GAME OVER
「はぁっ、はぁっ、はぁ、はぁっ…ごほっ、うう…」
金色の長髪を風にたなびかせて少女は走る。
「ごほっ…はっ、はぁっ」
息が上がっているせいか、それとも恐れか、幼さが溢れる可憐な顔を歪ませている。
「はぁっ、はぁ……あ、うぐっ」
足がもつれて、少女はその場で転ぶ。少女は痛みに震えながらも必死に立ち上がる。
「いっ…!」
足を捻らせたらしい。もはや長くは走れないことを悟り、その場を見渡す。近くに、誰もいない店があった。
「っ…」
はたから見たら転びそうなほどに、前傾しながら少女が店の中へと飛び込む。そして、周りを見渡す。視界に入るのは駄菓子、駄菓子、駄菓子、駄菓子、駄菓子────。
どこに、どこに隠れればいい?
少女はレジの方へと大きくジャンプして、机を飛び越える。着地した時に足に鈍い痛みが走ったものの、無視してレジのある机の下へ身を隠した。
かすかに漂う駄菓子の匂いを、ラムネの甘ったるい匂いを、響き渡るセミの声、青空一杯に広がる夏の音を───それらを感じられないほど少女は恐怖を抱えていた。
夏の気配が、全て恐怖に上書きされていく。少女の目から見ればそんな夏の存在ですら、恐怖へと成り代わる。
ドク、ドク、ドク、ドク……心臓の音があまりにもうるさい。少女は自らの手で口を塞ぎ、縮こまる。
「……!」
コツン、コツン、コツン………
足音が聞こえた。
駄菓子屋の中へとあの男が入ってきたらしい。
「……」
音を出してはならない。
ここにいることが、バレてはならない────。
「……」
コツン、コツン、コツン……
わざと足音を響かせて男は店の中を歩き回る。
「大人しく出てきてくれ…」
コツン、コツン、コツン……………
少女は、身を縮めるその服の音を、身動ぎの音を、そんな些細な音を出すことすらも恐れ、手を握りしめることすら躊躇ってしまう。
「君の嫌がることはしない。本当だ」
人の面を被った悪魔の声と、そう形容してもいい。その吐き出された言葉が嘘だと少女は知っている。この追いかけっここそが少女の『嫌がること』になっている時点で男の言葉は嘘なのだから。
しかし、神が嘲笑うが如く、無情にも。
──────足音は少女の目の前で止まる。
「………」
口を押えながら、少女は目の前にあるその男の存在に、どうか気づかないでくれと呪う。
レジを越えられてしまえば、少女の運命はそこで終わりだ。ただの机に祈る。どうか守ってくれ。守ってくれ、と───。机など、その男にとっては障壁にはならないとは分かっていても。
「長年、君の事を想っていたんだ。ずっとずっと…探していたんだ…」
祈るような、懇願するような、その声が恐ろしい。
少女は己の震えを必死に内側へと閉じ込める。
…………コツン、コツン、コツン……
「……」
足音が遠ざかっていく。
少女はその場から動くことは出来なかった。
…
……
………
足音が聞こえなくなってから、何分経ったのか。
少女には2時間ほど経ったような気がした。が、5分かもしれない。あるいは1日?
少女の時間の感覚が恐怖で狂ってしまった。当たり前のその感覚すら狂わせるほどに、少女にとってあの男は、あまりにも恐怖の象徴だ。
「……」
そろりそろり、と机の下から少女は這い出る。
足の捻った部分がズキリと痛み、少女は小さく呻く。
ドクドクドク──と心臓は鳴り止まない。夏だと言うのに寒くて鳥肌が全身に立っている。少女の白い肌からぽつりと落ちたのは、夏の汗か、それとも涙か。
「………?」
恐る恐る店の中を見渡しても、誰も居ない。
何の変哲もない駄菓子屋だ。外に広がるのは夏景色。ミーンミーンミーン、と蝉が泣く。泣き喚いている。
「………」
店の中をゆっくりと移動して、少女は外へ出ようとする。
その瞬間。
「…っ!!!」
頭をガっと掴まれて、後ろへと押し倒される。陳列棚に頭をぶつけ、呻く少女は涙で滲んだ目で、視線を上へとやった。辺りに駄菓子が舞う。ラムネ瓶の割れた音がした。
男の目と、少女の目が合う。昏い昏い異常者の目。下から見上げるその男の、歪んだ目が視界に入る。
「いや…!」
「どうしてそんなに拒絶するんだ…?二人で、幸せになれるのに…!!」
少女の透明な涙を見ながら、男は歪んだ笑みを見せながら涙を流した。
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GAME OVER
CONTINEW
▶ END
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