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「え……?」
さすがの『リウ』も、その言葉には眉をしかめた。
『リウ』は、教会が言うことだけをやればいい。教会を信じて、教会の命令に従えばいい。
それは暴論だった。『リウ』に対して浴びせられた、不愉快な言葉に『リウ』の瞳が不安で揺れた。
『リウ』は───リウは幸せな子供だった。子供相手に搾取する大人の存在が周りには無く、平民で決して裕福とは言えないが、悪意や利用しようとする大人の言葉に出会ったことは無い。
だから『リウ』は、どうしたらいいのかがさっぱり分からず固まってしまう。
【受け入れる】【拒否する】
(ここで選択肢…!?)
リウはハラハラと『リウ』とホーク司教を見ていたが、目の前に浮かび上がった選択肢に心臓が跳ね上がる。
リウの記憶には、もうあまりゲームの記憶は残ってない。教会へ行く途中の選択肢で初のバッドエンド行きだったこともあり、それは印象に残っていたが───今の選択肢は、記憶になかった。
ゲームの『リウ』はバッドエンドによくなるものだから、途中から衝撃が薄れてしまったのだ。
(どうしよう…!?どうしよう、どうしよう…!)
そもそもゲームで【受け入れる】【拒否する】の2つの選択肢は何度も登場するのだ。記憶がほぼ無い上に、他の事と混ざってしまう。
リウは今現実に生きているのだから、あてずっぽうで選ぶ訳にもいかない。バッドエンドになれば、リウは死んでしまうかもしれないのだ。
(【拒否する】は、危ないかもしれない…!でも、【受け入れる】を選んでもリウは教会の命令が絶対になっちゃう…?主人公の『リウ』ならこんな話は断る?それとも、平民として生きてきた『リウ』はとりあえず受け入れてしまう?)
どっちを選ぶのが良いのか、さっぱりだった。
しかもここで直バッドエンドにならなくても、後々に詰んでバッドエンド直行の選択肢二択になるかもしれなかった。
文字が急かすかのように視界で揺れる。もしリウの思い通りに体を動かせたのなら、今頃泣いていただろう。
(……『リウ』は主人公だから、【拒否する】…?)
▶【拒否する】
「それは…出来ない、です」
(………これで、本当に、良かったの?)
バッドエンドという言葉が脳に焼き付いて、考えずにはいられなかった。
「リウは───」
「リウ様。ならば私は死ぬべき、ということですね」
「───え」
『リウ』の言葉を遮ったホーク司教は、絶望に染まったあと感情が抜け落ちたような顔をして、自らの胸に手を当てる。
「リウ、そんなこと言ってない!」
「リウ様、女神の愛し子の言葉は絶対なのです。私たちにとっての道標。その愛し子に拒否された私は、生きていてはならない」
司教の傍に居た男性が、ナイフをホーク司教に渡す。
ホーク司教がナイフを見たあと、『リウ』に凪いだ目を向ける。『リウ』は黄色の瞳を揺らして、必死に止める。
「だめ!リウの前で、死ぬのはだめ!」
『リウ』の言葉を聞いて、ホーク司教は感情の読み取れない顔で口角を上げただけの顔を作る。どう見ても、心から笑っているとは思えなかった。
「…そうですか。リウ様。───分かったでしょう?リウ様の『女神の加護』の重たさを。神を信じる者たちにとってリウ様の言葉は絶対。リウ様は、今でも自由に行動したいですか?何気ない言葉が、行動が、我々にどう受け止められるか……全て把握できますか?」
「ぁ……」
「今しがた言ったばかりの言葉。リウ様の前で、死ぬなと。その言葉の重たさは分かりますか?私は怪我であっても病気であっても老衰であっても、目の前にリウ様がいたら死ぬ事が出来ないのです」
「それは…でも…」
「リウ様。ご決断を」
ホーク司教が『リウ』を追い詰めていく。
でも…と小さな言葉を口の中で転がす。
自分の言葉がどれだけの影響があるのか、その力を把握できない子供だから教会の言うことを聞いていればいい。それは暴論だ。
