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ただ、きみのために  作者: 蒼伊織
一章 わたしの光
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一章 九

     九


 食事をとり終えて、午後。


「ごめんっ」


 連絡を取って合流した秋くんに会ってまず、開口一番に深春は頭を下げた。

 私も大概驚いたけれど、秋くんはもっとびっくりしていた。

 こちらが笑ってしまいそうなほどに目を丸くしていて、申し訳ないけれど、吹き出すのをこらえるのが大変だ。


「いや、そんな、別に。確かに突然背中ぐさっ、は驚いたけど」

「本当に、自分でもなんであんなことしたのか……」


 天気もよかったので、私たちは今、学校近くの公園に集まっていた。

 高校生にもなって公園というのもどうかと思ったが、存外に私はこういう場所が好きなのだ。

 広いばかりで目立つ遊具はブランコぐらいしかない公園。

 そういえば、昔はよく深春と一緒に来たなぁ。

 深春のお父さんの、厳しい稽古から逃げ出して。


「でもなんか、深春って結構普段からそんなだし」

「えっ」


 話が収まるまで私は二人を静観しているつもりだったが、思わずうんうんと同意してしまう。

 それは確かに、深春にはままあることだったりする。

 基本的に自分の感情が最優先になってしまうのだ。

 優しくないとか、性格が悪いとか、そういうこととはまた違う、……いやまぁ、性格が悪いということもわりかし正しいのだけれど。


 ただ多分、非常識なのだ。

 社会で生活するに際して優先すべき良識――俗識、と言い換えてもいい――を、深春は持っていない。あるいは、それを意識して生きていない。

 深春は自由な鳥みたいなものだから。

 俗世間の感覚的な、ジャパニーズ暗黙の了解に縛られないのだ。

 みんな、形のないそれらをくだらないと思いながら無視することはできない。

 条文にないルールで、自分自身をがんじがらめにしている。


 深春はそれに縛られない。

 自由で、孤独を恐れなくて、そしてそんな生き方が、私は、大好きなのだ。


「それは……うん。それも、これから気にします」


 でもやっぱり、学校に通って、社会で生きていくならある程度は意識した方がいい。

 人非ざる力を抱えているのなら、なおさら。

 そういうものを気にして、守って、そうしていた方が、お互い気分がいいというものだ。


「まぁ俺たちは大分慣れてきたけどな」

「うん。それでこそ深春、みたいなところあるもんね」


 なんて、秋くんと二人笑い合う。

 そうすると深春は面白くなさそうな表情をして、また拗ねてしまいそうだから、慌てて秋くんが弁明を入れる。


「それに、本当に、助かってるんだ。深春に力を封印してもらわなきゃ、俺たちは増え続ける妖力に耐えられなくなる。特に俺は、そういう種族の末裔だから」

「へぇ、そうなんだ」


 その話は、初耳だった。深春の力はただ人の世の均衡を保つだけでない、妖怪たちの助けにもなっていたのか。


「力奪われるの嫌がる妖の方が多いけどね」

「でも、俺は助かってる。あのまま代を経た力を持ち続けてたら、逆に死ぬところだったから」


 逆に死ぬ。なんとも恐ろしいフレーズだ。

 確か、秋くんの妖怪としての力で最たるものは不死身に等しい再生能力だと言っていた。

 そのエネルギー源となる妖力が強すぎて身を滅ぼす。何とも皮肉な話である。


「ま、とにかく」

 

 その後もなんとなしに会話は続いて、自販機で各々飲み物を買って三人、ベンチに腰掛けていた。

 並び順で言えば、深春を中心に左に私、右に秋くんが展開した形になる。

 秋くんが、いつも通りの爽やかで粘着質なところなんて一つもないまま、口にする。


「これで、仲直り。……ってことで」


 そうして差し出された手を深春が握れば、すべては落着。

 私たちはいつも通り。


 ……本当に、そうだろうか。




 喧嘩をして、事件を通して仲直り。

 劇的な変化はなくとも、心は一歩前進した。

 私たちの関係は僅かに、好転した。

 まるで漫画の最終巻のような一日が終わった。


「結局、あの妖はどうするの?」


 終わった、けれど、根本的な問題はまだ解決していない。


「んー……」


 言ったところで私に何ができるかはわからない。

 妖怪に関することであれば私にできることはまったくない。

 そうでなくたって、私は成績にも運動神経にも非凡なところのない一介の女子高生。

 深春も秋くんも優しいから強く無力感を覚えることはないけれど、大切な人に何かしてあげたい気持ちは、いつだって変わらない。


 本日二度目のお風呂に今度は順番で入って、夕飯を食べ終えた頃私たちは床に就いた。

 深春の部屋に来客用の布団を敷いてもらい、並んで電気スタンドに照らされながら語らう。


「また新しい事件が起きなければ、このまま風化してしまうかもしれないけど。でも、それじゃあ解決にならない。わたしはすべての妖怪を封印するわけじゃない。ただ、人間の社会を脅かす妖を斬るの。今回は完全にその条件に当てはまってる」

