悪役令嬢の涙。好きな人を守るのためならば、私は悪役でも構いません。
「もうこれ以上、君の悪行には付き合っていられない。もううんざりだ、ティア」
ああ、ここまで来るのに、本当に長かった。あなたとの婚約破棄を手に入れるために、私は……。やや冷たくなった秋の風が髪を揺らした。熱く、そして痛む胸が、この風によってほんの少しだけ落ち着く気がする。私は断罪に泣きそうになるのを、ぐっと堪えた。
そう、これは私が望んだこと。そして私が仕向けたことだ。だから最後まで、悪役令嬢という役をやり切らなければいけない。
「君がした、リーリエへの数々の嫌がらせ。もう隠し通せるものではないんだぞ」
「カイル様……」
私は誰よりも好きで好きで仕方のない、婚約者の名を呼ぶ。彼の横には親友だったリーリエがいた。長いハニーブロンドの髪に、青い瞳、薄紅色の唇。細い腕をカイルに絡ませ、瞳には涙を貯めている。その細くか弱いリーリエにしなだれかかられれば、落ちない者などどこにいるだろうか。女の私から見ても、彼女は完璧な令嬢であり、なにより美しい。
「リーリエがいけませんのよ。私の、カイル様に近づくから」
それに比べて私はどうなのだろう。同じ侯爵令嬢であるにも関わらす、私はリーリエとは全く違う。髪もややグレーがかった水色の髪に、青い瞳、そして少し日に焼けてしまった肌。本来ならば学園であっても侍女を連れて来ることが出来る。身の回りの世話をさせるためだ。
しかし私にはそれはいない。身の回りの世話は全て、平民の子たちと同じで自分でしなければいけない。そのために髪にはあまり艶はなく、手もリーリエのような白魚の手とは無縁だ。
でも別にだからといって、この生活が気に食わないわけではない。むしろ、誰にも気を遣わなくてもいい。それは居場所のない私にとって、なにより有り難かったから。
元々、私たち三人は貴族間の階級こそ違うものの、仲の良い幼馴染だった。いつでも三人で遊び、この学園へも共に入学した。私とカイルの婚約は、また父と母が生きていた頃に結ばれたものだ。
そう、もう10年ほど前に。
当時はまだ幼く、婚約の意味など知らなかった私たちも、大きくなるにつれて立場が変化していった。リーリエが私と同じようにカイルを好きなことは知っていた。でも貴族である以上、親の決めたことには逆らえない。そのことへの引け目から、私とリーリエの間には溝が生まれていた。
そして関係がおかしくなったのは、私の父と母が領地から戻る途中、野党に襲われ亡くなってからだ。爵位は女では継承できない。ましてや幼い私にはどうすることも出来ず、父の弟であった叔父が私を引き取り、そのまま爵位も家も引き継いだ。
特に叔父たちからいじめられたわけではない。ただ彼らは私には関心はなく、放置され続けただけ。そのうち父の頃からいた使用人たちが一人、また一人と辞めていった。家の中は豪華な装飾や見たこともないような調度品であふれるようになり、知らない使用人たちが増えていった。
それでも、公爵家という高い身分のある、カイルの婚約者であり続ける限り、最低限の食事やドレスは与えてもらうことが出来た。学園に入ることはとてもお金がかかるため反対されたものの、公爵家に嫁入りしたら返すと念書を書き、やっと入学させてもらえたのだ。
だから侍女といった者たちは付けてもらえず、ここでの食費などは子どもの頃から貯めていたお金を崩して生活するしかなかった。お金は無限ではない。両親が死んでから、そのことが身に染みて分かった。
カイルにこのことを話せば、本当ならばどうにしかしてもらえるのだろう。しかし私はそれだけはどうしても嫌だった。これは私の細やかな意地。婚約がなかったことになるまでは、せめて対等な立場でいたかった。
私は……カイルのことが本当に好きだったから……。
「それが何だというのだ」
「呆れて物も言えませんわね。婚約者ではない者と親しくするなど、おかしいではないですか」
