人が消える街。
人が消える街。
その事件が起こるまで、人々はその街のそんな噂を半信半疑にとらえているのだった。
なにせ、この国では行方不明者は数知れず。
―この町ではよく人が消える―
ある男が、ある州の街の人探しのかつて人気だった番組に依頼をもちかけてきた。だがその依頼に人々は騒然となった。依頼者の住む町、そして今回のロケ地がドンピシャでその街だった。
『自分に似た人間を探してくれ』
あまりにも危険な賭けだった。けれど人々は噂やオカルトなんて信じていなかった。目の前で人が消えたことなんてなかったからだ。だが番組は視聴率低下に悩んでおり、一世一代の賭けにでた。
映像が流される。番組担当者に対し依頼者の、懇願する映像だった。
『お願いです!兄に危害は加えませんから。』
この町では、そんな常識は通用しなかった。けれど細心の注意を払い、準備は進められた。10年前の事件以降、“消失事件”は起きていないから。何度か依頼者とコンタクトがとられ、人探しの対象の特徴を調べると、兄と弟は本当によく似ていることがわかった。やはり危険かと思われたが番組は進行し、いよいよそれらしき人をみつけた。
依頼者と、兄は幼いころ両親の離婚で生き別れになり、不仲によってお互いの居場所さえもわからなくなった、この国じゃ、よくある話だ。その映像が流れたあと、目隠しをされた弟の前に、兄がとおされる。衝立の向こうで、観客に挨拶をして、感動する観客。
そうこうしているうちに、CM前にさしかかる。
『いよいよ、対面の時間です』
CM中、依頼者が目隠しをして、その正面についたてが建てられた。それを隔てて、見つかった人探しの対象の兄がすわっていた。同じように目隠しをして。 この町に詳しくない人がみれば、奇妙な光景だろう、なぜ、衝立を立ててもったいぶるのか、そういう演出なのかと、しかし目隠しは意味不明である。
『兄さん』
くぐもった、高い声で、しかし声色をつくったのをごまかしそびれたような、失敗した低い声も混じって、依頼者が声を発する。
司会者『だめですよ!!勝手に会話しては!!』
兄 『ん?兄さん?今男の声がしたよな、俺は“妹”と聞かされてきたんだ、妹なら生き別れになったが……』
司会者『まさか、おい、担当者、お前、お兄さんにうそをついてつれてきたのか』
担当者『あ、いや、うえからのどうしてもって命令で、視聴率のために仕方がないのだと』
司会者『お前、これは前代未聞だぞ、本当に“そう”だったら放送事故だ!!』
間に割って入る司会者、司会者と、担当者の間で口論が続けられた。その時だった。一部のスタジオの明かりが消えた。残る明かりは、依頼者と、その兄と衝立だけを照らしていた。観客席から悲鳴があがる。依頼者が暴れ、兄に叫んだからだ。
依頼者『兄さん!!兄さん!!!お前!!』
司会者『だからいっただろう!!嘘をいってつれてくるなんて!!本当の兄弟なんかじゃないぞ!!』
スタジオは騒然。スタッフが精いっぱい、依頼者を押さえつけて、スタジオのそとへひっぱりだした、司会者は逃げ惑っていた。そして一瞬スタジオが静寂に包まれると、CMがあけ、放送休止の注釈画面が映り、CMにはいり、またCMが明けようとしてた。
CMの間に、点検のため、明かりはいったんすべてけされ、また順序に照らされていった。そして、明かりがついた瞬間また悲鳴があがる。衝立の前に、人影。依頼者だった。番組は、衝立の前の泣き顔の兄をうつしていた。兄はまだ、目隠しをしていた。
『兄さん、私は女よ』
どこからか、依頼者が声色を変えて、叫んだ。その瞬間、兄は目隠しを自分でとった。
『??』
スタジオのあちこちに目をやる、どこにも人影はなく、まさか、とおもいつつ振り返る、すると、ついたてをやぶって、その穴から何者か、依頼者がじっくりとこちらを睨め付けていた。自分とそっくり、瓜二つの人間の両目が。
『ははは、会いに来たぞ、お前が10年前に犯した失敗のせいで、私の人生は、めちゃくちゃなんだ、だがお前のほうは偶然、いい人生を歩めているそうじゃないか、俺の人生をむちゃくちゃにしておいてな!!母親のほうについていけばよかったのに、父は“俺の世界”じゃ、酒におぼれて毎日問題を起こして、俺の人生をむちゃくちゃにしたんだ!!』
そういった瞬間、依頼者の探していた“兄”はその場所から姿を消した。いや、消えたといったほうが正しい。歩くでもなく、連れ去られるでもなく存在そのものが、霧のように消失したのだった。スタジオには、うりふたつの弟と、唖然とする司会者だけが残された。
『ドッペルゲンガー』
この町の人々はそう叫んだ。テレビを見ていたひとも、観客も、誰もがしっていた。この町ではよく人が消える。かつて、タイムマシンの実験場所として利用されたこの町では、人々はドッペルゲンガーに会い、それに出会うと、消えてしまうのだといわれている。タイムマシンの実験は失敗したが、一節には、実験によって時空にゆがみが生じて、別の宇宙の別の世界線の人間がこの街に流れ込み、この街の人間と入れ替わろうと、日夜、“同じ顔をした人間”を消そうと狙っているらしい。