欲求と良心
あの時の裏庭に来ていた。
今日はドラッグを服用していないので、意識は明瞭そのもの。
鈴虫が鳴き、夜の風は少し生温い。
少し空気がねばついて来たけれど、まだじっとりと汗をかくぐらいで、汗まみれになるには程遠い、心地よい気候。
僕は夕闇の中、学校裏庭の草むらに隠れて彼女を待っていた。
別に驚かそうというわけではなく、先生に見つかったら面倒だろうという判断からだ。
ふと、裏門の側に彼女が歩いてきたのが見えた。
遠目に見ても小柄で華奢、その黒髪が不釣り合いなほどに、彼女の体積を占めているように見えた。
僕は草むらからとぽとぽと歩いて来た彼女を手招きする。
「来て」
視界に入れど気付いてなかったのか、彼女は飛び上がりそうなほどにびくりと震え、小さな声を上げて、その場に座り込んだ。
「! ぁ——」
ちょっと申し訳なさを感じつつも、こいこいと手招きをする。
「ん」
こいこいと手招きするが、立ち上がらない彼女。
いや、立ち上がろうと膝を立てるが、途中でかくんと折れてしまう。
「……」
無言でこちらを見る彼女は、立てないというか、腰が抜けてしまったように見えた。
しょうがないなと思いながら、彼女をそっと背負おうしゃがむ。
「ほら、おぶるから」
「ごめんなさい……」
僕の背中に彼女が密着する。お尻をささえると、彼女が小さく声を上げた。
結構な重労働だ。グルーミングとはちょっと違って、またこれも少しどきどきする。
「ここ」
ガサガサと彼女を背負ったまま、草むらに分け入っていく。
背丈より高い草むらを抜けると、開けた土地に出た。月明かりが差し込んでいる。
「——わぁ、きれい……」
「あそこだと見つかっちゃうでしょ。だからここ」
椅子代わりの切り株に彼女をすわらせる。ぽっかりと空いた空間に座る彼女には光が差し込んでいて、少し神々しいようにも思えた。
(……そんなことはない、ただの子供)
僕は彼女と背中合わせになる形で切り株に座り、家から持ってきたガラスパイプを取り出す。
「タバコ、みたいなやつ。だから秘密」
彼女は力強くコクコクと頷いた。
僕は小さなガラス瓶のキャップをあけ、調薬スプーンで15mgほどのキラキラした粉を取り出し、パイプに詰める。
ライターを取り出し炙ると、揮発して白い煙が出てくるので、それを吸う。
くらりとしてきた。顔が緩む。彼女に頼む。
「大切に、して」
膝枕をして貰い、頭を撫でて貰う。
僕は普段甘えることはしないので彼女は少し驚いていたが、嬉しそうに頭を撫でてくれた。
彼女の撫でる手はふわりと溶けるよう。感触がぞくぞくして気持ち良い。
彼女のスカートに顔をうずめてみる。
「ぁ……!」
肌と布が擦れる感触が気持ち良い。深呼吸すると、彼女の匂いがした。
「——和人——くん」
「嫌?」
「いやじゃないけど……はずかしいよ」
あまり彼女を困らせるのもと思って、上を見上げ、今度は彼女の口元に指を差し出した。
「はむ……ちゅ……」
僕の指が彼女の口に含まれる。いつもより鋭敏になった感覚で彼女のそれを受け入れる。
指を抜いて舐める。今度は彼女が僕の口に指を挿入した。
いつもよりじっとりと舐める。彼女と繋がっている感じがした。
舌で舐め、口内壁で感じる。彼女は顔を真っ赤にして、泣きそうなようにも見えた。
一度口から指を抜く。
「大丈夫?」
「——ううん、きもち、よくて……」
なぜだか、彼女がたまらなく愛おしく思えて、僕は彼女にキスをした。
「ぁ——」
ざらつく舌と舌を絡ませる、じっとりとしたキス。
全身が舌になったかのような、錯覚を覚える。感触と溢れる唾液が脳をじんわりと興奮させる。
僕は彼女の隅々まで味わい尽くすと、また膝枕に戻った。
思ったよりも気持ち——良かった。
合間にガラスパイプを大きく吸うと、更に感覚が鋭敏になった。
こんな物語なら、紛い物でも良いなとこの時だけは——思った。
「……こうやってるときのあなたは、とてもしあわせそうだね」
彼女は嬉しそうに言う。
何も『こうやってるとき』が『常』に楽しいわけではない。一華がいることでそれに寄与しているところは多分にあった。
……そんなこと、彼女にはとても言えないけど。
「一華も、吸ってみる?」




