エピローグ
「ただいまー。って、また散らかして……。好きにしては良いとは言ったけどさ……」
座卓に座った一華は恥ずかしそうに、がさごそと手近にあるチョコの包み紙を手元に寄せて取り繕うとする。口にはチョコが入ったままだ。
——あの日から彼女はドラッグを辞めていた。これは正直驚きだった。
たしかに論理的な帰結としては正しいのだから、驚く僕は彼女の言葉を信用していなかったのだろう。
一華があの時も意識的にせよ無意識的にせよ、ドラッグのために行動していて、僕との共同生活をそのために受け入れたのではと、そういう可能性を僕は見ていた。
まぁ——仮にそうだとしても、僕は彼女との共同生活を選んだのだけど。
そんな訳で彼女は元の家には帰らず、学校にも行かず、外にも出ず、ずっと家でだらだらしている。
人生にはそういう期間も必要だと思うものの、そろそろ一ヶ月である。
別に生活が苦しいとかそれ自体が嫌だだとか、そんなことは一切無い。ただ、こうし続けることが彼女にとって"良い"のかと、少し不安になってしまった。
ただ逆に、それを裏付ける根拠も特に持ち合わせていなかった。
(……ニートを抱える親の気持ちって、こんな感じなんだろうか)
ふとそんな事も考える。
「……怒った?あきれちゃったかな……」
ごにょごにょと一華が恥ずかしそうに俯く。
どう伝えたものかと彼女を見つつ考えていると、一つの変化に気付いた。
彼女の首に——あの黒いチョーカーが無かった。
「一華、それ」
「あ——ここ……?」
一華はくいと襟を引っ張り、首元を晒す。
チョーカーの下にあった、痛々しい痣も今は無い。
「これで——キミと肩を並べられる。明日からは、一緒に——学校にいっていいかな?」
今度は逆に——一華が学校で嫌な目に合わないか考えて、言葉に少し窮してしまう。
さっきはあんなことを考えていたのに——自分は天邪鬼だなと思う。
そんな僕を察して、一華は言う。
「大丈夫だよ——」
「だってわたしには——キミさえいれば良いから。キミがわたしを受け入れてくれるなら、わたしはそれだけで生きていける」
僕は少しそれを不安に思ってしまったけれど、僕はそれでも良いと思ってしまった。
× × ×
幸せの係数は本当に複雑だ。
何不自由なく欲求のままに暮らしていたとしても、それが本人にとって中長期的に幸せなのか、見極めることは難しい。
彼女の笑顔を見続けたいなら——例えばクスリ漬けにして自我を奪って、欲求のまま摂取を続ける動物に仕立て上げれば良いという話もある。
でも僕はそれで満足いかなかった。あるいは、満足しなかった。
彼女が一定の自我を持ち——なおかつ過去を抱えたまま、彼女の判断で僕を受け入れて欲しかった。
……とても傲慢で、独善的で、そして身勝手な想いだと思う。
——それでも、そんな形で双方の利害が一致するのなら、僕はこの結末を選びたかった。
いや、それは綺麗事だ。
単に僕は僕の勝手で、彼女との関係を続けたかったんだ。
× × ×
「ご飯作るよ、何が良い?」
二人暮らしで身についたのは炊飯のスキル。
彼女は幸せそうな顔で、いつものリクエスト。
「……まただけど、オムライス食べたいな」
恥ずかしそうな顔で軽く俯き呟く彼女の顔は、幸せそうに見えた。
ケチャップ、白米、鳥もも肉、玉ねぎ、生卵、塩胡椒——オムライスの要素は意外に少ない上に簡単だ。
幸せに必要な要素も、意外に少なかった。
「はふ」
出来立てのオムライスを一華が頬張る横で、僕はそれを笑顔で眺めている。
これからも進んでいく、僕たちのホンモノの物語。




