#8
「マスター? お酒もうないんだけど。おかわりー!」
今度は確実に酒のせいで据わった目でおかわりを要求している。流石に負い目で止められないなんて言ってる場合でもないだろう。
「アイリ、そろそろ飲み過ぎじゃないか? もうこれくらいでやめておこう」
アイリがマスターを呼ぶ手をやんわりと降ろさせようとしながらたしなめる。すると、アイリはその手を振り払ってこちらへ視線を向けた。
「アイン? 大丈夫だよ、自分の限界は分かってるから。ね?」
「いや、そうは言ってもな。それに明日だって休みなわけじゃ――」
言葉の途中でふいに視界が回った。遅れて背中に衝撃を感じ、状況が理解できないまま店内の天井を数秒眺める。どうやら投げ飛ばされたらしい、と理解すると同時に誰に? なんて疑問を抱く。しかし、あの状況で俺を投げ飛ばせる距離に居た人間なんて一人しか居なくて。それがまた理解出来なかった。
「もー、そんなお小言ばっかり言わなくても分かってるって! そんなに過保護にされなくたって大丈夫だもん! マスター、早く、おかわり」
それをお前が言うか……? なんて思ったが、それを口にするよりも早くアイリの完全に据わった目を見てまずはこれ以上飲ませないようにしなければと起き上がろうとする。すると、後ろの席でこちらを見守るだけだった三人に支え起こされた。
「おい、兄ちゃん大丈夫か? しっかし思ったより役に立たなさそうだな」
「すまん、大丈夫だ。もしかしてアイリはいつもこんな感じなのか?」
「まぁ、大体な。兄ちゃんは知らねえみたいだけどな、アイリちゃんこの辺の飲み屋は何件か出禁食らってるくらいなんだぜ? 今日は兄ちゃんが居たからか、いつもよりはこうなるのに時間がかかったけどな」
「全然知らなかった……」
幼い頃から長い時間を共有して大体のことは知っているつもりだったけれど、もしかしたら俺は自分で思っているよりもずっとアイリの事を知らないのではないか。見ているつもりで、見れていないんじゃないか。そんな事を思う。
ただ食事に来ただけでこんな事になるなんて思っても見なかったが、何はともあれアイリをこのままにしておくわけにも行かない。と言っても、どうしたものか。出来ることならば穏便に済ませたい。
「アイリ、やっぱりもう飲みすぎだ。帰ろう」
再度言葉での制止を試みる。今度は急な攻撃にも備えておく。すると、案の定振り向きざまに掌底を放ってきたのでそれをいなす。
「そういえばさ、アインと喧嘩ってしたことなかったよね。試してみても、良いかな」
「ちょっと待て、俺はそんなつもりは……」
「お願い」
たった一言だけ。その一言だけでアイリからぶつけられた綯い交ぜの感情に触れてしまった俺は制止しようとした言葉を音にすることは出来ず、喉から空気が漏れた。自分の感情に整理をつけるために、目を閉じて深く呼吸をする。
「……分かった」
正直、何がどうしてそうなったのかは全くわからない。けれど、アイリにとっては意味も理由もあることなんだろう。かと言って、アイリに怪我はさせたくないので俺はアイリの攻撃をいなすだけにしよう。思案を巡らせている間にアイリは戦闘態勢を取っている。こちらも合わせて半身を引きつつ構えを取った――と同時に、おずおずと声を掛けられた。
「あの……、外でやってもらえませんかね……?」
「そうですよね! ごめんなさい!」
今回もここまで読んでくださりありがとうございます!
今回でこの下りが終わる予定だったのですが想定よりも文字数が膨れそうなので、一旦ここで更新とさせてください……。
次回更新ですが、ちょっと作者の体調が芳しくないので2日程お休みして28日にさせていただきます。待って下さっている方がもしいらっしゃるならば、他の作品を眺めつつお待ちいただければと思います。
ではまた次回の更新で。
9/30追記
現在更新が遅れています、申し訳ありません。
近日中には更新します。