価値の蓋然性
「一華も、吸ってみる?」
僕は照れも相まって、思わず口にした。ただ彼女と何かを共有したいという想いもあった。
彼女が小さく確認をする。
「……いいの?」
ただ自分だけならともかく、他人に倫理に悖る行為をさせてしまうことに、ためらいもあった。
良心の呵責などという綺麗なものではなく、それは自分の完結性を揺らがせるものだから。
ためらった僕に彼女が問う。
「……どうしたの?」
けれど僕は、彼女と同じ体験をし、時間を共有するという欲求に負けて、パイプを彼女に差し出した。
おずおずと一華は手に取ると、ほんのりと上気した顔で、それを口につけた。
……ちょっと、彼女と繋がれた気がして、嬉しかった。ささいな喜び。充足感。
自分の心にも僅かな変化が生まれていることを感じた。
と、物思いに耽っていると、一華が軽くせき込んだ。
「けほっ……こほっ……」
口を袖でおおいせき込んでしまっていた。そっと肩に手を乗せる。
「大丈夫。呼吸に集中して、吸って、吐いて……」
初めてではよくある。人はそんなに気体を吸うことになれていない。
手を添え、パイプを彼女の口に誘う。一華のくちびるに透明な吸口がそっと触れる。
「そして吸う……はい、少し息を止めてみて」
彼女が馬鹿正直にくちをつぐんでいるところを見ると、かわいいなと思う。
「はい、もう吐いて大丈夫。どう?ちょっと、何か変わった感じになった?」
聞いてはみたものの、聴かずとも分かった。一華の目はとろんとしていて、いつもの柔らかいが芯は強いという印象が消えている。
まるで、宙に浮かんでいるような。一華は言う。
「ふわあってしてね、あんしんする……」
一華の頭に手を当てなでてやると、彼女は目を瞑りその感覚に集中して、ごろごろと首をゆすり僕の手に自分の頭を押し付けた。
彼女は首を後ろにもたげ首筋を晒す格好となり、黒いチョーカーが目に入る。
……そう言えば、まだ聞けていなかったな。
彼女には似つかわしくない、黒い、チョーカーの意味。
ただこんな時に聞くものでも無いなと、彼女に倣い僕も目を閉じ、頭を撫でる感覚に集中する。彼女の肩を抱き、肌を触れる。
——静かだ。二人の人間がここにいることだけが、緻密に感じられる。
彼女の吐息に色がついたように、彼女と彼女が発するそれの、存在感がひしひしと伝わってくる。
彼女と僕の存在が混じり合う。
一華の普段は見られないおもてを見られたのは、今日の成果だったかな。
「ありあと……和人くん……」
彼女は満ち足りたという笑顔でふんわりと僕に笑いかけた。
——そうして十数分も経っただろうか。彼女は寝息を立て始める。
僕はこれからのことを考えていた。
こうやって自分を騙してすかして得た快楽でも、こんなのなら良いかななんて思う。
誰も傷つけないし、誰も傷つかない。
僕の人生にも価値が生まれ得るんじゃないか——この時だけは、そう思った。




