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翼なきもの  作者: 加藤 弓雅
第三章
13/55

- 1 -

 旅立ちは淡々としたものだった。

 特に式典のようなものもなく、見送りに集まった巫女や教団の者と挨拶を交わしただけだった。

「シャーデひとりではないから心配しないけれど、あなた時々抜けてるから気をつけてね」

 サダリの、励ましているのか、落ち込ませようとするのか分からない激励を、苦笑いして受けた。

 アルフレイア、ボーメ、レステリーニとも短く言葉を交わして、幌を掛けた馬車の荷台に乗り込んだ。

 全員が乗り込むと御者が馬車を出す。手を振るみんなが次第に小さくなり、道なりに曲がって尾根に隠れて見えなくなる。

 馬車が外門をとおり過ぎる。教団の谷から外へ出るのは、寮徒になってから初めてだ。

 私たちは、このまま馬車で南西へ下り、セレディアという港町から西向きの船に乗る。

「もう少しすると、教団領を出てレクノア伯爵の領地に入ります」

 侍祭ハンスヘンが声を掛けてきた。やや幼い顔立ちに、人懐こい笑みを常に浮かべている。

「幕を下ろしますから体をお休め下さい。先行きは長いですよ」

「どれくらいかかりますか?」

「順調に行けば、4日でセレディアに着きます。船の方は天候次第ですが15日もあれば」

「船は揺れるのですよね」

 慣れないことへの不安さから、つい尋ねてしまう。

 なにしろ、経験したのは、ミルトルから泉の谷への旅の、一回きりだから。

 そんな私を見て、オラシアがそっと手をかさねてくれた。

「海が荒れなければ、それほど揺れるものではないわ」

「荒れたら?」

「それは、私にもわからない」

 そして、笑みを浮かべて言う。

「でも、一体どうなるのかとても興味深いわ」

 だって、泉では体験できないことだもの。と笑いながらいう。

「オラシアはどちらのお生まれですか?」

「タイユースよ。通り道ではないわね」

 タイユースは、ここより北にあるサウラス侯爵領にある。

 私が育ったミルトルも東を治めるマウレス侯爵領にあるので、通る道とは全く違う方角になる。

「シャーデの生まれは?」

「ミルトルです。たぶん」

「たぶん?」

 何気なく付け足してしまった言葉へ、オラシアが問いを挟んた。

「私は教院の子なので。本当の親や生まれは知りません」

 まぁ。オラシアは少し顔をこわばらせて、言葉を続ける。

「救孤院には入らずに?」

 教院の子は、綴りのとおり教院の聖職者の家系の子供という意味の他に、孤児(みなしご)の意味も持つ。

 というより、むしろこちらの意味で使われることが多い。

 サダリが、私の生い立ちを知りながら、あえてこの言葉を使うのは、教院から来たことにかわりがないという想いを示す、まぎれもない好意の証だ。

「信徒の中に、たまたま赤子を育てている方がみえて、教院に通って乳を与えたりしてくれたそうです。けれど、私が2歳の時に、そのご家族が主人と他へ越すことになって」

 彼女は、私を静かに見つめながら、話に耳を傾ける。

「本当ならそこで救孤院に入れられるところでしたけれど、ここまで教院で育ったのだからと、教院の方が手分けして大きくなるまで育てて下さいました。6歳からは教院の下働きにしていただいて。ほとんどお役にたてませんでしたけれど」

 そう。オラシアが短くつぶやいた。

話し終わって、言葉が途切れた。少しだけ気まずい間。

「侍祭の言うとおり休みましょう。私の膝に頭を載せると良いわ」

 言われたとおりにするのは、さすがに甘えが過ぎると思えた。

 けれど、少しだけ甘えたくて、オラシアの肩に頭を預けて、目を瞑った。



 旅は3日目に入った。

 幾つかの領地を通り過ぎ、南へ下っていく。

 南に行けば、気候も穏やかで暮らし向きは北より楽なはずだけど、通り過ぎる村々には痛んだ家が目立ち、道をゆく人の足取りにも力がないように感じられる。

「麦の育ちも悪いようですね」

 侍祭が幌の隙間から外を覗き呟いた。

「去年の実りも、あまり良くなかったと聞いたわ」

 ヘリエが言った。

「去年の蓄えがないから、今年も不作では大変なことになる」

 突然、馬車が止まった。

 侍祭が御者に子細を尋ねる。

 行き倒れのようです。と、答えが返る。

 幌の隙間から覗くと、道の端に、粗末な服装をした男性が横たわっている。取り囲むように幾人か立っているが、やはり身なりは貧しい。

 服装だけでなく、体は痩せていて、全体に生気が乏しい。

「出しなさい」

 祭主が命じた。

「お助けしなくとも良いのですか?」

 オラシアが尋ねる。

「それは、村の教院がするでしょう。我々は与えられた務めを、果たさねばなりません」

 重ねて祭主が命じ、御者が馬車を出す。

 立っているうちの一人がこちらを見た。

 目があった訳ではない。

 おそらく馬車を見ただけだろう。けれど、ずっとこちらを見つめている。疲れ切った、濁った瞳で。

 馬車が遠く離れても、ずっと。



次回は 3/15 6:00 です

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