「けど、肝心の相手が現れてくれない、と」


 こくん、と深春が頷いてそのまま枕に顔を埋める。

 眠ったわけでもなさそうで、布団の中の脚がばたばたとうごめいている。


「目の前に現れてくれれば、絶対勝つ自信あるんだけどなぁ」

「ああ、勝つ自信はあるんだ」


 別に深春は、自己愛者でもなければ過剰な自信家でもない。

 ただ客観的に自分ごと世界を見て、正当に評価を下すのだ。

 その深春が勝てると言っているのだから、まず間違いなく勝てるのだろう。

 だからこそあの妖は、事件を起こすこともなく雲隠れしているのかもしれない。


「一戦交えてわかった。この前はちょっと危なかったけど、今度戦えば、絶対に負けない。あの妖は、わたしには絶対に勝てない」


 それはそれは、実に頼もしい幼なじみだ。

 ぐっと顔を上げて、だけれど顎を枕に沈ませながら、深春の目には強い意志が灯っていた。


「このまま、何処か遠くの街に行っちゃう可能性はないのかな。もしくは、事件を起こさないで隠れちゃう、とか」


 何かできることはないか。戦えないのなら、考えればいい。

 頭を使って、ちょっと探偵にでもなったつもりで推理する。


「ゼロではないと思うけど、ないよ」


 ただやっぱり、知性とか頭脳戦でも私は、深春に勝てないのであった。


「どうして?」

「妖はね、妖だけじゃ、存在できないの」


 顔を傾けながらまっすぐ、深春の顔を見つめていた。

 まつ毛が長くて、少し痩せ気味で、色白というよりは、万年顔色が悪い。

 食事がおざなりだから、血色がよくないのだ。

 彼女の横顔に見惚れて数瞬意識が遠のくような感覚に苛まれたが、慌てて自分を引き戻す。


「人の心の、怒り。悲しみ。怨嗟。悲歌、慷慨。いろんな負の想いが形になったのが妖怪なの。器があったり、なかったり。人とか動物みたいに子どもを残して代を経る種属もいる。いろいろ派生系はあるけど根本は、みんな同じ。人間の感情が寄り集まって、飽和して生まれたもの」


 なんと因果で、業を背負った、悲しい生きものなのだろう。

 私たちとは、抜本的な実在からして事情が違う。……秋くんや、コガリンも同じだというのだろうか――。


「だから、その存在を保つにも想いが必要なの」


 当たり前のように存在している自分の体を、弱々しい手のひらを、見つめる。


「信仰心、なんていってもいいかな。わたしたちが神さまを漠然とでも信じてるみたいに、妖怪も、信じられて畏怖されることで存在を保つの。恐れられるから、存在できる」

「じゃあ、私たちが妖を恐れなくなって、忘れてしまったら妖怪はいなくなっちゃうの?」

「そうかもね」


 長く喋っているから、疲れないだろうか。

 ふっと一息ついて、また深春が喋りだす。


「妖怪が人を襲ったり、殺したり、食べちゃったりするのは、忘れられないため。彼らは、恐怖を薄れさせず、忘れられないようにしなくちゃならないの」


 そうか。ようやく、深春の言いたいことが理解できた。


「今回の妖も、人を燃やして命を奪い続けることで存在を保っているんだと思う。だから、畏怖の少ない別の街に行ったら存在が保たれないかもしれないし、事件のほとぼりが冷めて、消えてしまうかもしれない。そうなると、遅かれ早かれ向こうから動くだろう、って予想できる」


 完璧な、文句のつけどころのない推理だった。


「お見それしました」

「どもども」


 ぱちぱちと手を叩いて心のこもってない賛辞を述べる。

 いや本当にすごいとは思っているけどね? あまりにそれが日常的になりすぎて、わざわざ意識しなくなっていた。

 深春がいること。

 妖が実在していること。

 それらが、日常になっている。なりすぎている。

 怖いけれど、素敵だな、とも思った。

 素晴らしい特別がなくなって、妖に関することなんかも日常の一部に溶け込んで、当たり前みたいに思ってしまう。――横を見ればすぐそこに、きみがいる。

 

 特別が特別でなくなる。

 当たり前じゃなかったことが当たり前になって、いつの間にか原風景となりわたしの心に寄り添う。

 大事なことを大事だと意識しなくなることはよくないことなのかもしれない。

 でも、幸せってそういうもの。

 幸福を幸福だと思わないなんでもないいつもの毎日が、どこまでも続けばいい。

 命よりもなによりも、それを渇望している。

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