表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/8

#7

 引きずられるように隊舎から出ると、昼間の活気の中を進む。小さな居住区とは言っても昼時であればそれなりに人も歩いていた。軽食の屋台の店主達は書き入れ時にそのしのぎを削り合い客引きの声が飛び交う。美味そうな匂いで客を呼び込む為に店主たちは声を張り上げながらもその手は止まっていない。そんな屋台の隣を通ると、じゅうじゅうと串焼きが焼ける音が耳に心地よく釣られるようにして腹が空腹を訴えた。思わず屋台の方へ足を運びそうになるが、アイリに握られた手を引かれ名残惜しさを感じながら更に進む。屋台通りを抜けて少しすると、飲食店の並ぶ通りに出た。アイリは特に悩む素振りも見せず一軒の飲食店の扉を勢いよく開いた。


「こんにちはー!」


 入店と同時にアイリが朗らかに挨拶をすると先程までは店の外にまで聞こえていた喧騒がぴたりと消えた。


「?」


 静まり返った店内で、ありとあらゆる人の視線がアイリに集まっている。俺が疑問に思っていると、数人の男が俺達の元……、いや、アイリのところにやってきた。


「あ、アイリちゃん。今日は……」


「飲むよー!」


 瞬間、先程までの静寂が嘘のように店内がザワつく。食事の途中であったであろう人達は一斉に「店主! 勘定だ勘定! 早くしてくれ!!」と叫んでいる。なんだこれ?


「あの、アイリ? お前ここで何したの?」


 恐る恐るそう尋ねると、アイリはきょとんとした表情で「え? いつもこんな感じだよ?」などとのたまう。なるほど、なるほどな。たぶんここはアイリの行きつけなのだろう。そして俺はどうやらひとつ勘違いをしていたようだ。アイリ程の酒飲みがそもそも酒好きを隠し通せる訳がなかったんだ。

 俺は色々と察して、後で店主に普段の迷惑を侘びに行くことを決めた。店内の仄かに暗い照明を眺めて現実逃避をしていると、ふいに背後から肩を突かれた。ゆっくりと振り返ると、必死な顔をしたむくつけき男が三人立っていた。


「お、おい兄ちゃん。あんたアイリちゃんの連れか?」


「そうです。なんかご迷惑をおかけしてるようで、すみません……」


 嫌な予感というのは得てして当たるもので。常連らしき三人の男はその巨体に似つかわしくない半べそをかきながら俺の手を握ってきた。


「頼む、兄ちゃん! アイリの嬢ちゃんを止めるのを手伝ってくれ……っ」


「そんなに!?」


 その鍛え上げられた肉体から腕っぷしにもそれなりに自信があるであろう男達が懇願する程ってアイリはいったい何をやらかしたのか……。


「マスター! 私エール! キンキンに冷えたやつ!」


 俺達がそんなやりとりをしている間にもアイリは酒を注文している。三人の男達とその声に振り返ると、店主は口いっぱいに苦虫を頬張ったかのような渋面でジョッキを差し出している。男達に背中を押されてアイリの隣に座らされた。男達はすぐに離れてこちらを見ながら「なんとかしろ」と身振り手振りで伝えてきた。


「あー……、アイリ? その、まだ昼間だし程々にな?」


 促されるままにアイリに忠告をすると、アイリは不思議そうな顔をしながらジョッキを持った。


「やだなー。まるで私がザルみたいに言わないでよー。私、そんなに飲むわけじゃないよ?」


 まるで自覚がない。しかもそう言いながら早々にジョッキを干している姿には貫禄すら滲んでいる様にみえる。


「おかわり!」


 しかも二杯目を同時に注文している。これでそんなに飲まないなんてどの口が言っているんだ本当に……。店主もそんなに嫌な顔をしながら出すくらいならやめたら良いのにと思う。けれど、店主も店主としての矜持なのか注文された二杯目のエールを出す。アイリはそれを受け取るやいなやそれを干す。酒の肴も注文せずに二杯も干すその姿からは普段の可憐さは微塵も感じられない。そもそも俺の祝いをすると言っていたにも関わらず会話もせず飲んでいるのだからこれは大酒飲みという他ないだろう。


「アインー。アインも飲まないの?」


 あまつさえ、俺にも飲むように勧めてくる。ここで断るのも面倒な気がしたのでとりあえず同じエールを俺も注文した。


「でもアインも称号持ちになったんだねぇ。これは私も負けてられないなー!」


「アイリならすぐにでもなれるんじゃないか?」


 なんでもない一言を言ったつもりがどうやら不味かったらしい。アイリはいつの間にか注文していた三杯目のジョッキを飲み干すと勢いよくそれをテーブルに叩きつけた。


「そんな簡単じゃない。簡単じゃないんだよ、アイン。私はアインのお母様、『月輝』みたいな女性を目標にしているんだもん」


 僅かに据わった目は酒のせいではない気がした。


「ごめん。軽率だった」


 アイリが俺の母親を目標にしているのは知っていたが、ここまでだとは知らなかった。アイリのその真剣さに言い訳をすることはせず素直に謝る。


「分かればいいよー! さー、じゃんじゃん飲もー!」


 余計なことを言ってしまった負い目からアイリがどんどんジョッキを干していく事を止めることもできず、空のジョッキが山のようにテーブルに積まれていく。そのジョッキが崩れそうになった頃アイリに変化が訪れた。

今回もここまで読んでくださりありがとうございました!

明日は所用で更新できるか分かりませんが明後日には続きを更新しますのでよろしくどうぞ。

ではでは、また次回にー!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