#5
「さて、もう顔を上げてもいいよ。アインくん。本来であれば称号の授与は祭りとして市民達に祝われながら行われるのだけど、いかんせん今回は内容を伏せたくてね」
「いえ、そのお気遣いだけで充分です。ワイズマン」
祭りは各職で功績を上げた人物がワイズマンから称号を与えられる祭典で、現代では市民達の数少ない娯楽の場となっている。小さいながらも屋台なども出店され、飲めや歌えやの騒ぎが一晩中続く。その翌日は祝日として全ての市民の休日となるのも密かに嬉しいものだった。
「うん? やけに聞き分けが良いね、アインくん。どうして自分の功績を伏せられなくちゃならないのかーって気になったりしないのかい?」
ワイズマンが小首を傾げながらそんなことを聞いてくる。柔らかい笑みを口元に浮かべながらもその目は笑っておらず、どこか試されているような気がした。
「恐れながらお答え致します。今回、私が討伐したソルデは本来であれば遠方開拓でしか遭遇することがないとされる危険な魔獣です。そのソルベが居住区の付近に出没したとなれば、市民は恐怖し、混乱するでしょう。ですから、それを憂いての対応かと存じまず」
「ほう。君は開拓技術以外はおおよそ優秀とは言えないと聞いていたんだけど、どうやらそうでもないようだ。君、さては開拓研究員になりたいが為に己の能力を偽ったね?」
ワイズマンの言葉に思わずつばを飲む。自らの能力を偽り、適職の判定を操作することは決して褒められたことではない。糾弾されるのでは、と冷や汗が背中を伝った。
「ふふ。そんなに怖がらなくてもいいよ、それについて責はしないさ。さて、君が今言ったように今回はそういった理由で功績を伏せなければならない。恐怖とは伝播するものだからね。僅か二千の人口しかないこの居住区ならその伝播は一瞬だ」
「はい、理解しています」
偽りを責められず、胸をなでおろす。しかし、この居住区の危うい現状を暗に示されるとそんな安心感は霧散する。
「君たち開拓研究員はその危険な職務から『最底辺職』なんて言われているようだけど、そんなことを言っているのは多分何も知らない若い子達だろう。居住区の危うさを理解している者達からすれば君たちは底辺職ではなく『最前線職』なんだからね。君たちがその力を発揮してくれなければ、この居住区は資源を得ることもできず、農耕地を広げることも出来ず、衰弱して滅びる。現在開拓研究員は約一五〇名程居るけれど、その双肩に二千の命が乗っているんだ。私は、そんな君たちに最大限の敬意を持っている。今回はその功績を公には出来ないけれど、どうか許して欲しい」
ワイズマンはそう話し終えると、浅く頭を下げてきた。居住区の重鎮どこかその首魁たる人物が一般人に過ぎない俺に頭を下げるなんてことは予想だにしてなかった為、理解が追いつかなかったが、遅れてその姿を理解すると慌ててワイズマンを制止する。
「ワイズマン! 止めてください俺なんかに頭を下げるなんて! 称号を頂いただけで充分に満足していますから!」
しかし、ワイズマンはそれでも頭をあげようとはせず、言葉を重ねた。
「いいや、これはその件に関してじゃないよ。君の事を低く見ていたことに対してだ」
「そんな、俺は……」
ワイズマンのその言葉に反射的に返そうとすると、ワイズマンは頭を上げ、手をこちらに向け言葉を遮る。
「いや、これはワイズマンとしての誤りだ。すまなかった」
俺はもうどう対応して良いものか分からず、言葉を口の中でもごもごと詰まらせてはそれを飲み込む。そんな俺の姿を見かねたのか、事態を静観していたグレイが口を開いた。
「ワイズマン。その辺にしておいてください。あなたはそんなに軽々しく頭を下げて良い人物ではありません」
「グレイ。私はそんなに軽率に頭を下げているわけでは」
「ワイズマン。私にも立場がありますので。ご理解を」
「ん。そうか、そうだな。君はただでさえ周囲の他の職の長達から目をつけられているものな。以後気をつけるとしよう」
「その様に直接的に言わずともよろしいのではないでしょうか……」
ワイズマンにささやかな反撃をもらいたじたじになっているグレイを見て、ワイズマンはくつくつとその喉を鳴らした。
「さて、私はそろそろ戻るとしよう。あまり執務を離れていてはジェイクにも叱られてしまう」
「ジェイク? ワイズマン、それはジェイク・カインドのことですか?」
「ん? あぁ、そうだよ。彼は私の補佐だからね。君はもしかしてジェイクの仕事を教えられていなかったのかい?」
いたずらっぽく笑うワイズマンからよく知った名前が出た。ジェイクは俺の養父に当たる人でアイリの父親だ。塔で働いているとは聞いていたが、まさかワイズマンを叱れる立場にあるとは思いもしなかった。
「はい」
「しまったな……。言ってはいけない事だったのかも知れない。この事は黙っておいてくれると助かるよ」
そう言って立ち上がると、ワイズマンはグレイの執務室を後にした。
「見送りに行かなくて良かったのか?」
ふと気になってグレイにそう問いかけると、グレイは苦い顔になった。
「色々あるんだよ……」
なるほど、どうやら触れないほうが良いらしいと察した。ワイズマンが去ったことで俺の要件も終わっただろう、と判断し、部屋を出ようとすると、グレイに呼び止められた。
「ああ、そうだアイン。調子が戻り次第お前も開拓に出るようにするからそのつもりで居るようにな」
「了解」
執務室を出て、扉を閉めると開拓研究員になれた喜びを改めて噛み締めた。
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