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積集合

 屋上に出る階段の端に、体育座りで顔を屈めて、首には——黒いチョーカー。

 

 どくんと心臓が跳ねた。

 

 それはそのまま動かない。と思いきや、規則正しい呼吸音から、寝ているのだと推察された。

 

(……まぁ、いいか)

 

 取るに足らない僕の物語に起こる出来事なんて、些事以外の何物でもない。

 

 少し興奮した頭を冷やす。

 

 彼女の陣取っている角ではない側の扉に、背中を預け、本を読みつつそれを下敷きにして書き物を始めた。同じように、体育座りで。

 

 

 扉を通して、校庭で遊んでいる声が聞こえる。

 本を読む途中、ふと息抜きをすると気づく、声。グラウンドで遊んでいる人の声。

 ——いつもは、なぜだか自分だけがその一般的な世界と隔絶しているようで、少し寂しくなったりもした。

 けれど——、こうして横に彼女がいるだけでそれが柔らいで、少しだけ寂しくなくなる気がした。

 

 取るに足らない、ことだけど。

 

 

 そうやって本を読んでいると、目の端で彼女がもぞもぞと動くのが見えた。小動物のような動き。

 彼女はそろりと顔をあげる。明るいところで見る彼女の顔は、寝起きでぼーっとしていることもあり、年相応のあどけなさを感じさせた。

 

 彼女はぽーっとした顔で周りを一通り見渡したと思うと、僕の方を見て固まった。

 

「あっ……あっ……」

 

 彼女の声にならない声。僕は彼女に少し近寄り、観察する。

 

 近づいた瞬間、彼女からは匂いがした。いや臭いだろう、汗くさい香りは一般的にはそう呼ぶ。

 ただ——自分の無機質な匂い(というか、無臭)よりも、なぜかそれは人間的で僕には好ましく感じられた。

 

 あらためて——じっと見てみる。

 

 色素の薄い唇に、白い肌。頰はその薄い果皮を象徴するかのように、頰は薄いマゼンダに染まっていた。

 髪は——その匂いの発生源だと分かるような、重い艶と纏まり。

 髪型は前髪ぱっつんで、後ろは腰まであるロングヘア。長いもみあげはヘアピンで止められ、横に流されている。

 薄汚れた白いシャツに、不釣り合いな柄が入ったピンク色のスカート。

 肌は薄汚れてはいるしアザがあり、その肌の薄さからくる華奢なイメージは打ち消されていた。

 

 評するに、あまり清潔感に気を使えない女の子かもしれないと思った。

 そして、野遊びが好きであるのだなとも。

 昨日会った時とは裏腹に「幽霊の正体見たり枯れ尾花」とも言うのか、特に神性も感じられなかった。

 

 × × ×

 

 一晩おいてみると、とても良いと思った思いつきのアイデアが、そうでもないなんてことはままあることだ。

 

 それも、ドラッグを入れた日には、関係ないことを関係づけようとし、特別でないものを特別だと思おうとする。そんなのは日常だと言っていいだろう。

 

 それが気持ちいいから、ドラッグをやっているというのもそうなのだけれど。

 

 × × ×

 

 僕はこんな普通の人間に特別な物語を感じていたなんて、少しがっかりした。

 しかし概して現実とはそういうものだ。


 彼女はこちらを見ないように、けれどちらちら伺いながら、体育座りを続けている。

 昨日の忠告が効いたのかもしれない。

 

 そうやって——本を一通り読み終わり、ドラッグ生成の算段をしていると、チャイムが鳴った。予鈴だ。

 僕は立ち上がるが、彼女は体育座りをしたまま動く気配が無い。

 

「……」

 

 声をかけようかと思ったが、自分から秘密だと言った手前、やめた。

 僕は彼女を一瞥して、階段を降りていった。依然として彼女は膝を抱えたまま、そわそわして、そこに座ったままだった。

 彼女は授業に出ないのか少し不安に思ったけれど、僕には関係ないことだと自分に言い聞かせて教室に向かった。

 

 後ろ髪を引かれながら。

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