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私は、ひっくり返した桶に腰掛けて、芋の皮を剥く。
剥き終わったらもう一つの桶に入れ、また次の芋を剥く。
爽やかな風と陽の光が心地よい。
芋の皮を剥く。桶に入れる。芋の皮を剥く。この繰り返し。
何だか謡に似ている。
おなじ節を繰り返しながら、でもだんだんと何かを積み上げてゆく姿。
”まこと猛き者よ銀の荒ぶる獅子、その鋭き爪で虚無を打ち払え”
”まこと聡き者よ翼ある者よ、その紅き瞳で虚無を見透せ”
”其はすべての力もてその敵を破り、地に海に空に凱歌をあげん”
”みよ!恩寵は確かにこの永久を守り、我らに正しき道を示さん”
いつの間にか、クレイズが隣に立っていた。
「美しい旋律だが、詞は恐ろしく剣呑だ」
「それは、人を滅びに誘う忌まわしき古きものと、大いなるものの御遣いの戦を、讃えた謡だから」
「御遣い?」
「他に、眷属とか守護聖獣とも呼ばれているお方たち。この街にも、邪なるものが呼び寄せた真深き黒き嵐を打ち破る、金色の狼のお姿を謡ったものが、伝えられているわ」
「奇跡の口伝か。芋の皮を剥きながら、歌うものではないな」
「確かにそうかも」
私は、皮を剥く手を止めずに、手元を視野に収めながら、クレイズへ顔を向けた。
「でも好きよ。この旋律も芋の皮剥きも」
芋の皮剥きもか、と彼は笑った。
「この国に来る事が決まる前からずっと、自分が何も知らないことを、思い知らされてきたから」
分からないなりに、真っ直ぐ進もうとしたけれど、結局知らないが為に過ちを犯し、人を傷つける。
「知っていても未来を変えられないのならば、知らない事は幸せなのかもしれない。命終える時まで何も知らなければ、悲しみや苦しみはないと思う。死ぬ時でさえ」
けれど、学ぶことで知ることで変えられるものがあるのなら、救えるものがあるのなら、私は知りたい。
例え、魂が灼かれるほど、苦しくても。
「だから、私は知りたい。大切なこともそうでないことも、出来るだけ沢山」
だって、私は翼ある蛇の言葉を聞いてしまった。
もう、無垢な乙女では居られないから。
向こうから私を呼ぶ声がする。振り向くと、マーサが厨の出口から身を乗り出して、手を振っている。
「シャルディ、ロナアー」
「うーい」
私が答えると、マーサは笑顔で寄ってきて、桶の中をのぞき込んだ。
「ダウジュ、ダウジュ」
言いながら、彼女が私の頭をなで回す。
褒められているんだよね。でもこれ、子供を褒める時の言葉だったような。
庭師の娘が、何かの手伝いをして、やはり同じようにされていたような……。
私が考えたとおりらしく、隣でクレイズが大笑いしている。
ひとしきり笑ったあと、彼はマーサに問いかけた。
「マーサ、シャルディ ルアン テレフレ」
「マルツェ ルクア デン ボルナジュル」
彼の表情が固まった。マーサは構わず、すまし顔で一礼する。
そして、私から桶を受け取った。
「何だったの」
「シャーデが役に立っているか聞いてみた。冗談のつもりで」
「それで、何て」
クレイズは、頭をかきながら答えた。
「芋の皮剥きは、若旦那さまより上手。だそうだ」
マーサが、桶を下げて軽い足取りで、厨へ戻っていく。
鼻唄でも歌っているのだろうか。
三つ編みの先が、楽しげに揺れている。




