大切
「分からない」
自分でもハッとするほど、明瞭な答え。彼女は憤るように言う。
「——まだ関係を続けるつもりなんだ。本当にひとでなしだね、キミは」
「違う」
「そうやって、あの時も、わたしに期待を持たせて、結局放り出したんだ。もう、騙されない——」
「その時のことは——本当に、ごめん。だけど僕は、僕は——」
僕は彼女の手を取った。
ここが肝要。ここが分岐点。ここが分水嶺。
決して言い訳したり不誠実になってはいけない。
自分に言い訳せず、相手に言い訳させず、真正面から僕の回答をぶつけて、受けて貰う必要があった。
僕の出した、シンプルな答えをぶつける。
「一華をもう置いていったりは、しない。——一緒に、住もう」
彼女は虚を突かれたような表情を浮かべた後、一転して不安げに言う。言い訳でも重ねるように。
「だってそんなの無理だよ。お金だって無いし住むところだって——」
出来ない理由。僕もかつて探していたのだから、どういう反証が考えられるかは検討していたし、ちゃんと対策は出来ていた。
「用意した。一年はどうにかなるようにしたし、その一年でそれ以降もどうにか出来る算段はついてる」
彼女は反証を告げる。
「……連れ戻しに来るかもしれない」
「絶対にさせない。どんな手段でも取る」
彼女が——揺らぐ。
「そんなこと、できるのかな」
僕はかつての僕の気持ちに、一華の気持ちに寄り添って言葉を紡ぐ。
「僕だって、自分が小さいから、何も知らないから——そして、大人に殴られることさえも知らなかったから、そんなことが出来るのかなって思ったよ」
「——ただ、所詮は人で、大人も子供も変わらない。手にしたお金も価値も幸せも——変わらない」
「キミと僕、二人の同意があれば、二人で許しあっていけば——なんだって、出来るよ」
なんだって。そう、なんだって。
「キミが僕を許してくれるなら、僕はそれだけでいい。代わりに僕がキミを許してあげる」
「……こんな世界下らないと思ってた。だから薬もやった」
「けれど、僕はキミに受け入れられた時、それだけで生きていけると思ってしまった。キミが僕を介抱して膝枕してくらたとき、この暖かい時間がいつまでも続けばいいと思ったし、一華の全てが欲しくなってしまった」
「これは僕の勝手だ。我が儘で、身勝手で、自己中心的な欲求」
「そんな僕の勝手が通れば良いと思ったから、キミの勝手と重なるように俺なりに色々考えた。いろいろ準備もした」
「キミが俺を受け入れてくれるなら、同意してくれるなら——僕は二度とこの手を離さない。一華に大切にされて、僕は一華を大切にし続ける」
そうやって、僕は彼女にもう一方の手を差し出した。
最後にもなるかもしれない、これがきっかけで彼女とはもう会えなくなるかもしれない。
だけど、ここから先の未来を掴むために、本当に本当に怖かったけれど、僕は手を差し出した。
彼女は一種まごつく。期待と不安が入り混じるその瞳で、僕とその手を交互に見た。
そして彼女は決心したように目をつぶって深呼吸をすると——
一華は、震えるその手で、小さなその手で、僕の手を、握った——。




