Tap to Start
その少女の名はリウ。
平民に生まれ、平民として育ち、平穏な日々を送っていた。───が、それは突如として崩れ去る。
リウの持つ能力があまりにも希少だったのだ。リウの生きている国は、能力──超自然的な力を使える人が一定数存在する。例えば、人の身でありながら火を吹いたりするなど。
そして、リウの能力は『女神の加護』というものであった。
加護というのは、神仏が力を与えて守り助けること…のはずだが、リウにとって、それは加護とは思えなかった。
リウの体は、能力が判明した時点から自分の意思では動かなくなってしまったのだ。
ゲームスタート。
その声が聞こえた瞬間、リウの体はリウの意志とは裏腹に行動し始める。
目立つ行動を、場を掻き回す行動を、危険に向かう行動を、人のためになる行動を、───主人公らしい行動を。
平穏に、ただ家族と貧乏ではあるが笑って過ごせれば良い、いつか結婚して家族を築くのだろう……そう思っていたリウは、そんな行動を自分がしていることに混乱した。
リウの意思が反映されるのは、何か重大な事柄を選択する時のみ。しかも、選択肢は大抵2つしかなく、どちらの選択肢もリウの望むことではなかった。
選択肢、というのは例えば目の前に人がいたとする。【話しかける】【微笑む】という言葉が頭の中にすぅっと浮かび、リウが意識を傾けた方の行動を『リウ』がするのだ。
正直言って、リウはゾッとした。本来ならば全ての行動はリウの意思に基づくものであるはずなのに、少しのことしか選べない。
尊厳が、ズタズタに傷つけられている。
リウの体が自分では動かせなくなってから3日。リウは理解した。
それは、この世界がとあるゲームであること。
リウには、この世界とは違った場所で生まれ、生活し、そして死んでいった前世の記憶があった。前世、というのが正しい表現なのかはリウには分からなかったが、他に言い表す言葉を思いつかない。
前世でたまたま手にしたノベルゲームで遊んだことがある。ノベルゲームというのは、文字を読んで遊ぶゲームのことで、選択肢を選ぶことが出来て、それによって物語が変わっていく。
それは所謂“クソゲー”というものだったのだが───家が厳しくそれまでゲームで遊んだことがなかった前世のリウは、そのクソさに気づかなかった。他のゲームを試してクソさを認識する機会もなく、死んでしまったのだ。
どれほど歳を重ねても、前世のリウは家からなかなか出して貰えなかった。お金の稼ぎ方も、いつまでも養うから考えなくていいと言われていた。
大した記憶もなく、死んでしまった。
話を戻して、そのノベルゲームの主人公の顔が、今のリウの顔にそっくりなのだ。『女神の加護』という能力も、ゲームのリウが持っていたもの。
何故ゲームの内容にそっくりな世界があるのか?前世の記憶を持っているのは何故か?輪廻転生ということなのだろうか?といったことは、考えてもよく分からなかった。
考え込んでいても解答が得られる訳ではない。そういうものなのだとリウは自分を納得させた。
体を乗っ取られ混乱している中、必死に記憶を手繰り寄せたことで、なんとなくのゲームのシナリオは分かる。
けれど、細かいところはどうしても思い出せないのだ。
(どうしよう…)
リウを悩ませたのは、やはりこのゲームが“クソゲー”であることだった。
主人公リウが、様々な困難に立ち向かい成長していく物語───なのだが、選択肢が多すぎる上に10パーセントはバッドエンド直行。選択肢を選んだ時点でもう後戻りが出来なくなり、『リウ』は不幸な目に───死んでしまうとか、大怪我をする、とか。
他の選択肢も間違えると、後々バッドエンド直行の選択肢二つからしか選べない状態になってしまう。
難しすぎるのだ。『リウ』が幸せになるようにするには、ほぼ全ての選択肢の流れを暗記しなくてはならないほど……だが、リウはそこまで頭は良くなかった。記憶力に関しては中の下だ。
(し、死にたくない!)