「君とリーリエと僕は、同じ幼馴染だろう」
「幼馴染なら、なにをしても許されるというのですか」
「最初に彼女に嫌がらせを始めたのは、君だろう、ティア」
そう、私だ。
リーリエにたくさんの嫌がらせをして、リーリエ自身にカイルへと相談させるように仕向けた。ここまでは全て、私の計画通りなのだ。リーリエがカイルに相談し、二人が恋仲になるのも、私が断罪されるのも全て。
なのになぜだろう。計画がうまくいって、うれしいはずなのに、心が痛い。そう、カイルにしなだれかかるリーリエを直視できないほどに。
「だからといって、婚約者のある身でそのようなことをなさるのですか」
思わず本心がこぼれ落ちる。
「僕の婚約者であるというのならば、どうしてその振る舞いが出来ない」
「それは……」
「カイルさま」
リーリエがカイルの胸に、顔を埋めた。本来ならば、その場所は私のモノだったはずだ。でもそれを放棄したのは私。だから、我慢……しなくちゃいけない……。
我慢、我慢、我慢、我慢。
どうして私だけ……。唇を強く噛みしめ、服の胸元を強く掴んだ。そして上を向く。まだダメ。そうこれは始まったばかりなのだから。
「どんなに綺麗な言葉を並べても、それが答えなのでしょう? カイル様……」
ここで消えてしまえたら、どんなに楽なことだろうかと思う。本当はもっと、幸せな頃に、幸せな思い出だけ連れて、消えてしまいたかった。でも、それでは何も守れないから。
そう、まだ、ダメだ。今泣いてしまったら、全てが台無しになってしまう。
我慢、我慢……泣くな。まだ……まだ、ダメ。
学園での生活は本当にとても楽しかった。ここは寮生活なので、あの変わり果てた家を見なくてもすみ、カイルとリーリエの間にいると、あの頃に帰れるような気がしたから。両親が生きていた、あの幸せだった頃に。
◇ ◇ ◇
学園が夏休みになる一日前、風邪を引いていた私は他の皆より早く家に帰された。家の馬車を使わせてもらえないため、街の辻馬車を乗り継ぎ、家に着くころには日も暮れかけていた。広間で食事をしている二人に挨拶だけしてから部屋に戻ろうと思っていた。いつものように使用人が使う勝手口から入り、広間へ。しかしそこで二人の会話を聞いてしまったのだ。
「……まったく、せっかく爵位を手に入れたというのに、ここは金がほんとに少ないな。領地の税を三倍くらいにしないと、遊ぶ金もありゃしない」
「いいじゃないですか、あーんなに簡単にお兄さんたちが死んでくれたんだから」
「あの馬車にティアが乗ってなかったのは誤算だったけどな」
二人の下品な高笑いが食堂に響き渡る。しかし私には、二人の会話が頭に入ってこなかった。乗っていなかったのが、誤算? あんなに簡単に死んで? なにを言っているの。それは、なんのことを指しているの……。
「でも、いいではないですの。このままティアが公爵家に嫁いだあと、今回のように公爵様には退場していただいてしまえば」
退場? どこから、誰が退場するというのだろうか。
「それもそうだな。ティアが公爵家に残れば、あそこの金も使いたい放題だ。学園を卒業したら、とっとと籍を入れてもらうようにしなければな」
「ホントに、それですよね」
そういった後、叔父たちは大きな声でまた笑ってい出す。私は口元を押さえ、がくがくとする体をなんとか動かし自室へ逃げ帰った。今の言葉を組み合わせれば、嫌でも分かる。彼らがなにをしたのか。誰が父と母を殺したのか。そして彼らがこの先、何をしようとしているのか。
両親が領地へと向かう道で盗賊に襲われたのは、このためだったなんて。爵位とお金のため、そんなもののために、二人はこの人たちによって殺された。
そんなもののために……、お父様とお母様は……。
悲しくて、辛くて、なによりも苦しかった。そんなことも知らずに生きて来たことが。どうして二人の死をただ受け入れてしまったのだろう。あの時もっと、誰かに調べて欲しいと頼んでいれば、こんな思いはしなかったのかもしれない。