『リウ』は『女神の加護』がどのようなものなのか、どれだけの影響があるのかは分からない。だが、言いなりになるのは駄目なのではないか。
『リウ』が自分の思うままに生きるのは、きっと間違いだ。だが、教会だって人によるものだ。人が関わって、間違いのないものなど存在しない。
「…リウの能力は、影響がおおきい。それは、わかった」
ホーク司教はただ、微笑んでいる。
「でも、リウは教会が言うことだけを、信じて行動するのはだめだと思う。教会は、まちがえることがないの?」
「………教会も、人も、獣も、生きるものはみな間違えるものです。ですがリウ様、私たち教会は神のための組織。リウ様は神の愛し子なのですから、教会はリウ様のために動きます」
黒色の目を『リウ』に向けて、ホーク司教は言葉を紡いでいく。『リウ』はその目の異様さに圧倒されて、言葉が出なくなった。
「リウ様が間違えないように、その力を正しく使えるように。私たちは、ただその助けがしたいのです。実際に、私がナイフを持つまでリウ様は言葉の重さを知らなかった。その無知のまま、リウ様はいるつもりですか?」
(『リウ』、お願い)
リウは口を挟むことも目を塞ぐことも許されないまま、『リウ』に祈る。リウは、この話がどこに行き着いて欲しいのか分からないまま、ただ祈る。
早く終わってくれとも、自由であってくれとも、そのどちらも最善とは思えなかった。
「リウは何も知らないし、能力に関することは教えてほしいけど、教会のいいなりは、だめ。リウの能力はつよいから、それの使い方をだれかにきめてもらうのは、だめ」
「……何故です?」
「リウが、だれかをきずつけたり、おいこんだら…その原因はリウの能力。だからリウのせい。教会が言ったから、って教会のせいにするのはだめ。リウが何も知らないまま、言いなりで何かしたとしても、それもリウのせい」
『リウ』は、つっかかえながら喋る。リウは、『リウ』と同じような考えは持っていない。『リウ』の気持ちも分からない。
何を言うのか、どこを目指しているのか分からないまま、リウは『リウ』の言葉に耳を傾ける。
「リウの罪は、リウのもの。背負うのも、リウ。だから、リウはリウで決めなくちゃいけない。他のひとの意見をさんこうにしたり、知らないことは知っていかなきゃいけないけど、それでも大切なことはリウで決めなきゃいけないの」
「………」
(……)
リウは、『リウ』がなんなのか分からなくなった。
自分に成り代わって動いているもの。けれど、『リウ』と違った考えがあって、言葉があって、行動している。ゲームの『リウ』は主人公であった。『リウ』は主人公そのものだ。
『リウ』はただのキャラクター。ゲーム通りに動く人物。だが『リウ』は考えて、感情を持って、生きた言葉を放つ。『リウ』とは何なのだ?
『リウ』は生きているのか?
「あのね、リウはよく分からないことも多いから、おしえてほしいの。でも、リウは大事なことはリウで決めたい」
傲慢な言葉で終わらせて、『リウ』の目がホーク司教の目を射抜く。
ホーク司教の凪いだ瞳に、波が現れる。瞳に動揺が灯り、一瞬……ほんの一瞬、リウの思い違いかと感じるほど短い時間で、その瞳が過去へと思いを馳せた。
もはや感情が読み取れない表情ではなかった。動揺の色が濃く、顔に宿っていた。
「君、は…」
ホーク司教は、愕然としていた。
強い罪悪感を滲ませていた。
リウはその感情が、どういった理由で生まれたのかが分からない。
『リウ』を利用して教会は利益を得る。しかし、目の前のホーク司教が『リウ』を利用しようとしているのは、それ以外にも何か理由があるような気がした。
「……リウ様。リウ様がそう言うのであれば、そうするのが私たちです」
骨と皮だけの体を成り立たせていた何かの強い感情は、『リウ』を目の前にしてぐちゃぐちゃになってしまったのか。
立ちかたすら分からないというように崩れ落ち、呼吸すら忘れてしまったかのように何度も息を吐く。
リウは、ただ。
心の底から這い上がってくる、自分でも名前がわからないその感情を、ぎゅっと閉じ込めた。