第三話
時計を見上げると、四〇分が経過していた。
雪へ
まず、これまでありがとうございました。
足にインクを付け、机に置かれていた裏紙に文字を擦り付ける様にして、描いていた。しかし、たったこれだけの文字で、四〇分、既に限界を感じていた。
どうするよ、これ……いや、無理だ。
寿命の違いの為か、四〇分は異様に長く、ストレスは、苛つきを生み、俺は手を止めていた。
自分が死んでいるにも関わらず、オナっていた淫乱の為に、そもそも、どうしてこんなことをしなきゃいけない。何がサプライズだ。そもそも、死人からこんなの来たら恐怖でしかないだろ。考えろよ馬鹿か。それに、てか、普通に考えて……死んだのか、本当に。
なぜか特定のこと以外に頭は働かず、疑問に対する解決法は思いつかない。嘆息して、足を黒く濡らし、また、女の子の事というより、苛めについてを考えていた。
嫌だと泣く声が興奮する奴もいるのか。漫画であるのだから、無いことはないだろ。けど、それだったらレイプとかされているだろうし、今のところはそういうのはない様に思うけど……可哀想な奴を見下す優越感に浸りたいのか。
いつの間にか、自分が被害者である様に考えていた。漠然とした恐怖が胸に広がり始めていた。
行きたくないよな。けど、親も悲しませたくないし、そもそも、知られたくないよな。
雪へ、の文字に斜線を入れ終え、顔に足を当てていた。自殺、の二文字が脳裏でチラついていた。
「死んだ時、家族どんな顔したんだろ」
雪の顔を一瞥だけして、キスはすることはなく、窓の隙間から、部屋を後にしようとしたが、しかし、その瞬間に意識は途切れ、直ぐに目を覚ました。
そこは砂漠で、しかし、雪が降り、蝉が鳴いている。砂漠の砂の下からカラスが鳴き始めた。猫も泣き始めた。空から、虐められていた女の子の声が聞こえ始めた。女の子の声の方へ吸い寄せられる様に向かっていた。近づくにつれ、女の子の声は、聞き覚えのある声の様な気がし始めた。その声色はいつしか、変わっており、男の高い声だった。その瞬間、それが、自分の声だと気がついた。
その時、アラームの音を聞き、息を切らし、ベッドから跳ね起きた。
「またやってるよ……」
掻き毟られた自分のふくらはぎを眺めて、これじゃあ彼女の家には行けないな、と思い、ズボンで隠した。何かの夢を見ていた気がして、しかし、思い出せず、頭を掻いた。
偏頭痛を覚え、休みたいな、と天井を見上げ、部屋を飛ぶ蝿を見つめ、鬱陶しく思った。嘆息し、立ち上がると、指を唾で濡らして両手を広げて静止する。蝿が指に止まった。パチンと潰して、
「下等生物が」
とアニメキャラらしく言い放った。
少し後、彼女から、起きてるか、と電話がかかってきた。
「絶対来てね」
「うーん」
「絶対ね」
通話を切ると、支度をしながら、机の上の紙に書かれた文字を読んだ。
生きてる理由は何ですか
死んだら誰か泣いてくれますか
昨晩書いた文だった。