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不在の橋と霧の向こう




霧が濃くなってきたその道を少し走り、サラ達は路上の駐車区画に車を停めた。

いよいよ目的地に着いたということではなく、その目的地が見当たらなかったのだ。




「橋…………は、なさそうですね」



しゅんとしてそう呟いたサラに、父とジャンパウロが、がさがさと地図を取り出す。

窓の外は相変わらずの濃霧で、クラシカルな趣の街灯には灯りが灯されている。


その光の輪が、ぼうっと霧の中に浮かび上がっていた。



「この辺りの筈なんだがな…………」

「ジャン、見せてくれるか?…………ふむ、やはり地図ではこのあたりだろう。だが、…………そもそも、川らしきものすらないように見えるが…………」

「おいおい、まさか、地下を通してるってことはないだろうな」

「いや、僕が流されたのは、普通に地上を流れる川だった筈だけど……………」



一度車を停めた後は暫く、車内でそんなやり取りをしているジャンパウロと父の様子を後部座席から聞きながら、サラ達は、橋らしきものはないだろうかと目を凝らして窓の外を見ていた。


時折ダーシャも大人達の会話に加わり、あらためて地図を見直したが、場所としては間違っていないようだ。


とは言え、物語の中にでも迷い込んだかのような濃霧である。


これだけ視界が悪いと、そもそもこの通りに面している道すら見落としている可能性もあり、目的地もはっきりはしていないが、一度車を降りて近所の住人に話を聞こうということになったのだ。




「まぁ、地元の人間に聞くのが一番手早いな」

「サラ、離れないように手を……………、アーサー、君も……………そうだな、ダーシャと手を繋いでいた方がいい」

「おいおい、それはむごい仕打ちだぞ………」

「しかし、このような時は、一人ではぐれると困ったことになるのが定説ではないか」

「……………そう言えばサリノアは、学院の頃から案外その種の作品を読み込んでたからな……………」

「呪いというものがどう捉えられ、どう動くことが多いのかを調べる必要があったから仕方なくだ。だが、多くの作品には規則性があり、霧の中や森の中で仲間とはぐれると、そこから事件が始まることが多かった」

「ホラーやミステリではな。…………とは言えここは、それなりの規模の町の筈だろ。…………今日はハロウィンだし、もう少し人影があっても良さそうなもんだが、これだけ閑散としてるとそんな気分にもなるか………」



(それは、私も気になっていた………)



ジャンパウロの言うように、いくら霧が出ているからと言え、お昼前の町の様子がこれで良いのだろうか。

まるで人気のない大通りに、公園沿いの並木道も奥まで見通せない程の霧の中とはいえ、歩道を歩く人影も見えない。


この国では、曇天と雨と霧はそこまで珍しいものではないので、確かに霧はかなりの深さだが、住人達の生活の足止めをする程ではないように思える。



幸いにも雨で発生する霧ではないので、石畳は乾いているし、気温としては寒いと感じる程でもない。

特別な荒天でないのだから、もう少し人の動きが見えてもいいくらいだ。




「サラ、…………先程の話が気になっているのかい?」

「………………アーサー」



サラがきゅっと唇をひき結んだからか、心配そうに声をかけてくれたのはアーサーだ。

ふくよかな夜色の黒髪は、不思議な霧の中ではその輪郭を淡くする。

それはどこか、夜が霧に揺らぐような不思議な感覚だった。


こちらを見る瞳は思わしげだが、なぜかサラがじっと見つめ返すと、いたたまれないように僅かに視線を彷徨わせる。

けれどもすぐに、またこちらを見てくれた。




(…………ダーシャは、私が、…………白持ち、というものだと言うけれど………)



結局、ダーシャの問いかけの答えも出ないままだった。


サラは発見された時にはもう一部が白髪になっていたし、その間にしていたことと言えば、棚の中で息を殺して震えていたことくらいだ。

恐怖や悲しみで髪が白くなるのなら兎も角、恩寵や権力でもあるものを手に入れるような場面はどこにもなかった。



(でも、お父様が連れて行ってくれたお医者様で、そんな風に一瞬で髪が白くなることはないと言う方もいたわ…………)



しかし、サラの髪が白くなってしまったのは事実だったので、その医者はさかんに首を傾げていたが口を噤むしかなかった。


そもそも呪われた家に生まれておいて、医学的な見解に頼るのもどうかと思うが、もしサラの髪色の変化が医学的にはあり得ないことであるのなら、髪を白く変えたのは別の要因なのだろうか。



ダーシャのことをとても信用しているサラは、ちらりと自分の真っ白な髪を見てみたが、やはり自分では普通の白髪にしか見えない。


ダーシャには普通の白髪には見えないと言うのだから、不思議で堪らないのだ。




(私が、………………白持ち……………)



