントロールできないのも?
そう思いながら、葉月のところに向かった。
オークション当日。
魔眼球のコントロールは大分できるようになったが、結局、目の魔物化は治せなかった。
昨日、泉さんの紋章を消滅させることに成功した俺は弥生のも試みようとしたが、なかなかうまくいかない。
背後に立てば察知され、こっそりやろうとすれば避けられる。そんな俺の行動を葉月は不審そうに見ていた。
今回のこのオークションの目玉商品が『魔眼球』だと聞いた。いろいろツッコミたくもなるが、やはり貴重なものだけに、多くの人が集まるらしい。
樹さんからは、「持っていることがバレると、殺してでも手に入れようとする輩がいるかもしれない」と、再三忠告をされた。
しかし、今日の弥生はいつも以上に体調が悪そうで、魔力のコントロールがうまくいっていない。
あの紋章を壊しさえすれば、たぶん治ると思うが、それにはどうしても魔眼球を使わないといけなかった。会場にはスタッフだけでなく、出品者も多くいる。開場されれば買い手の人たちが押し寄せてくる。その前に何とかしたい。
どうにかして、二人きりになれればいいんだけど……。
弥生は俺のことを嫌っている感じなので、あまりついて回ることができない。出品物がある保管室に向かう途中、何とか二人きりになれないか模索してると、人通りのない通路があった。
「弥生。さっきから背中にゴミがついてるから、ちょっとこっちの通路に来てくれるか?」
「えっ? うん……」
さっきまでいた通路を自分の背にする。一部だけ魔物化するのもこれで見えないだろう。魔眼球で見ると、紋章の形はやはり泉さんのものと同じものだった。
「なぁ……昊、まだか?」
「ああ、今取るからじっとしてて……」
魔物化した指でその紋章に触れると、泉さんのときと同様、砂のようになり消えていった。
「(ふう)取れたよ」
「お! サンキュー。じゃあ、早く保管室に行こうぜ」
「ああ」
これで、少しは違うと良いんだが……。
保管室に入ると番号が振られた品物が十数点置かれていた。
「うわぁ……よくこんなに集まるねぇ。これ全部ニセモノとかだったら面白いな」
「そしたら、オークションは中止だろうな。主催者も立ち直れないんじゃないか?」
そんなふざけたことを弥生と言いあっているところにドアがノックされ、葉月が入ってきた。
「あれ? テオさんは?」
「いや、見てないけど? 葉月、一緒じゃなかったのか?」
「? おかしいわね……先に来てるはずなんだけど」
「なぁ葉月、ちょっと話が……」
その時、再びドアが開き、入ってきたのは顔面蒼白な中川だった。
「テオさん? どうしたんです? 顔色が悪いですよ?」
とっさに気付いた葉月が駆け寄り倒れそうになった中川を支えた。
「大丈夫です……ちょっと、取引先とトラブルがありまして……。でも、もう解決しましたから」
そう言い、葉月の手を放すと中川は何かに目線を送っていた。だが、すぐ目線を外し周りのスタッフに指示を出し始めている。
今、誰かを見ていた?
「さぁ、皆さんも鑑定を始めてください。昊さん期待していますよ」
「……はい」
「ん……じゃあ、こっから見て行けばいいよな!」
弥生は早く本物かどうか見たいらしく、鑑定をしたくて堪らなそうだ。
「弥生、鑑定嫌いって言ってなかったか?」
「オレは鑑定の作業が嫌いなだけ! 本物を見るのは好きなんだよ! それに、さっきまで調子悪かったんだけど、なんか急によくなったからな。なんかやる気出た!」
「へー。それは良かったな」
やっぱり、あれが原因だったか。
「弥生、珍しくやる気ね。このくらいだったら、一人で頼める?」
「ん? まぁ、今日は何か調子いいし、これくらいは余裕だよ。皆はどこか行くのか?」
「うん、別室にまだあってね……昊は私と一緒に来てもらったほうがいいと思うから」
「ふーん……わかった。こっちは、任せておいてー」
「じゃあ、よろしくね。昊、私と一緒に来てくれる?」
「ん……わかった」
葉月について行くと、案内されたのは隣の部屋だった。
入ってみると何もない。
「葉月、いったい……!?」
後頭部に強い衝撃が走った。一瞬何が起こったのかわからず、気づいたら目の前に地面がある。
「っ……な……にを」
「昊……悪いわね」
「……っ」
頭がクラクラする。倒れた自分を起き上がらせようとするが、うまく力が入らない。
薄れていく意識の中、この部屋に誰かが入ってきた音と、葉月の声が聞こえる。
「これで、今回の商品は全て揃ったわ……」