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ただ、きみのために  作者: 蒼伊織
一章 わたしの光
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一章 四

     四


 強すぎる力は現象になる。

 コガリンが教えてくれたその理論は理解できた。ような気がする。

 というかなんというか、もう、論理的に理解する域を出てしまった。

 元々妖怪とはそういうものだ。

 人の理論から逸脱して異質で、儚くて、美しい。コガリンがそうだろう。

 彼らは、愛すべき隣人なのだ。


「領域が街全体に広がってる」


 寝間着に上着を羽織って二人街に繰り出した。

 小雨の中傘をさしていても、小走りで移動しているとすぐに足元はぐしょぐしょだ。

 それすら気にならないくらい、私は深春の姿を探すのに必死だった。


「つまり?」

「どこにトワイライトと、深春がいるのか、わかりにくくなってる」


 前を走るコガリンは私に比べ息は上がっていないが、目元に色濃い隈が浮かんでいる。

 疲労や寝不足によるものではなく、彼女が、妖の力を解放したが故のものらしい。

 力を使うと化ける方に回す妖力がなくなり、正体が露出してしまうらしい。

 それもまた実にぽんぽこで、殊にかわいらしいというものだ。


「コガリンは、深春の場所がわかるの?」

「一度見たことある力の波形なら、記憶にある限り追えるよ。トワイライトも、深春も覚えてるからわかるんだけど。トワイライトの力が強すぎて、よく見えない」


 普段はおっとりしている彼女が、どこか慌てているように見えた。

 そんなにも、事態は急を要するものなのだろうか。

 現在の状況の詳細は理解できない。

 でも、理解できないからこそ不安に駆られる。

 知らないから不安なのか。知らないから、知らないままなら、安心できるのか。

 私は、前者をとりたい人種だ。


 辛い現実を知覚するよりも知らない方がましだとみんなが言う。

 だけど、想像力というものは無限だ。

 知らない痛みを想像して私は、実際よりもっともっと痛くなってしまう。 

 だったら、そんな苦しみを背負うことになるなら、私は逃げない。

 自分の傷からも。友だちの苦しみからも。

 深春の背負う、背負ってくれている、業からも。


「やだよ。深春」


 頬を伝う雫が、小雨によるものなのか自分から流れ出ているものなのか、もう、わからなくなっていた。




 ここ数日。一、二週間ほど。

 私と深春には距離ができていた。

 あの廃ビルでの戦闘からだ。

 あそこで私は、戦う深春を見た。妖怪化した秋くんを見た。妖の力を完全に取り戻してしまった彼が、燈凪暢に貫かれる瞬間を目撃した。

 思うにそれは、深春にとってあまり見られたくない光景だったのではないだろうか。


 髪を振り乱し、飛んで、跳ねて。戦う深春は、私が今まで括目してきた美しいものの中で規格外に綺麗だった。

 かっこよかった。

 だけどそれは、普段深春が見せまいとしている自分だ。

 家で稽古をするときだって、昔から、私が訪れると一度中断してしまう。

 刀を握り刃を振るう姿とか、戦い暴れる姿とか、そういうものを見せないようにしていたように思う。

 考えれば、まあ確かに。

 少なくとも人に見せびらかすような姿ではないと思う。

 私がどれだけ綺麗だと思っていても、それを言葉にして伝えなければならない。

 伝わったとしても、深春が嫌だと思ったら嫌なのだ。


 深春は仲間を傷つけた。

 そして傷つくのは、傷つけられた方だけではない。

 どれだけ深春が傷つくことなのか、考えればわかったはずだ。

 妖を封印するには、燈凪暢の刃で対象を斬る――つまり、傷つける必要がある。

 深春の「仕事」とは要するに、そういうこと。誰かを、傷つけることなのだ。


 どれだけ平和のためと銘打って、街の均衡を正すと言っても、正義のヒーローが振るうのは鍛え上げられた拳や鋭い切れ味の剣だ。

 他人を傷つけて、自分がすり減ってしまっても、相手の自由を奪って、自分が囚われてしまっても、いいではないか。

 深春だって、普通の人間。

 ただの女子高生で、そして私の、大事な大事な、幼なじみだ。

 その深春と、あの日以来ほとんどまともに会話をしていない。

 はっきり言って、避けられている。


 「仕事」が忙しいとは言っているけれど、普段だったら「仕事」の合間を縫ってでも私と遊んでくれた。それもないとなると、今回は本格的な引きこもりだ。

 いや実際には、毎晩毎晩何処かへと繰り出しているのだけれど。

 中学校に上がるか上がらないかくらいの頃によくあった気がする。

 自分の内側に引きこもって、けれど自身は夜毎に街を散歩してみたり。

 とにかく、他人を拒絶しているように外側からは見える。

 そこに、深春らしい一本の筋が通っているのか。

 それとも深春らしくない煩雑とした想いが蟠っているのか。


 今のところはまだ、わからない。

 私は、深春がわからなくなっていた。

 ずっと、それでいいと思っていた。

 人と人にわかり合えない部分があるのは当然。

 言葉を使わなくて伝わる部分もあって、それも当然。

 わからないものはわからないまま。

 足りないものは足りないままで、いいのだと思う。いいのだと、思っていた。


 でも今深春と距離ができてしまって、そんな私の理性的な悟りはどこかにいってしまった。

 荒れ狂っているのは非合理的な情動の部分。

 凪とほど遠い荒れ模様の中、私の心は波に遊ばれる小舟だった。


 深春をわかりたい。

 深春と話したい。

 深春に触れたい。

 深春に触れられたい。

 深春の、一番で唯一になりたい。


 情動と呼ぶにも刹那的な、浮かんでは消える欲望たち。

 とにかく今はただ、深春に、会いたい。

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