それは、階位のようなものだとダーシャは言った。



であればサラは、そんな白持ちとして、この両家の困った呪いを跳ねのけることは出来ないのだろうか。



父は、サラがアシュレイ家の呪いの影響を受けないかもしれないと知ると、如実に表情を明るくした。


まだ憶測の範囲ではあるのだが、それでも父にとっては、久し振りに聞く明るいニュースなのだろう。

そんな父の安堵の横顔を見ながら、サラは、世間からの好機の目を集めるこの髪が、父の憂いを払うものになればいいのにと思わずにはいられない。



(だって、お父様はそういう人だから…………)



自分一人がそこから逃げ出すということになっても、せめてサラが損なわれる心配がなくなるだけで、父は随分と楽になれるだろう。

それは即ち、サラが父の為にしてあげられることでもある。



どちらかと言えばサラの父は、神様のくれた寿命をまっとうした祖父に近しい気質と言われていた。

音楽が好きでそこに才能を得た人ではなく、一族の中でも決して多くはない、音楽がなければ生きてゆけないような、得るべくして音楽の才を得た人なのだ。



(お父様は、自分は勤勉な音楽家だと言うけれど、コンサートの準備の為に譜面の勉強をする時に、楽器を使わないのは凄いと思う…………)



サラの父は、譜面を読み解き、オーケストラの旋律を頭の中で組み立てられる人だ。


それ故に、新しい曲の勉強をする際にも楽器で旋律を確認していることはあまりなく、どちらかと言えば、部屋にある楽器は父にとっては気分転換に使うものであった。

以前に叔母が、サリノアは音楽の中で溺れるようにして育った魚のような子供だったと話してくれたことがあり、サラはその時の会話を今でも鮮明に覚えている。


それはもしかすると、アシュレイ家の呪いについて調べずにはいられなかった叔母からの、音楽だけを見据えて踏み止まれる者に対しての羨望や称賛であったのかもしれない。



(だから、お父様のようには生きられない私が、白持ちというものの力で呪いを逃れられるのなら、私のせいで足取りが重くなってしまうお父様の重荷は、随分軽くなると思う………)



演奏者としての音楽の持続性よりも、指揮者である父は、息の長い音楽家になると思う。


ましてや頭の中で音楽を奏でられる父は、依頼を受けて手がける作曲家としての評価もなかなかに高い。

音楽の捉え方が柔軟だと言われ、大学などで講義を持つこともあるので、怪我で指先が思うように動かないから音楽家生命を絶たれてしまうというような危険も低く、となるとそんな父を最も危うくするのは、最後の家族であるサラの存在ばかりだろう。



サラに何かがあれば、最後に一人残されてしまう父の背負う絶望は計り知れない。



(…………それに、白い部分を持っている人が祀り上げられてしまうくらいなら、この白髪や、私自身が、悪いものを追い払う盾のようなものにならないかしら…………)



魔法を使う為の資格なら訓練が必要かもしれないが、そう在るだけで意味のあるものなら、もっと効果的に使えないだろうか。


そう考えて、頭の中で優雅に呪いを退ける自分の晴れ姿を想像してみたが、上手に思い描くことは出来なかった。



(でも、こう、…………どうにかして、ばちんと……………)



ジョーンズワースの黒い馬車や、アシュレイの音楽の神様が、サラを見た途端に飛び上がって逃げ出してしまえばいいのにと、拳を握ってふるふるしていると、なぜか呆れた目をしたアーサーが、ぽふんと片手を頭の上に乗せてくれる。



