Now Pray... 2
※内容を少し編集しました
「ねえルーカス、まずはどこに行くの?」
「そうだね…まずは、塔に登ろう」
塔?とリウは眉をひそめる。ひそめられる眉は、まだ、ない。
そんな高い建物は近くには見当たらない。かなり高い身分であるホーク司教の住まう大教会がある他に、この街にとりたてて珍しい点は無いのに。
ゲームでだってこんな話は無かった。画面が切り替わって、商店街で、そして──バッドエンド『鬼ごっこ』、だったはずなのに。
「塔…?」
「この街はね、ほぼ全域に幻影魔法がかかってるんだ。かつて大戦となった時に身を隠していた初代王の、その付き人、大魔法士───インフユアの遺産」
えっ、と『リウ』が驚いた声を出す。
「ここ、そんな凄い街だったの…!?リウ知らなかった、ずっとここで生活してたのに」
(……ずっとここで生活してたのは『リウ』じゃない、リウなんだから…!……待って、インフユア?)
「インフユアって………この国の名前だよね?」
リウが思ったことを、同じように『リウ』が口にした。さらりとルーカスは言ったが、あまりにも引っかかる名前だった。
なぜか諦観にも似た表情で、ルーカスは『リウ』を見つめた。
「自分の身代わりとなって命を落としたインフユアの名前を残そうと、初代王は国の名前をインフユアにしたんだ」
どこか悲しそうに笑っているのが気になった。『リウ』はそんな顔をしているルーカスに気づかず、こてんと首を傾げる。
「初代王の名前が、インフユアでしょ?」
「…………そうだね、記録は全てそうなってる。付き人の大魔法士なんて記録には存在しない」
──あまりにも悲しそうな目をしているものだから、『リウ』は手を伸ばしたくなった。
優しい声が、目を瞑って、と囁いた。『リウ』が素直にそれに従うとリウの視界も真っ暗になる。
目に優しく当てられたルーカスの手が、ぼんやりと温かくなる。
「もういいよ、リウちゃん」
『リウ』が目を開く。
視界に広がった光景に、え、とリウは目を見開く。見開ける目は、まだ、ない。
「えっ……どうして?」
何の変哲もない、ただ教会だけが目立つだけの、平和な街だったのに。
街の中心に、光り輝く塔がいつの間にか建っていた。天まで届きそうだと錯覚するほどの高さだった。塔の1番上から、透明なもので出来た荘厳な橋が、教会の真上へと伸びている。その橋が繋がってる先を見て『リウ』は絶句した。
───空に城が浮いている。
「僕の名前はルーカス。……ルーカス・インフユア。もう誰にも覚えられていない大魔法士の、最後の一人となってしまった末代。それが僕なんだ」
縋るようなその声を聞いた瞬間、唐突に、リウの頭に稲妻が走った。
バッドエンドの果てに、ゲームのルーカスが『リウ』を監禁したのは、あの城だ。『誰にも見つけられない、誰もかもが辿り着けない、孤独の城で2人仲良く暮らしました───リウはそうならないために、ルーカスを殺したんだろう?』───そうだ、そんなセリフがあった。……そう言ったのは誰だっただろうか。
「……ルーカス・インフユア」
「……うん」
「すてきな、名前だね」
「……………そうだよね……ごめん、いや、なんでもないよ、…ありがとう。……誰にも言うつもりはなかったのに、どうしてか、リウちゃんには言いたくなっちゃっただけだから……忘れてもいいよ」
───こんな事、知らない。リウは知らない。
(こんなこと、ゲームのルーカスは言ってなかった……どうして?どうして『リウ』には言ったの?)
「行こう、リウちゃん」
手を優しく握られる。教会を出るまでは覚悟と良心でその瞳は揺れていたのに、今は、ただ凪いでいる。一見慈愛にも見えてしまいそうで、でも慈愛とは何かが違う──失望?