自室に逃げ帰ると、私はドアを閉め、その場に膝から崩れ落ちた。
「なんてことを……。どうしよう、どうしたら……」
悔しくて、悲しくて動くことも出来ずにあふれる涙を止められない。今聞いた話だけでは、叔父たちを捕まえてもらうことは出来ないだろう。しかし卒業まであと半年しかない。もし卒業後、このまま結婚をしてしまったら、今度はカイルの番だ。
それだけは、どうしてもそれだけは避けないと。頭ではわかっていても、ではどうすればいいのだろう。考えなきゃ。考えなければ、今度はカイルが彼らによって殺されてしまう。
力のない私では、父と母の無念は今は晴らせなくても……カイルまで失ってしまったら生きていけない。彼らの計画は、学園を卒業したのちすぐに私たちを結婚させ、その後にカイルを殺害するというものだった。
殺人計画の止め方などわからない。でも、それならば、私達の結婚自体を止めてしまえばどうなのだろう。そもそも、結婚さえしなければ、この計画はまず破綻する。
「カイルに嫌われれば、カイルから婚約破棄してくれるはず。婚約さえ破棄されれば、もう叔父様たちはカイルに手を出すことは出来ない。そうだ……これなら、カイルを守ることが出来る」
そう口にして、また涙があふれてきた。
「カイル……私は……」
大好きだ。誰よりも。両親が死んでしまってから、私の唯一の心の支えだった人。私はその手を、あの優しさを手放すの?無理だよ。そんなこと出来ない。嫌だ。カイルを失いたくない……。でもこのことをカイルが知ったら……きっと彼に迷惑がかかる。
「どうして……なんで……。嫌だよ……。誰か、だれか助けて……」
もちろん私の叫びに耳を傾けてくれる者などいない。そしてこの涙を一緒に受け止めてくれる者も、もういないのだ。一人がこれほど辛いと思えたことは、なかっただろう。両親が死んだ時ですら、あの時は周りにたくさんの人がいたのだから。
◇ ◇ ◇
「誰かティアを部屋へ閉じ込めておくんだ。君への処分は追って伝える。それまで部屋で一人、大人しくしてるんだな」
ああ、ホントに長かった。私がほほ笑むと、カイルは顔を歪ませた。叔父たちの言葉を聞いて、学園に戻ってからは大変だった。カイルに嫌われるにはどうすればいいのか、全く分からなかったからだ。人に嫌われるというのも、今まで経験したことないコトは想像がつかないということを思い知った。
本から知識を得られないかと、図書館を何日もウロウロしていた時、ある一人の令嬢が悪役令嬢の出てくる物語を教えてくれた。それは悪役令嬢と言われる令嬢がヒロインである女の子をいじめ、それを見た主人公が心を痛め、元々婚約をしていた悪役令嬢との破棄するというお話。そして主人公により断罪されたその悪役令嬢は、そのまま国外追放となったそうだ。
私はその悪役令嬢になればいい。それを演じれば、きっと上手に婚約破棄をすることが出来る。私の置かれた状況には、まさにこれがぴったりだった。私が悪役令嬢となりカイルに嫌われ、ヒロインであるリーリエが主人公のカイルと結ばれる。すべてがこれで丸く収まり、二人も幸せになれる。
それはこれ以上にないほどの、私が望んだ展開だった。そして邪魔者の私が退場すれば、叔父たちはもう手出しできない。
それからリーリエをいじめる日々が始まった。いじめなどしたことがない私は、その物語をなぞって、リーリエの物を隠したり、わざと無視をしたりしたのだ。ただやるたびに心が痛くなる。痛くて痛くて、いじめるという行為でさえ、それをする気のない者にとっては、ただの苦痛でしかないということを知った。
そんな日がしばらく過ぎると、私以外にもリーリエをいじめる者が出てきてしまった。それは私が行っていたいじめよりもかなり過激で、リーリエを突き飛ばされたり、水をかけられたりしたというのだ。いくらなんでもそんな過激なコトを行えば、ケガをするのは目に見えている。
