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その少女の名はリウ  作者: ケイ


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Now Playing... 8

(もうずいぶんと、思い出してきてる…でも、第1章の教会は、チュートリアルだから他よりもすっごく簡単で、分かりやすいし覚えやすい。第2章になったら……)


 ゆっくりと浮上してきた意識のまま、リウは今の自分についてぼんやりと考える。

 起き始めた『リウ』の視界に広がる黒色が、途端に緑色になって心臓が飛び跳ねた。飛び跳ねる心臓は無いが。


「リウちゃん、おはよう」


「ルーカス?おはよう!」



 目覚めてすぐに昏い緑色の瞳と目が合った『リウ』は、笑みを浮かべてルーカスへと朝の挨拶をした。心底幸せそうに、ルーカスは『リウ』を見ている。


 本来『リウ』を起こしに来るはずだった人は、おそらくルーカスに精神を操られその仕事を放棄しているのだろう。そのことが、余計リウにルーカスへの恐れを抱かせた。ルーカスは怖い。何よりも。



 段々と、ルーカスは『リウ』との距離を縮めてきている。

 昨日は目が覚めた『リウ』がノックの音に応えて扉を開けていた。それに比べて今日はどうだ。『リウ』の目覚める前に部屋へと入ってきている。


 『リウ』が覚醒するまで、リウの意識もなくなる。

 だから、完全に想像でしかないものの───愛おしいという歪んだ緑の目で、規則正しく息をする『リウ』の寝顔を眺めている───その光景が目に浮かんで、『リウ』は嫌悪感に顔を歪ませた。歪ませられる顔は無いが。


(………そうだ。今頃、あの5人は)


 ルーカスに対する嫌悪感をやりすごそうとして、他のことを考えると、あの光景が脳裏によぎる。

 首を振って考えないようにした。けれど、考えないように考えないようにと思うほどに、『リウ』の敵として教会に認定されたであろうシスターと4人の子供の感謝する姿が浮かんでくる。

 何を考えてみたって地獄でしかなかった。ここは地獄だ。



 ルーカスと共に食堂へと向かう『リウ』の方へと意識を戻した。それでも、うすらと脳の深いところにこびりついている。


「リウちゃん、昨日は大変だったみたいだね…僕、アラン補佐司教たちよりもずっとここでの立場は低くて……ごめん、リウちゃんを助けに行けたら良かったのに」


「リウ、自分でどうにかできたし、大丈夫だよ!」


「…………そっか」


 嫉妬の混ざった瞳を、じっと向けられる。昏い緑色の目が、爛々と輝いている。それをみてリウはもう、全部諦めたいと思ってしまった。


(どの選択肢選んだって、ルーカスは最後は信仰心に狂って監禁しようとする…どんだけゲームのリウが尽くしたって変えられなかった)


 目の前で嫉妬で渦巻くひとを、リウは、『リウ』は、変えられない。ルーカス相手に頑張ったって無駄でしかないのだ。

 同じようにテオドール、アラン、ボス───他にも様々なキャラクター───を変えることは、出来ないのだ。


 敵になるか味方になるかが変わるキャラもいた。

 けれど根本は変えさせられない。譲れない信念があって、『リウ』がそれに沿えても相手は『リウ』に合わせてはくれない。譲れないことだから。『リウ』は無力だから。『リウ』に近づくのはその信念を叶える道具として見ているから。


「今日からね、教育がはじまるんだって。どんなことやるのかな?ルーカス分かる?」


「リウちゃんは『女神の加護』の持ち主、神の愛し子だから……その立場に相応しくなれるように、神の愛し子らしい振る舞いを教えてもらえるよ」


「そっか…うん、リウ、がんばる!応援してくれる?」


「っ……!もちろん!!リウちゃんならなんだって出来るよ!!」


「えへへ、ありがと!さっ、一緒に食堂行こ!」


 ゆらゆら揺れる。嫉妬でぐにゃりと闇に染まったかと思えば、それを吹き飛ばしてしまうかのような『リウ』の善性で揺れる。

 それでも変えられないのだ。迷って、後悔して、それでもルーカスは『リウ』を、『女神の加護』を持つ神の愛し子を手に入れたがる。


(もし、もしルーカスが()()じゃなかったら…………いや、こんなこと、考えないほうがいい……)


 浮かんできた思いにリウは揺れる。なぜそんなことを考えたのか。リウには分からない。ルーカスは恐怖の対象で、気を許してはならない狂人だって、ちゃんと分かっているのに。───前世の自分なら分かるかもしれなかった。リウには分からなかった。


「リウちゃん、僕はどんな時だってリウちゃんの味方だからね。こんな僕と……友達になってくれてありがとう」


「リウこそありがと!リウね、ルーカスのことすっごく信頼してる!」


 どうして泣きそうになるのだろう。泣ける体はないけれど。


 ◆◆◆


「リウ様、昨日は取り乱してしまい…申し訳ありません」


「ううん、リウにもアランにも譲れないことがあっただけだよ。それに、リウ、ちゃんと解決できた!これでリウのこと傷つける人いなくなるだろうし、うん、リウこうやって頑張ってくよ」


「…………はい、そうでありますね……」


『リウ』の孤児たち相手の立ち回りを見たせいか、もう今日から一般常識だけでなくマナーの授業が始まった。マナーの授業を受けるということは、つまり『リウ』は神の使徒となれると認められたということだろう。嬉しくない。

 神の使徒、という名で各地を歩き教会の権力を増すのが狙いなのだ。貴族と同等、あるいはそれ以上の待遇になるけれど、そのかわり逃げ出さなければ一生籠の中の鳥として飼い殺しになる。


「アラン、顔色悪いよ?体調悪い?」


「……いや、大丈夫でありますよ……それより、リウ様、もう遅い時間でありますし……食堂に、行きましょう……」


「吐きそうなの?」


「いや………ああ………大丈夫で、あります…」


 アランにとって、今の状況は最悪。

 子供に傷ついてほしくないアラン。孤児たちが死んでしまったこともその方法も知っている。ボスに『リウ』が殺される可能性が増した。『リウ』は何も知らず呑気に解決したと思い込んでまた同じことをしそう。


(……ボスとは会いたくない。1番頭が良くて、それで───神の愛し子が、大っ嫌いな人)


 やわらかくて美味しい肉と、臭みの全くない人参、ほかほかとやわらかいじゃがいもの入ったシチューを、『リウ』は美味しそうに食べた。アランは、1口食べたっきり、スプーンを動かさなかった。


 ◆◆◆


「あ、リウちゃん!今から寝るところ?」


「ルーカス!こんばんは!うん、今日はちょっと疲れちゃった」


「これ………その、いらなかったら捨ててもいいから………リウちゃんに、あげたくて」


 不格好にラッピングされた包みを『リウ』は渡される。目で促されるまま、『リウ』はそれを開け始めた。


「もしかして…ぬいぐるみ!?」


「うん。その……リウちゃんの部屋に物が何も無くて、それが気になってたんだ。僕は、リウちゃんに少しでもここで楽しく穏やかにいてほしい」


 緑色の目を細めて、心底、愛おしそうにルーカスは『リウ』を見ている。女神の愛し子としての『リウ』を見ている目とは、違う気がした。ただ、友達の『リウ』を眺める緑色。そう思いたい。


「ありがとう…!!一生大事にする!リウ、ずっとぬいぐるみ欲しかった!」


「………よかった」


 ふわふわのうさぎのぬいぐるみ。小さなそれをぎゅっと『リウ』は抱きしめる。


「リウね、ルーカスのこと、大好きだよ!」

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