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序章 四

     四


 四辻(よつつじ)カルマ先輩は、深春の「仕事」やその力について知っている。

 とある事情からそれを秘密を共有する仲になっており、会話の際に特別気負いが必要なくて楽だ。

 私は非常に不器用な性格をしているから、隠しごとがあると会話に縛りができたみたくなってスムーズに話せなくなる。

 そういう意味で私はカルマ先輩が嫌いじゃないのだけれど、どうも深春は、そうではないらしい。


「どうされたんですか。珍しいですね」


 カルマ先輩は一つ上の先輩なのだから敬語を使うのは当たり前なのだが、それもどこか堅苦しくて、距離がある。


「悪いな、食事中」

「いえ。それで?」


 会話する二人をぼうっと眺めているのもなんだか手持ち無沙汰だったので、カルマ先輩に空いていた椅子を勧める。

 元々私と深春は一つの机を共有していたから、三人でそれを囲うようにして座った。


「実は妖怪がらみで深春に相談があってな」

「でしょうね。カルマ先輩がわたしに話しかける理由なんてそれしかない」


 うっわー、態度わりー、と茶化してみたけれど、華麗にスルーされた。

 仕方がないので大人しく、本日三つ目のパンにかじりつく。


「なんか悪いな」

「いえ、別に。それより、内容の方聞かせてもらっていいですか」


 雑談に興じるつもりはないらしい。

 深春は、ちょっとしか口をつけていない焼きそばパンを置いて、カルマ先輩に先を促した。


「ここ最近この街を中心に、焼死体が発見される事件が起きているのは知っているか?」


 知っている。

 ここ何ヶ月か、ある程度のスパンを空けて起きている殺人事件だ。

 事件発生当初は事故の可能性も考えられていたが、すぐに殺人であると断定された。


 理由は大きく分けて二つ。

 まず注目されたのがその連続性。

 同じ地域で似た事件が連続して起きたとなれば、人為的なものを疑われる。

 そして決定的だった理由は、燃焼事件であるにも関わらず、被害が人にしか及んでいないことだ。


「えぇ。それが?」

「それが、妖怪の仕業であるかもしれないんだ」


 世間では享楽殺人やオカルトじみた自然発火など、多くの説がまことしやかに騒がれ地域誌や三流雑誌の一面を飾っている。


「突拍子もないですね。根拠はあるんですか?」


 だけれどやはり、これをすぐさま妖怪の仕業だとするのには無理があるような気がした。


「一応、ね。それも含めて、今日放課後、時間あるか?」

「放課後……ですか」


 深春が言い淀む。今朝方の私との口約束を気にしているのだろうか。


「あっ、いいよ? 深春。私の方は大丈夫だから」

「あ、何か予定あったか? だったらまた後日でもいいんだけど」

「いや、死傷者も出てるのなら緊急性が高い。カルマ先輩の件を優先させてください」

「……」


 うん、いや。もちろんそれでいい。

 それが正しいのだけれど、淡泊な深春の対応が面白くない。

 予定が潰れたことよりもなによりも、深春のその態度が気に喰わない。そしてまたいつも通り、もどかしい。


「そうか、なんか悪いな。ごめんね、楓ちゃん」

「全然、大丈夫なので。気にしないでください」


 恐縮した様子のカルマ先輩には、こちらまで申し訳なくなってしまう。

 深春もこれくらいわかりやすく表に出してくれればいいのに。

 でもそれは難しいことなのだと知っている。

 嘘が苦手な深春だから、表面的な取り繕いをしない彼女だから、その表情も言葉も全部本物だ。

 そういうところも好きなのだから、惚れたもの負けというやつだ。


「じゃあ悪いけど、放課後。また迎えに来るよ。邪魔して悪かったね」


 そう言って、カルマ先輩は立ち去る。

 残されたわたしは四つ目のパンに手を伸ばそうとして、流石に、やめる。


「体重、気になるしなぁ」


 冬を目前とした今日この頃。

 秋というものは、食欲が凄まじいものらしい。


「うん?」

「いや。パン。残り、深春食べていいよ」

「あぁ……うん。うん」


 深春の反応は、芳しくない。

 まだ彼女の手元には、食べ残された焼きそばパンがある。


「ちゃんと、食べなきゃだめだよ」


 深春のことを、深春よりも、想っている。




 深春に、私たちと同じような味覚はない。

 生理学的に位置づけられた五つの基本味が、大部分の範囲で欠如している。

 痛覚もあまり感じられないようだから、それに付随する辛味もわからないみたいだ。

 だから本当に、深春にとって食事とは栄養補給以外の何ものでもない。

 文明ある人類にとっては娯楽である食事も、彼女には何の楽しみにもならない作業でしかない。


 他にも聴覚や、視覚、基本的な触覚も曖昧なものだ。

 本人は絶対に自分から言わないけれど、長い時間を、生活をともにしていれば、わかる。

 卵焼きに入れた塩と砂糖の違いがわからなかった。

 本を読んでいるときに私の呼びかけに気づいてくれなかった。肩をつついても、こちらを振り返らない。


 守人の「仕事」を始めてからだ。

 妖怪を封印し、街の平和を守り、世界の均衡を正す。

 その度に深春は擦り減っていく。

 摩耗していく。自分を、失っていく。

 世界に対して関心がないように、深春は、そんな自分に対しても無関心だ。

 自分が傷ついても、誰に何と思われようとも、気にしない。


 思うに、欲がないのだ。

 何かを手に入れたい。

 何かを成し遂げたい。

 どうしたい。

 どうされたい。

 それらを感知する五感が鈍っているから、比例して欲望も小さくなる。

 きっと満たされても、満たされていることが、わからない。


 満たされたいと思うのは、満たされる喜びを知っているから。

 愛されたいと思うのは、愛されたときのぬくもりを知っているから。

 欲することそのものをやめてしまった深春に、取り戻して欲しい。

 自分を、取り戻して欲しい。

 耳朶を叩くような雨音の残響が、五月蠅く頭の中でこだましていた。


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