意志と意味
ぼくの腕がじっとりとした彼女の手で熱を帯びる。その手の震えは、ぼくに緊張を伝播させた。
「何が同じだっていうんだよ?」
彼女の——何か確信めいた言葉を跳ね除けるように、ぼくはぶっきらぼうに言った。
びくりと、彼女の震えがその手から伝わる。
「あなたは、あなたは——ほっとしてた——わたしとおなじ」
急いて吐かれる言葉は早口で、少し過呼吸気味だったけれど、意志の力がそこには込められていた。
ぼくは跳ね除ける。
「同じじゃないよ」
その言葉を聞いた瞬間、彼女は僕の腕をギュッと握りながら、俯いて、どこか一点を見つめるように言った。
急いた言葉。何かを逃さないとするような。
「わたしは——わたしは——だれにもいわないよ。おおっぴらになんかしない」
ぼくの言葉への反論だろうが、この理由を知っているかのような——。
「何をおおっぴらにするって?」
彼女はぼくの言葉を聞いて、これまでになくはっとした様子で言葉を連ねて吐き出した。
「わたしは——わたしはしってるよ」
「おおっぴらに——おおっぴらに——されたくなかったら、」
「わたしに、たいせつにされて、ください」
最後の言葉は、意味は分からなかったけれど、彼女がぼくを引き留めて言いたかったことの、要だと感じた。
何を勘違いしているかは知らないが、彼女はぼくの秘密を握ったと思い、それをネタにぼくを思い通りに動かそうとしている。
している?「ください」?主従が逆では無いのか。けれどそれは、不自然な言葉に不釣り合いな意思が込められていたのを感じた。
ぜーぜーと彼女の呼吸音が、既に闇が深くなった空間にちらばる。
ひぐらしの環境音が背景音として響く。
ぼくは本気で言葉を紡いだけれど、彼女はそれ以上に本気だと、感じた。
意志。
× × ×
僕の持論として、意志あるものは意志なきものに引きずられる。
双方意思がある場合は——より強い意志を持つものが主導権を持ち、物事を進める。
今日の登校ルートをどうするかも、班での決め事も、進路も、生死も、全部。
事実そうであるし、僕もそれで良いと思う。
意志が無いということは、未来に対する責任も、欲求も持たないということ。
であれば、意思がある、それを求めている人間に、委ねるべき。
——そうして、僕は彼女に委ねた。
× × ×
「良いよ」
彼女呼吸がはっと息を吸ったのが分かった。手だけではなく、身体が震えてるのが分かった。
彼女の表情は読みづらいけれど、その奥には驚きと——未来への希望が湛えられているように見えた。
ぼくは被せるように言う。
「ただ約束が一つ。これは君と俺だけの秘密にすること」
「ここで起きたやり取りは、誰にも言わないこと。二人だけ」
保険だった。彼女が間違っても言わないための、保険。具合が悪そうだとか、そういうことですら言って欲しくはない。
「……わかった」
小さな、けれど希望が感じられるその声。ぼくの返答がなぜ彼女の希望になるのだろうか。それは今は分からない。
「じゃあ、よろしく」
ぼくは彼女に掴まれていない方の手を差し出す。握手。
彼女は食いつき気味に手を握ってくれた。
もう手汗でじっとりを通り越してねちゃねちゃに彼女の手。冷えて乾いたぼくの手に水分が伝わる。
——秘密の共有。そんなチープでありふれた題材だけど、少しぼくは楽しくなっていた。
まぁこれも、ただ死ぬまでの余興に過ぎないのだけど。
過ぎないのだけど、今はまだ。