私はすぐに辞めさせようとリーリエに悪意を向ける奴を必死に探したが、とうとう今日まで見つけることは出来なかった。しかしその誰かのいじめすら、もしかしたら私がしたコトと思われているのかもしれない。
でも、それでももうどうでもよかった。次はきっと、カイルがリーリエのことを守ってくれるはずだから。私の悪役令嬢としての役も、二人の親友も、すべてココまででおしまい。
「私を誰だと思っているのですの。離しなさい」
抵抗する素振りだけ見せる。二人の目には、悪役令嬢が悪あがきしているように見えることだろう。もう私の言葉に耳を傾ける者は誰もいない。私を捕まえた男たちは、そのまま用意された部屋へ押し込めた。
「出しなさい」
ドンドンとドアをたたいても、びくともしなかった。
「あー、やっと終わった。終わった。もうばっちりだったわ。全部計画通り、ちゃーんと出来たもの。全部終わり……やっと、おわったよぅ」
ドアを背にして、そのまま座り込む。そう、やっと終わったのだ。これでもう、嫌な役を演じなくても済む。これ以上、リーリエの泣き顔も、カイルの怒った顔も見ないで済む。堪えていた涙が溢れてきた。
「これで……きっとた……すけられ……る。ごめん……なさい。ごめんなさい、ごめんなさい……」
心の中で何度も謝った。二人とも傷つけてしまってごめんなさい。お父様、お母様、無念を晴らせずこの地を去ることを許して下さい。顔を押さえた指の隙間から、止めどなく涙は溢れてくる。
「ふえぇぇぇ、なんで……どうして」
ちゃんと出来たはずなのに、こんなにも辛いなんて。笑えるはずだった。カイルを守れたんだもの。これはハッピーエンドのはずだ。そう、二人が幸せになる……、私が悪役の物語。
「痛いよう……苦しいよぅ……。誰か、たすけて」
自分がヒロインでなくてもいいと思った。それなのに、その物語はこんなにも私の心を苦しめる。せめてなにも関係のない端役なら、まだマシだったのだろう。
「たすけて……」
知っている。助けも、救いも、私にはないことなど。でも一体私がなにをしたというのだろう。なんで私だけがこんなにも苦しまなけれないけないのだろう。手にした幸せが、すべてこぼれ落ちていく。
しかもそれが、あの憎い叔父たちの手によってだ。
「だれか……私を……たすけてよ」
ほんの少しでもいい。誰かに抱きしめて欲しかった。追放されるにしても、ただ抱きしめて……。
膝に顔を埋める。真っ暗な世界は、私の孤独を表すようだった。ふいに、急に背にしていたドアが開く。そんなことが起こるなどと予想していなかった私は、もたれかかったまま後ろに倒れ込んだ。
こんなに早く連れ出されるのかと覚悟を決めた時、ふわりと抱きしめられた。驚いて、私は顔を見上げる。
「やっと言えたね、ティア」
私を抱きしめたのはカイルだった。温かく、しっかりとした腕。ずっと欲しかったものだ。
「なんで、どうして」
離れなければいけないと頭では思うのに、一度包まれるともうあがなうことなど出来なかった。なによりもずっと欲しかったぬくもりだ。助けを求めた一番のモノ。
「だって……だって……」
「夏休みが終わって、すぐにティアの様子がおかしくなっただろ。僕とリーリエは学園内でまず、ティアに何かあったのか探ることにしたんだ。そしたら一人の子が、ティアが悪役になる方法を探していたので一冊の本を渡したことを突き止めたんだ」
「それは……」
「そして、その本に書いてある悪役令嬢のような行動を取っていることもね」
「その割には、あーんまり、悪役っぽくはなかったけどね」
「リーリエ」
カイルの後ろには目を真っ赤に腫らせた、リーリエが仁王立ちしていた。
「ティアのやることは、いちいち小さいのよ。教科書を隠してみたけど、わたしが困るといけないから落とし物で届けてみたり、お弁当を隠して、代わりにお菓子を置いてみたり。あの悪役令嬢の本をカイルと読んだけど、全然思ってたのと違うんですもの。逆に何がしたいのかと、頭を抱えたわよ」