(………これ、ちゃんと、ルーカスのバッドエンドに、辿り着ける?)
「うん!…この世界が見れてよかった。ルーカス、リウに見せてくれてありがとう!」
「……そう言ってくれて、嬉しいよ」
◆◆◆
「わあ……!」
「良かった、気に入ってくれた?」
「もちろん!すごい…!こんなに街が綺麗に見えたの、初めてだよ…!」
太陽の光できらきらと建物が光っているように見える。オレンジの屋根が美しい。この美しさを、持っている言葉では何一つ表現しきれないのが悔しくなるほどに、圧倒的だった。
ここは、リウの前世で1番高かった場所──学校の4階、そこよりももっとずっと高い。
大魔法士の遺産、その名の通りこんなにも高い場所まであっという間に登ることが出来た。まるでエレベーターみたいだ。リウの前世はショッピングモール…というものに行ったことは無い。だから乗ったことは無いけれど、テレビで見たことはある。
だから、こんな景色、前世でも今世でも初めてなのだ。空から見下ろすパノラマ。空を飛ぶ風魔法でもたどり着けないほど天に近い場所で。
「綺麗だね……」
「うん。……綺麗だ」
失望したかのような瞳をしても、それでもルーカスが『リウ』を見てそう言うものだから。
どうしてか、苦しくてたまらなかった。
◆◆◆
「城には、行かないの?」
「……あそこは、古いからね。壊れたら危ないんだ」
それよりお腹空いた?どこかで昼ごはん食べようか、と話を逸らされた。
(あの塔で攫っちゃった方が、目撃した人もいないしそのまま城に直行できるのに………)
何食べようね〜、と『リウ』は能天気に笑っている。それがいつも以上にいらいらとさせる。
(……ゲーム通りにバッドエンドへ、行けなかったら、どうなるの…………?)
「パスタとかどうかな。最近、美味しいパスタを出す店が出来たらしくて」
「わぁっいいね!行きたい!」
(これはゲームでは省かれてる場面で、ここは現実世界で、だから、辻褄を合わせるために補完されてるだけ?………そう思いたい、けど)
例えば───ここが、データの壊れたゲームだとしたら?『リウ』だけでなくリウが存在してしまったことが何らかの異常を引き起こしてしまったなら?
そんなことが起きてしまったら。もう、自分の知識なんて役に立たない。いつ殺されるのか、びくびくしなくてはいけなくなる?
(ゲームの『リウ』は信頼のできない語り手だった、それだけだ、って楽観視していいの?大丈夫なの?ゲームとズレてしまっていたらどうすればいいの?)
店に入った『リウ』は楽しそうにメニューを選んでいる。ルーカスがオススメしてきたものを頼み、それを待っている状態だ。
ルーカスが、一瞬目を細めて『リウ』を見た。人の心の機微について、などといったことをこれまで習び、かつ、加護で観察眼が強化されているリウは──『リウ』も、そうであるはずだが──それが、カマをかけようとする仕草だと見抜いてしまった。
「最近はどこの国も大変らしいよ。…この国に魔王が誕生するのも、時間の問題かもしれないね」
「魔王?…この国に、ってことは………他の国だともう誕生しちゃったってこと?」
「…………うん。リウちゃんは、魔王についてどう思う?」
「えっとね、リウは……怖いって思うかも。でもね、もし魔王がルーカスを傷つけようとするようなら、リウは怖くても戦えるよ」
「………そっか。あのね、他の国に魔王が誕生したことは、きっとリウちゃんにねじ曲がって伝えられる。この国はもう自分たちの利益しか考えてないんだ。もう魔王側に落ちてしまった国は滅ぼすしかない───必要な犠牲である、って、言われたらどうする?……リウちゃんが王都に行けば利用されるだけ……ねえ」
何かを問いかけようとして、ルーカスは言葉に詰まったような顔をした。
「……うん、それで?ルーカス?」
「………」
(他の国に、魔王が誕生した?どういうこと?魔王になるのは『リウ』だけ、魔王因子を持ってるのは『リウ』だけじゃ、ないの?……ルーカスはこの話をして、『リウ』の何を聞き出したいの?)