「アーサー…………?」

「……………君の考えていることは、何となく分かるよ。でも多分、君自身が戦うようなことはないと思うかな」

「…………そうかしら?私の白が特別なものなら、私が追いかけたら馬車や呪いが逃げたりはしない?」

「しない気がするね。それに、何で女の子の君が馬車や呪いを襲う方法を選んだのかな…………。ダーシャ、それはどうかなと思うだろう?」

「…………サラ、君は儚げにすら見える可憐なレディなのに、時々そうなってしまうのはなぜなんだ……………」

「でも、馬車はきちんと形があったから、追いかけていって体当たりをしたら、逃げてゆかないかしら?」

「………………サラ。絶対にやめようか」



怖い顔をしたアーサーにがしりと両肩に手を置かれ、子供達の会話には割り込まなかった大人達は、サラの提案する突然の過激な作戦に、困惑した様子で顔を見合わせている。



そんな風に。

青い鳥の物語のように、既にこの手の中に答えがあればいいのに。



守られるだけで、眺めるだけで、取り残されるだけではなくて、振るえるものを打ち振るい、悪いものなど吹き飛ばしてしまいたいのに。



目を閉じれば、瞼の裏側の薄闇にいつだってあの日の母のドレスの裾が蘇る。

もしかすると、サラを隠して階段を駆け上がって行った母が、何か不思議な魔法を使ったのかもしれない。

髪色が変わる前に最後に会ったのは母なのだ。



「さて、少し歩こうか。アーサー、ダーシャから離れないように。ジャン、君が彼等についていてやるんだぞ」

「………は?……………おいおい、待てよ。俺も手を繋ぐのか?」

「勿論だ」

「アーサーとダーシャと…………?」

「ああ。私と君が大人なのだから、互いに分担して然るべきだ」

「………………おい、大真面目だぞ」



こそっと顔色悪くダーシャに耳打ちしたジャンパウロに、ダーシャがくすりと微笑む。


そんなダーシャのコートがはたはたと風に揺れ、サラがじっとそちらを見ていると、アーサーと手を繋ぐかどうかで無言のやり取りを繰り広げていたダーシャが、眉を持ち上げて振り返る。



「たいへん不本意だけど、僕達は手を繋ぐ結論を出したよ。アーサーはとても弱ると思うから、君が後で慰めてあげてくれるかな?」

「ダーシャは、嬉しそう…………?」

「アーサーは、…………僕の遠い親戚の一人かもしれないから。この場合、僕の方が年上だし、甥っ子みたいなものかな」

「……………せめて弟だとしても、甥っ子はやめてくれないかな」

「………………はは、弟か。また兄弟が出来たら嬉しいなぁ」



そう呟いたダーシャが、僅かに瞳を揺らした。


嬉しそうに唇の端を持ち上げたその微笑みに、サラはまた胸がいっぱいになる。

アーサーはぎくりとしたように視線を彷徨わせたが、サラの父やジャンパウロも顔を見合わせて微笑みを深めていたので、なんだかサラ達は幸せな気分になった。




かくして、サラ達は聞き込みに向けての行動を開始した。



ジャンパウロは頑なに手を繋ぐことを拒んだので、アーサーのコートのベルトを掴んで歩くことにしたようだ。



(ちょっぴり、アーサーが逃げないように捕獲しているみたいに見えるけれど、アーサーやダーシャは男の子だから、こうしていても不自然じゃないのかも………)



サラはそんなことを思ってしまったが、口に出せばアーサーが弱ってしまうかもしれないので、胸の内に留めておく。




「もしかして、区画整理のようなものがあったのかもしれません…………」



少し歩いたところで、眉を顰めてそう言ったのはアーサーだ。



近くにある民家を訪ねるにしても、見ず知らずの訪問者に警戒して扉を開けてくれない可能性がある。


地図を見ると次のブロックに郵便局があることが判明したので、民家ではなくそちらを訪ねてみることにした。

郵便局の角には小さな書店などの商店の並びもあるので、その通りに出れば人通りもあるかもしれない。

本来なら簡単に見通せる距離なのだが、この霧のせいで見えるのはせいぜい数メートル先くらいまでだ。



そこを目指して歩いていたところで、ふと立ち止まったアーサーが、足元を爪先で指し示す。



「この辺り、舗装の古さに境目がありますよね。霧で見通せませんが、ここから先は新しい舗装になっているので、何らかの工事をした可能性があるのでは………?」

「…………確かに、この舗装は随分と新しいな」



足元の石畳を確認したジャンパウロもそう呟き、サラの父が霧に閉ざされた周囲を見回す。


確かに歩道の一部から石畳が新しくなっており、サラの目にも、何某かの工事の跡のようなものが窺えた。

決してここ数週間の新しいものではないが、数年以上前のものではなさそうだ。



(………………あ、)



その時だった。

ざあっと水の流れる音が聞こえた気がして、サラは顔を持ち上げる。


霧に隠れていて良く見えないが、その音は道路を挟んで反対側の歩道の向こうから聞こえてくるようだ。


車を停めた位置からはまだ近いし、水音が聞こえるということは、区画整理で川の位置が分り難くなっただけで、もう近くに来ているのかもしれない。



「お父様!」

「サラ……………?」

「水音が聞こえたような気がしたの。あちら側の歩道の向こうに、川が流れているのかもしれないわ」

「という事は、一本手前で曲がっちまったか。道幅的に妙だが、地図の作り方の問題かもしれないしな………」

「向こう側に渡って…」

「サラ、霧の中から車が来るかもしれない。左右をよく確認しなさい」

「……………はい」



慌てて通りを渡ろうとしたところ、小さな子供のように注意されてしまい、サラはしゅんとした。

お互いに最大限歩みより、ダーシャがアーサーの手を掴む形でぎこちなく寄り添っている二人が、こちらを見て微笑む気配がする。



(そうだった。車道なのだから、気を付けないといけないわ……………)



