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旅立ちは淡々としたものだった。
特に式典のようなものもなく、見送りに集まった巫女や教団の者と挨拶を交わしただけだった。
「シャーデひとりではないから心配しないけれど、あなた時々抜けてるから気をつけてね」
サダリの、励ましているのか、落ち込ませようとするのか分からない激励を、苦笑いして受けた。
アルフレイア、ボーメ、レステリーニとも短く言葉を交わして、幌を掛けた馬車の荷台に乗り込んだ。
全員が乗り込むと御者が馬車を出す。手を振るみんなが次第に小さくなり、道なりに曲がって尾根に隠れて見えなくなる。
馬車が外門をとおり過ぎる。教団の谷から外へ出るのは、寮徒になってから初めてだ。
私たちは、このまま馬車で南西へ下り、セレディアという港町から西向きの船に乗る。
「もう少しすると、教団領を出てレクノア伯爵の領地に入ります」
侍祭ハンスヘンが声を掛けてきた。やや幼い顔立ちに、人懐こい笑みを常に浮かべている。
「幕を下ろしますから体をお休め下さい。先行きは長いですよ」
「どれくらいかかりますか?」
「順調に行けば、4日でセレディアに着きます。船の方は天候次第ですが15日もあれば」
「船は揺れるのですよね」
慣れないことへの不安さから、つい尋ねてしまう。
なにしろ、経験したのは、ミルトルから泉の谷への旅の、一回きりだから。
そんな私を見て、オラシアがそっと手をかさねてくれた。
「海が荒れなければ、それほど揺れるものではないわ」
「荒れたら?」
「それは、私にもわからない」
そして、笑みを浮かべて言う。
「でも、一体どうなるのかとても興味深いわ」
だって、泉では体験できないことだもの。と笑いながらいう。
「オラシアはどちらのお生まれですか?」
「タイユースよ。通り道ではないわね」
タイユースは、ここより北にあるサウラス侯爵領にある。
私が育ったミルトルも東を治めるマウレス侯爵領にあるので、通る道とは全く違う方角になる。
「シャーデの生まれは?」
「ミルトルです。たぶん」
「たぶん?」
何気なく付け足してしまった言葉へ、オラシアが問いを挟んた。
「私は教院の子なので。本当の親や生まれは知りません」
まぁ。オラシアは少し顔をこわばらせて、言葉を続ける。
「救孤院には入らずに?」
教院の子は、綴りのとおり教院の聖職者の家系の子供という意味の他に、孤児の意味も持つ。
というより、むしろこちらの意味で使われることが多い。
サダリが、私の生い立ちを知りながら、あえてこの言葉を使うのは、教院から来たことにかわりがないという想いを示す、まぎれもない好意の証だ。
「信徒の中に、たまたま赤子を育てている方がみえて、教院に通って乳を与えたりしてくれたそうです。けれど、私が2歳の時に、そのご家族が主人と他へ越すことになって」
彼女は、私を静かに見つめながら、話に耳を傾ける。
「本当ならそこで救孤院に入れられるところでしたけれど、ここまで教院で育ったのだからと、教院の方が手分けして大きくなるまで育てて下さいました。6歳からは教院の下働きにしていただいて。ほとんどお役にたてませんでしたけれど」
そう。オラシアが短くつぶやいた。
話し終わって、言葉が途切れた。少しだけ気まずい間。
「侍祭の言うとおり休みましょう。私の膝に頭を載せると良いわ」
言われたとおりにするのは、さすがに甘えが過ぎると思えた。
けれど、少しだけ甘えたくて、オラシアの肩に頭を預けて、目を瞑った。
旅は3日目に入った。
幾つかの領地を通り過ぎ、南へ下っていく。
南に行けば、気候も穏やかで暮らし向きは北より楽なはずだけど、通り過ぎる村々には痛んだ家が目立ち、道をゆく人の足取りにも力がないように感じられる。
「麦の育ちも悪いようですね」
侍祭が幌の隙間から外を覗き呟いた。
「去年の実りも、あまり良くなかったと聞いたわ」
ヘリエが言った。
「去年の蓄えがないから、今年も不作では大変なことになる」
突然、馬車が止まった。
侍祭が御者に子細を尋ねる。
行き倒れのようです。と、答えが返る。
幌の隙間から覗くと、道の端に、粗末な服装をした男性が横たわっている。取り囲むように幾人か立っているが、やはり身なりは貧しい。
服装だけでなく、体は痩せていて、全体に生気が乏しい。
「出しなさい」
祭主が命じた。
「お助けしなくとも良いのですか?」
オラシアが尋ねる。
「それは、村の教院がするでしょう。我々は与えられた務めを、果たさねばなりません」
重ねて祭主が命じ、御者が馬車を出す。
立っているうちの一人がこちらを見た。
目があった訳ではない。
おそらく馬車を見ただけだろう。けれど、ずっとこちらを見つめている。疲れ切った、濁った瞳で。
馬車が遠く離れても、ずっと。
次回は 3/15 6:00 です




