薬と安寧
——人生は一時の夢のようなもの。
——なのだから、真面目に生きるもへったくれもない。
そこにあるのは、ただ一時の苦痛と快楽。それだけだ。
——俺は調薬スプーンですくった白い粉を、アルミホイルの上に乗せた。
学習机の上にはアルコールランプと覆いかぶさるように三脚と金網、上にはアルミホイル。理科の実験のために、小さい頃親にねだって買って貰ったものだ。
塩のようなキラキラした結晶が、鈍い光を放つアルミホイルに小指の先ほど乗っている。量にして10ミリグラム、金額で千円ほどの量。
俺はアルコールランプを着火し、アルミホイルの下から結晶を炙る。結晶が溶け、閉め切った部屋に少しずつ白い煙がくゆる。
ある程度煙が出るようになったのを確認したら、鼻を近づけ気体をぐっと吸い気体を肺に貯める。
刹那——ふわりと現実感が消失した。
地に足が着いているのに着いていないような感覚。肌がほんのりぞわぞわする。頭がぐらぐらする。
ただの煙が人間の精神を変容させてしまうなんて、精神なんてものがあやふやな基盤の上に成り立っていることを感じる。
再度ぐわんと頭が揺れた気がした。口から煙を吐き出す。残りのドラッグは180ミリグラム。単純計算あと18回楽しめる計算だ。
——目を瞑ると、現実感にまみれた不安、塾のことや中学受験のプレッシャーが消えて、代わりに安らいだ精神で満たされていく。
生のままの五感が得られ、思考がクリアになっていく。
俺はテクノが流れてるイヤホンの音量を上げ、その旋律に身を任せた。
「生きるのめんどくせえ……」
何もかも下らないと思う。
下らない生を受けてしまった以上、下らない人生をなんとかやり過ごしていくしか無いのだろう。
こんな風に苦痛と快楽をやりくりして、節制して。
小さい頃、化学者になるんだと意気込んでいた自分は今ここにはいなかった。思い返すと吐きそうになるので考えない。
(……外に出よう)
考えないためには身体を動かすこと、五感を活用すること。これまでの経験で分かっていた。
入力を多くして、考えを止めること。考えられない様にすること、ドラッグもそのための一つ。
「行ってきます……」
誰もいない家に一言だけ告げ外に出た。




