アプリオリ
「嫌だったら言ってね」
そう言って彼女は俺の隣に座ると、そっと俺の頭をその膝に乗せるように導いた。
——途端、頭が真っ白になる。虚を突かれた出来事だったのだけど、不思議と呼吸が少しだけ楽になった。
脱力した自分はなされるがままになる。
「こういうときは、横になるといいんだよ。私もよくなるから、わかるの」
彼女は歳に似つかわしくない、慈愛に満ちた目で続ける。
ベンチの上に横になり、頭が彼女の膝の上に乗っている。
ドラッグの影響とその行為の異質感も相まって、ぼくはそのことについて考えるのをやめ、流れに身を任せていた。
自然と呼吸と鼓動が落ち着いてくる。スカート越しに、彼女の大腿が耳に触れる。熱い。
血の気が引いていた顔に、少し温度が戻ったのを感じた。
(あたたかい……)
僕の頰に暖かい彼女の細い大腿が触れる。なんだか、矛盾のようだ。
汗ばんだそれから仄かに香るのは、柑橘系の香りと、自分より強い、子供特有の汗くさい匂い。
静止した空間に響くのは、ぼくのぜいぜいとした荒い呼吸と呻き声。
それに、聴こえるか分からないぐらいの、密やかな彼女の呼吸。
「おえ……」
——またぼくは、何処から来たおも分からない嘔吐感でえづいた。
胃の中は空っぽなのに、なにかを吐こうと胸が上下する。口の中が酸味を帯びる。
思わず苦しさに上を見上げると、そこにはぼくを介抱する彼女の顔があった。
彼女はぼくの顔を覗き込んだ。その黒髪がぼくの頰にそっと触れた。
(チョーカー……?)
ぼんやりとした視界の端に入ったそれに、ついと目が奪われた。
(彼女の首を覆う黒いシルクのような薄い帯。何か彼女を束縛するような)
——頭が混乱している。何の関連性も無いものに関連を求めている自分。
「あ……」
彼女と——目が合った。
(小さくまとまった美しさの中に、あどけなさが残る顔。色素が薄い肌。りんご病のようにも見える染まった頰。さくら色のくちびる。驚きのようにも見える見開かれた目——)
——僕は熱に浮かされるように思わず手を伸ばしていた。
ぼくにはそれが——ツクリモノの物語ではなくホンモノの物語のように見えたのだ。
瞬間、彼女はびくりと身を引いた。
(——やっぱり)
届かない。届くはずもない。
——そう、思ったのに。
「……なんで」
思わず疑問を呈した。彼女は今度は僕の顔を覗き込むように、僕の手を握っていた。
汗ばんだ彼女の手はぼくに体温を分け与えてくれるかのようだった。
「——大丈夫だよ」