二人があの本の内容を知っていた。知っていて、今まで私の芝居に付き合っていてくれていたということか。でも、それならどうして? どうして最後まで二人は付き合ってくれたのだろう。
「悪役令嬢がやりたいのなら、もっとちゃんと演じないと」
「だ、だって、ホントにモノがなくなったら困るだろうし、お腹が空いたらかわいそうだし……。水に濡れたら風邪、引くでしょ。そんなこと、さすがに出来ないわよ」
「まったく……。ティアは悪役向きじゃないのよ」
「それはそうかもしれないけど」
「だからわたし、あんまりイライラしたから、わざと誰かにいじめられてるフリをしたのよ」
「リーリエ! じゃあ、水をかけられたとか、階段から突き落とされてケガをしたっていうのは……」
「あれはみんな、自作自演よ。それなのにティアったら、今度は誰がしたのかと犯人捜し、し出すし。ホントに困ったコだわ」
リーリエは盛大にため息をついた。まさかあれがリーリエの自作自演だったなんて。私が考えたいじめなんかより、確かによほど悪質で、本物のいじめに見えた。
「私、ホントに心配して」
「悪役が心配しちゃダメでしょ」
「あ……」
そう言われれば、確かにそうだ。悪いことをしていても、素で対応してしまっていたなんて。これは向いてないと言われても、本当に仕方ないことだろう。それも無自覚でやってしまっていたのだから。
「リーリエがティアのいじめに便乗して、誰かにいじめられていると知れば、君がやろうとしていることを諦めると思ったんだ。でも、ティアは諦めなかった。初め、何かの理由で俺とリーリエをくっつけようとしてるのだと思ったよ」
それは半分は本当で、半分は違う。私は本当に二人が、私の分まで幸せになってくれればいいと思っていたから。それに今でも、それは思う。私なんかよりも、二人はずっとお似合いだ。なにもない、私なんかよりもずっと。
「だけど、あまりに必死なティアの様子はそれだけではないと思ったんだ。だから君の家に探りを入れた」
「カイル様、もしかして……叔父様たちのこと、知っていたのいたのですか?」
「ほんの少し前にね。でも、僕たちはとてもティアに腹が立ったんだ。どうして一言、言ってくれなかったんだい。どうしてそうやって、なんでも一人で抱え込もうとするんだい?」
「だって……言えば、迷惑がかかると……」
「それがダメなのよ。ティアにとって、わたしたちは何? そんなに、頼りなくてちっぽけな存在だったの?」
「ちがう、それは違うわ。誰よりも大切だったから」
「だったらなんで、わたしたちにとってもティアが大切だって思わないの?」
そんなことまで、考えたことなかった。私にとって、二人はとても大事で……、でも2人にとっても、ちゃんと私が大事だったなんて。ずっと三人一緒だった。子どもの頃からずっと。
私とカイル様が婚約をしたことで、この関係性がぎくしゃくしていると思っていたのはただの思い過ごしだったのかもしれない。リーリエにとっても、私が大切だった。その言葉が、胸の中のもやもやしたものを消していく。私はずっと二人が大切だったから。ずっと側にいて欲しい人たちだったから。
「ごめん……なさい……」
「ホントに、馬鹿ね。ティアは」
リーリエはそう言いながら、涙をぽりぽろとこぼす。今ならリーリエの言葉を素直に受け止められる。大切な人たちに嘘を付いていたのだから。
「僕たちはティアにお仕置きをしようと思ってね。君がちゃんと助けを求められるように、辛い時は辛いと、悲しい時は悲しいと、僕たちを頼ってもらえるように」
そう言いながら、まるで子どもを諭すように、カイルが背中を撫でる。その手はとても温かく、心地よい。ぐちゃぐちゃだった感情も、どうしようもない気持ちもその手が吸い込んでくれるような気がした。
私が一番、なによりも欲しかったぬくもり。もう二度と、求めてはいけない、触れてはもらえないと思っていたのに。それがこんなにも簡単に……たった一つ、頼って救いを求めるだけでよかっただなんて。ただカイルを守るのに必死で、そんなコトも私は分からなくなっていたんだね。
