#3
ガチャガチャと五月蝿い金属音が複数の足音となって耳を叩く。それに反応して体を起こそう力を込めるが、四肢がそれに従うことはなく視界も依然として暗いままだった。意識だけは確かな中、動かない体に苛立ちを覚えた。一つの足音が俺の隣に立つ気配。もしもこれが先程のソルデの群れの増援だったら。そう考えると体中の血液が凍りついた。
しかし、そんな最悪の想像は肩を揺らす手のぬくもりと、聞き慣れた声の悲痛さが滲む叫びによって否定される。
「アイン! アイン! だめ、死んじゃ駄目だよ!」
「やめ、てくれ、アイリ……。全身めちゃくちゃ痛いんだ……」
肩に触れられた瞬間はそのぬくもりに安堵もしたが、アイリが焦りからか力の限り揺さぶってきて体がばらばらになるんじゃないかと思った。まぶたを持ち上げる力すらない中、かすれた声で僅かばかりの抗議をするのがやっとだ。
「アイリ・カインド。その辺にしておけ、本当に死んでしまうぞ。まあ、とどめを刺したいなら止めはしないが」
「そこは、止めてくれよグレイ……」
遅れてやってきたグレイの声にそう返すが、最早これ以上は一言も喋りたくない程に消耗している。
「ソルデと単体でやりあってそれだけ喋れれば上出来だアイン。救護班! この馬鹿を運んでやってくれ。アイリ、お前もよく知らせてくれたな」
「わた、私は自分の方が終わったからアインを応援しに行こうかなって思って、でもそしたらアインがこんなことになってて」
「ああ、分かってる。大丈夫だ。その話はさっきも聞いた。お前も救護班と一緒に下がれ。今日はもうアインと一緒に居ろ。ただし、救護班の邪魔だけはするなよ」
「はい……」
グレイとアイリのやり取りを聞いていると、体を持ち上げられ担架に寝かされる。丁寧に運ばれながら、それでも揺れる担架の上でアイリが俺の名前を繰り返し呼ぶ声を聞きながら、今度は安堵の中で意識を手放した。
――体が灼けている。そう錯覚するほどの熱さに目を覚ますと、見慣れない天井が目に映った。薄暗い部屋の中で動作を確かめるように右手を握ったり開いたりする。多少気だるさは残るものの、動作に支障がないことを確認すると生きている実感が後から追いかけてきた。
「起きたか、アイン」
不意に声をかけられそちらに顔を向けると、グレイが椅子に腰掛けて本を読んでいた。どうやら看病をしてくれていたらしい。
「すまん、手間を掛けさせた」
「それは俺じゃなくてそこで寝てるアイリに言ってやれ。お前が隊舎の救護部屋に運ばれて寝こけてた間ずっと起きて看病してたんだぞ。タイミング悪くついさっき寝てしまったがな」
グレイが顎で示す方に目を向けると、俺の左の袖口を摘んだままベッドに上体だけを預けてアイリが眠っていた。
「俺はどれくらい寝てたんだ?」
「丸二日ってとこだな」
「そうか……」
その間ずっとこうして傍に居てくれたであろうアイリの柔らかな髪をそっと撫でると、アイリがもぞもぞと動く。
「アイン……ごめんね……」
寝言でそんな事をいうアイリを起こさないように心の中で詫びる。また目を覚ました時に改めて謝ろう。
「ところでアイン、腹は減ってないか?」
「多少、かな?」
丸二日眠っていた割にはそんなに空腹は感じない。未だ燃える体の熱のせいだろうか。
「多少でも食えそうなら食っておけ。それで食ったらまた寝ろ。体力が戻り次第今回の事を詳しく聞かせてもらうからな」
そう言いながらグレイがスープを差し出してくる。
「すまない。ありがとう」
「余り物で作っただけだから暖かい飯とはいかんがな」
「いや、充分だよ」
むしろ、充分すぎる程だ。回復しきっていない俺の体のことを考えてスープの中にはペーストになった芋が入っている。これなら食べることでの体力消費を抑えながらしっかりと腹を膨らませられる。こういう気遣いが出来るからこそグレイは隊員からも慕われているのだろう。出されたスープをゆっくりと味わうと、疲弊した体にスープの塩気が心地よく染み込む。一口が終わるとまた一口と後を引いた。グレイは俺が食事に夢中になっていると軽く手を上げて部屋を出ていった。 空腹が満たされると瞼が重くなる。ベッドに横になり、アイリにも掛かるように毛布をかけてその手を握りながら眠りに落ちた。
翌朝、芳醇な小麦とバターの香りに鼻をくすぐられて目を覚ますと、ちょうどアイリが朝食を運んできたところだったらしい。
「おはよう、アイリ。心配かけてごめん」
開口一番に謝罪をすると、アイリは肩を怒らせながら歩み寄ってきて俺の頭をはたいてきた。
「ほんっっとに心配したんだからね!」
こちらをじろりと睨む空を映した湖の様な瞳は今にもその堰を切って溢れそうだったが、それを堪らえる姿に「ごめんな」と言葉を重ねた。するとアイリは両手に持った朝食の皿をサイドボードに置き、袖口でぐしぐしと顔をこすった。
「無事だったならいいよ。今回は許したげる。さ! じゃあご飯食べよっか!」
「ありがとう、いただくよ」
アイリが用意してくれたパンとスープを食べ終える頃、入り口をノックする音が転がり込んできた。
「アイン、起きているか?」
「ああ、グレイ。起きてるよ」
ノックの主であるグレイが返答を受けて扉から顔を出した。
「よろしい。体力が戻っているなら正装に着替えて俺の執務室まで来るように」
それだけ告げると返答を待たず扉が閉められた。
「仕事モードだったけど、わざわざ正装で執務室だなんてなんだろうね?」
「今回の件を詳しく聞かせてもらうってのは言われてたけど、正装ってのはわからないな」
『開拓研究員』は世間では危険が付き纏う底辺職として扱われているため、式典などがなければ正装を着る機会なんてものはない。そもそも正装を持っている者も稀だろう。幸い俺は親父が使っていた正装を持っている。指定されて困ることはない。
「まあ、指定されたんだしちゃんと正装で行かなくちゃだよね?」
「そうだろうな。着替えるよ」
「うん。分かった」
「……? 着替えるんだけど」
「ん、分かったよ?」
着替えるから出ていって欲しいと頼んでいるつもりなんだがどうにも伝わっていないようだ。
「着替えるから部屋から出てくれないか?」
「別に気にしなくてもお姉ちゃん手伝ってあげるよ?」
「要らないって……」
不思議そうに首を傾げるアイリを説得するのには暫くかかった。
今回もここまで読んでくださりありがとうございました!
今回本文中に『こちらをじろりと睨む空を映した湖の様な瞳は今にもその堰を切って溢れそうだったが、それを堪らえる姿に「ごめんな」と言葉を重ねた。』って文章があったんですけど、これ作者の性癖です。こういう文章書くのめっっっっっちゃ好き!!!!!!(クソデカ主張
なのでこういうの好きかもーって方がいたら今後もこういうの書きますのでブクマ等々していただけますと頑張れます!
それと、今後投稿する日は17時~20時半の間に出来るだけ投稿するようにしますのでそのくらいの時間なんやなって覚えておいてもらえますと幸いですー。
ではでは、また次回に!