どうしてこの場面はゲームでは飛ばされていたのだろう。こんなにも重要なことを、何個も言ってるのに。ああそれともやはり、ゲームでは、ルーカスは『リウ』にこんな話はしていなかったのだろうか。世界の方がおかしくなってしまったのだろうか。
(もうやだ!もうやだ、やだやだやだ!何も分かんないよ!)
目の前に置かれたカルボナーラのチーズとクリームの匂いだけで吐きそうだった。とりあえず食べる?と『リウ』は首を傾けたが、ルーカスはぼうっとして聞いていない。
仕方なく、『リウ』はちらちらとルーカスを見ながら食べ始めた。リウが自分では食べていないのに伝わってくる味、匂いに、のどから胃へと滑り落ちていく感覚はあるのにお腹にたまるという感覚は伝わってこないことに、こんなのはいつものことなのに、吐きそうだった。
「……もう出ようか」
「ルーカス、全然食べてないけど…大丈夫?」
「……うん、大丈夫だよ、リウちゃん。…リウちゃんは優しいね」
ふらふらとしているルーカスを、『リウ』は慌てたように支える。いつもなら、ごめん!と慌てて謝ってきそうなものなのに、ルーカスは静かに何かを考え込んでいる。
「ええっと、どうしよ……商店街の方でも行く?」
『リウ』を楽しませると言って連れ出したのに、当の本人は黙り込んで何もしてくれなくなってしまった。『リウ』も困惑した様子だ。
手を引っ張るようにして、『リウ』は──バッドエンドの場所である商店街へと──自らルーカスを連れていった。
「リウね、よくこの商店街に連れてきてもらったの!色々店が変わっちゃってるなあ……あれとか、なんのお店だろう?」
「……」
「教会って、お給料くれるんだね!リウ、こんな大金初めて見たよ……ねっ、リウが奢るから何か食べない?」
「……」
「ええっと、あれとかどうかな!ドーナツ!…いやかな?」
「……」
「ルーカスはどんな食べ物が好き?」
「……」
「えっと……王都ってさ、ここよりもっと美味しい食べ物とかあるのかな?」
「……」
なお黙りこくったままのルーカスに、ん〜…まあいいか!、と『リウ』は開き直ったらしい。気にせず話すことにしたようだ。
「実はね、最初は神の愛し子に選ばれたの、怖かったんだ」
その言葉を聞いて、ルーカスが少しぴくりとした。『リウ』はそれに気づいてない。
「今はたのしみって気持ちに変わったんだけどね、どんな人に会えるんだろう、どこに行けるんだろう、って!」
「……」
「ルーカスのおかげだよ。教会でルーカスが声掛けてくれて、友達になってくれて、リウはすっごく嬉しかった。安心したの。初めて来たところでも、大丈夫なんだ、って。ルーカスのおかげで、リウはもう怖くないよ!」
ルーカスが顔をあげようとして。──続いた『リウ』の言葉に動きを止めた。
「しばらくルーカスとは会えなくなるけど、リウ、頑張るよ!」
にこっ、と笑い、踊るようにくるくると『リウ』は回る。その瞬間、可憐な白い小さな花が空中で咲き、ひらりひらりと花弁を落とす。
「ルーカスの助けもいらないくらい、立派な人になってくるから、絶対!次会う時はびっくりさせちゃうかな?」
花を咲かせる魔法も、まだこれだけだけど、いつかは大きな花束作れるようになりたいな!とリウは白い花を差し出した。
どうして、とぼそりと呟きながら、ルーカスはゆっくりと顔を上げた。
あ、とリウは思う。
──さっきまで凪いでいたはずの瞳が、荒れている。