「私、本当は苦しくて……助けてもらいたくて……でも、私、カイルを守りたくて。リーリエにひどいことして、でも二人が大好きで……」
「ティア、あなた……」
「ホントは苦しかったの。どうしていいか……分からずに……。でも、頼ったら迷惑がかかるって。それにあんなこと、言えるわけないって……」
「言えばよかったのよ。どれだけでも、あなたの力になってあげたのに」
「リーリエ……うん、そうだね。ごめん……私……ほんとに二人が……」
「うん、うん。知ってるよ、ティア。僕もリーリエも君が大好きさ。だから言ったろ? 君の悪行に付き合うのは、もううんざりだと。あまりに頼ってくれないから、ヤキモキしてしまってね」
「そうよ。カイルと手を組んで、悪い子にはお仕置きをするコトにしたんだから」
「僕たちはティアが望む、断罪のお芝居をしていたんだよ。君が満足するように。その上で、君がもう一度、僕たちを頼りたくなるように。もう大丈夫だよ、ティア。もうこれでおしまいだ」
「……もう大丈夫? もう、いいの? 私はまた、ここにいてもいいの? 二人の側に……」
こんなコトをしたのに……。叔父たちがお父様たちを殺害したというのに。それでもまだ、私はここにいてもいいの?本当に側にいても迷惑がかからないの?
でも違う。たとえ迷惑だったとしても、私はココにいたい。二人の側にいたい。もう二度と、一人は嫌だ。
「ああ。君の叔父さんたちには、代わりにご退場いただくことにしたよ」
カイルは少し意地悪気な笑みを浮かべながら、強く頷いた。
「それなら、もう本当に……」
ここにいられる。私にとって何にも代えがたい幸せがここにあった。諦めなくても良かったんだ。まだ、ううん。また、ここにいられる。そんな安心感が広がっていった。
「ほらまた、そんなに泣くと干からびてしまうよ」
「これはうれし涙だから、いいの。リーリエも泣いてるし」
私はちゃんと幸せだ。こんなにも、こんなにも、大切な人に囲まれて。もっと早く二人に助けを求めていたら、もっと違っていたのかな。
違うな。そうしていたら、私はきっと二人に負い目をずっと感じてしまっていたもの。方法は少し間違えてしまったけど、でも起こした行動は間違ったとは思えない。むしろ二人の本当の気持ちを知ることが出来たのだから。
「ティアの分だけじゃ足りないだろうから、一緒に泣いてあげるのよ」
「ありがとう、カイル様、リーリエ。私、本当に二人が大好き。二人が側にいてくれて本当に良かった。本当に、本当に……」
「馬鹿ね。それはわたしたちもよ? 大好きよティア」
「ああ。もちろんだよ、ティア。君を、心から愛してる」
「カイル様……」
「あーあ―あー、そういう惚気は、二人の時にやって下さいな」
「ご、ごめん。リーリエ」
「ふふふ。嘘よ、馬鹿ね。わたしはそんな二人のやり取りを見てるのが、ホントに好きなのよ」
「なにそれ、リーリエったら、もぅ」
私たちは、泣きながら笑いだす。悪役になると決めた、あの日の涙とは全然違う温かな涙は、ただ心を満たしていった。
サクサクと短時間で読める短編を書き始めました。他にも作品がございますので、よろしければご覧いただければ幸いです。
悪役令嬢の鳥籠~バッドがハッピーエンドで、ハッピーエンドがバッドエンドのようです~
https://ncode.syosetu.com/n4093gv/
悪役令嬢の脱出。百合エンドなんて、お断りします。
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第三王女の初恋。20歳差の思い。
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新作続々追加しております。読んでいただけると、とても嬉しいです。
尚、この作品は野いちごでも同名義にて公開しております。