リウはまだ7歳。前世では歳を重ねたが、リウの幼さに思考や記憶力が引っ張られている。言動も幼くなってしまう。
それにしても、あんまりではないだろうか。7歳と言えば、前世では小学一年生。
その歳の子供が希少な能力を持っていたからと、親元から離され、知らない人達には興味や嫉妬をぶつけられ、誰が信頼出来るのかも分からないまま都会で暮らすことになる。
(まだゲームが始まってから3日…教会に引き取られるのはいつ…?都会に連れていかれるのは、確か…1週間後?2週間だっけ…?もっと…?)
前世の記憶を持っていたのは、赤ん坊の時から。思い出してから7年だ。しかも、前世の記憶なんて役に立たないと思っていたから、ゲームが始まるまでは“どうでもいいこと”だった。
ゲームが始まってからは、必死に記憶を手繰り寄せたものの……忘れてしまった記憶の方が、圧倒的に多い。
(前世の記憶は…周りの人に関することばかりで、役に立つ知識なんて何も無かったから…せめて、お金の稼ぎ方でも知ってたら良かったのに)
ハッピーエンドに、前世のリウは辿り着いたことがある。けれど、どういった選択肢を選んだのかは、もう思い出せない。
(ハッピーエンド目指したいけど…間違ったの選ぶと、死んじゃうかも…)
「…リウ。あなたに、お客さんが来てるわ」
「おきゃくさん?」
リウの口が勝手に開き、言葉を紡いだ。
ボロボロの机でシチューを食べていた『リウ』は、母の言葉を聞き立ち上がってパタパタと駆けていく。
「私は教会からの使いだ。今日は君に用事があって来たんだ。一緒に来てくれるか」
「どこにいくの?」
「…すぐ近くの教会までだ」
「リウ、行ってきなさい」
「うん。いってきます!」
母にぐっと背中を押され、リウは家の外へと出た。
(ママ、変わっちゃった…)
にへら、と笑って教会からの使いについていく『リウ』。何をするんだろう、楽しみ、というような顔をしている『リウ』だが、リウの心は打ちのめされていた。
リウは、今まで母に強く押されたことなど無かったのに。
(ママ、教会嫌いだったのに…貧乏なのは、教会の高い税金のせいだって。リウのこと、嫌いになったのかな…?何で背中、強く押したの…?)
「きょーかい、どこにあるの?」
「……この先だ」
(こんな人、ゲームに出ていたっけ…?せめて名前が分かればいいのに…それに、教会はダメ!怖い!ついて行っちゃダメ!足、止まれ!)
「えっと…名前はなあに?あと、きょーかいでリウ、なにするの?」
「私は……ネウトラルだ。詳しいことは私には知らされていないが……今日から君は教会で暮らすことになる」
「え?リウ、家あるよ?」
「……」
「ネウトラウさん…?」
『リウ』がようやく疑問を持った。
(こんなに早かったっけ…?教会に引き取られて、マナーとか言葉遣いとか叩き込まれて、女神の使いってことにして都会に連れてかれる!でも、ここで逃げたら、捕まって足を動かなくされる…!)
【逃げる】【黙る】
(選択肢…!)
リウの目の前に、文字がすうっと浮かんだ。
(黙る、にしなきゃ…!)
▶︎【黙る】
「………」
「君の事情は知らないが…教会は子供を悪いようにはしない。安心してくれ」
ネウトラルと言う人は、どうやら何も知らないらしい。何も知らない教会の下っ端なんだろう。
個性的な見た目のキャラクターばかりだったゲームで、普通の顔としか形容できない“ネウトラル”は確かいなかった。
(描写されていない所は、辻褄が合わせてある…!確かに、教会まで一人で行かせるわけがない!…なら、ゲームが終わったあとも続く?ゲームが終わった瞬間に世界が終わったら、…どうしよう……)
とにかく今は“今”に集中、とリウは『リウ』に意識を向ける。
体を動かせないリウは、ぼやぼやしている『リウ』と、何も知らないものの『リウ』を危険の巣窟へと連れていくネウトラルに、イライラとした。
(教会がゲームのリウにどれだけ酷いことしたか…!足を魔法で動かなくしたり、奴隷の首輪付けたり、麻薬漬けにしたり、頭のおかしい人がいたり…)
『リウ』はスピードを合わせてくれているネウトラルに並び、時折不安そうにちらちらとネウトラルを見ながら教会へと向かった。
ネウトラル
「すぐに名前を間違えられた気がする…」