#4
意地でも俺の着替えを手伝おうとするアイリをなんとか宥めて手早く正装に着替えるとグレイの執務室までアイリに案内されながら歩く。意識がない間に隊舎に運び込まれた俺はどこになにがあるのかまだ知らないからだ。道中食堂や装備保管庫、会議室等の主要な施設を教わりながら道なりに進んでいくと、ひときわ重厚な見た目の小開きの扉が見えてきた。隊舎の中でも奥まったところあるこの扉がグレイの執務室なのだろう。扉の手前にはガイと呼ばれていた男が控えていて、俺達の姿を認めると扉を叩いた。
「隊長、アイン・ティルドが来ました」
「通せ」
短いやり取りをすると、ガイは入室するように俺に促した。促されるままに扉をくぐると、狭いながらも整えられており、華美にならない程度の装飾品と壁一面の本棚の姿に圧倒される。現代において本はそれなりに貴重だ。すくなくとも大衆向けにされたものは一切ない。それをこれだけの量蒐集しているのは異様とすら言える。
「何を突っ立っている。さっさと入って扉を閉めろ」
グレイのその一言で我に返ると、俺に指定したようにグレイも正装を身に着けており、室内には俺とグレイの他にもう一人正装を身に纏った男がいた。状況を確認すると、これはグレイと俺の話し合いではなく隊長と隊員の話し合いだと理解する。
「は! 申し訳ございませんでした!」
敬礼をしながら謝意を示し、音を立てないように扉を閉める。
「アイン・ティルド。お前が今回ファーストミッションで遭遇した脅威とその顛末を説明せよ」
「はい。私は去るファーストミッションの際、単体のソルベと遭遇し――」
覚えている限りの状況や実際の戦闘の内容を報告する。グレイは時折羽ペンを走らせ何かを記し、もう一人の男は来客用であろう椅子に腰掛け、時折頷きながらその報告を聞いていた。グレイのものよりも上等な仕立ての椅子に座っている辺り、恐らくはどこかのお偉いさんなのだろう。
「以上が私が記憶している限りの内容になります」
一通りの報告をそう締めると、グレイは羽ペンを置き手元の小さなベルを振った。
「お呼びですか、隊長」
「ガイ。この書類を事務に回しておいてくれ。それとアイン・ティルドは合格者として扱う。頼むぞ」
「は。承知致しました。アイン。私は副隊長のガイ・ウェインだ。以後はなにかあればまず私に報告しろ」
「は! 了解しましたガイ副隊長」
この男のグレイからの信頼の厚さはファーストミッションの際にも見て取れていたが、副隊長だったらしい。その巨体に見合わない物腰の柔らかさで、善人なのだろうと感じられた。しかし、そんなことよりも、合格者として扱うという言葉に内心今すぐに声が出したい程だった。グレイから見ればそんな内心が透けて見えていたのだろう。
「アイン・ティルド。今聞いたとおりお前をこの第二開拓研究小隊の一員として認める。気にせず、自然に喜んでいいぞ」
グレイのその言葉は両親が行方不明となっている俺の内情を知っている兄としての優しさが見え、その言葉に抑えていた感情の蓋が外れる。
「っしゃ!!!!」
拳を握り思わず声を出すと、ずっと黙っていた男がくつくつと喉を鳴らした。
「ああ、いや。すまないねアインくん。年齢の割に随分と落ち着いていたから『英傑』と『月輝』の息子だからかと思っていたけれど、どうやら君自身の努力だったらしいと思って、ついね?」
「あ、いえ。私こそすみません。お恥ずかしい所をお見せしました」
男の言葉になんだか急に気恥ずかしくなり、思わず握った拳を開いて弁明する。
「いやいや、構わないよ。若い者はそれくらいがらしくて良い。さて、グレイ。そろそろ良いかな?」
「は。御心のままに」
男の問いかけに答えたグレイの態度に、もしや。と男の正体について思い当たる。
「アイン・ティルド。『英傑』と『月輝』の子よ。貴君の此度の任務での功績を称え、ワイズマン・ハウペの名に置いて貴君に『新鋭』の名を授ける。おめでとう。良く生きて戻ったね」
「ありがたく、頂戴致します」
即座に床に膝を付き、左手を胸に当てて頭を垂れる。ワイズマンと名乗った男はこの居住区の中心であり、終わった世代の遺した塔、『アーカディ・ハウペ』の管理者その人であり。この居住区において最も敬うべき人物であった。
今回もここまで読んでくださりありがとうございました!
若干短めですがお許しください!
次回更新は明日か明後日のこれくらいの時間になるかと思いますので、また次回に~。