濃霧の中での運転はライトをつけるのがマナーだが、中には危険な運転をする車がいるかもしれないのは確かだ。


サラ達は慎重に周囲を見回し、道路の反対側に渡った。





もしその時に、これから踏み入る場所では足を止める位置によって行き先が違うのだと知っていれば、みんなで手を繋いだのに。




けれども勿論、そんなことをサラ達が知る由もなかった。




道路を横切るのだからと、小走りにそこを渡ったことは覚えている。

渡り切ったところで、はっとしたようにダーシャが周囲を見回したことも。




「魔術の証跡がある。ここは、何かがおかしい」




狼狽したような低いその呟きが耳に届き、ぎくりとしたサラは振り返った。



ちょうど父が手を離していたのは、道路を慌てて横断した際にサラの帽子が飛びそうになってしまったからである。

こんな霧の中ではあるが、サラは外出する時には帽子をかぶる癖があり、勿論今日も帽子をかぶっていた。


幸い、リボンの部分が髪の毛に引っかかったのか落ちてしまうことはなかったが、ずり落ちてしまったその帽子を慌ててサラが押さえ、父はそれを直してくれようとしていたところだった。




繋いでいた手が離れて、サラの父は両手でサラの帽子を持ち上げる。

サラは、父が帽子を直し易いようにと一歩だけ歩道の奥に進んだ。




その直後、ごうっと音がした。




「きゃ?!」

「…………っ、」



ぶわっと強い風が吹き込み、真っ白な霧が一瞬にして視界を奪う。

スカートの裾がばたばたと風に揺れ、その激しさによろめいたサラは、思わず目元を覆った。



ごうごうと激しく水が流れる音が響き、ぷんと森の香りがする。


風の強さに息を潜めて体を縮こまらせていたサラは、ざわざわと聞こえる不可思議な音にそっと目を開いた。



怖々と足元を見ると、立っていた歩道の石畳が見たこともない磨りガラスのような素材に切り替わっていくのが見えた。



「………………ほわ」




声が詰まったようになりそれしか言えなかったサラの靴底の下で、水面に波紋が広がるように舗装用の石の表面の色が変わり、その波紋が消える頃にはまるで違う水灰色の石畳に切り替わる。


その切り替えを不規則にあちこちで繰り返し、あっという間に全ての石畳が色を変えた。



景色が完成するというのもおかしな表現だが、まさしくそんな感じである。




「……………ここ、…………は、」

「サラ!」



切羽詰まったようなアーサーの声が聞こえ、サラは、振り返るよりも早くアーサーに揉みくちゃにされた。


駆け寄ってきて、片手でぎゅっと抱き締められて目を丸くしていると、そんなアーサーから手を離さなかったらしいダーシャも一緒にこちらに来てくれ、痛ましい程の安堵を浮かべて息を吐いた。



「………………アーサー?…………お父様は?」



抱き締められた腕の中から顔を出し、サラは慌ててきょろきょろする。


アーサーとダーシャの姿は見えるが、なぜかすぐ後ろに立ってくれていた筈の父の姿はなく、アーサー達の背後にもジャンパウロの姿がない。



「……………魔術の道の境目があったんだ。僕達の方はジャンが、君のところでは君のお父上が、それぞれこちら側と分かたれた。僕達の立った位置が、恐らく橋の向こう側だったんだろう……………」

「………………ダーシャ?」

「あの瞬間のお父上は、君の後ろの、通り側に近い方の歩道の上に立っていたよね?僕達の方も、ジャンは通り側に立っていた。どこかで線が引かれるなら、多分そこが境界だったんだと思う。…………あの二人はもう、ここにはいない…………」

「…………成る程、歩道の中に、橋のこちら側と向こう側の境界があったということか…………」

「アーサーが言ったように、あの辺りは、土地の整備が行われたのかもしれない。橋だったところを埋め立てて歩道にしていたのなら、知らずにその境界を踏み越えてしまっていて扉が開いたのかもしれない……………」



深刻そうに言葉を交わすアーサーとダーシャを交互に見比べ、サラはふにゅりと眉を下げた。



「お、お父様は無事かしら?お父様がいないの…………」



そう尋ねるのも怖くて思わず声が震えてしまい、はっとしたようにアーサーがこちらを見る。

とは言え、彼もどう答えればいいのか分からないのだろう。

困惑したように視線を向けられ、微笑んで頷いてくれたのはダーシャだった。



「君のお父上とジャンの心配はない。彼等は多分、元いた場所に取り残されているだけだ。こちら側に入り込んでしまったのは、僕達だけだろう。…………サラ、君が一人になってしまわなくて良かった………。………アーサー、コートのベルトは?」

「この通り、刃物で切り落としたように切れている。ここが境界だったんだろう………サラ?!」



すっぱりと切り落とされたように切断されているアーサーのコートのベルトを見て、サラは真っ青になってしまう。



「お、お父様は、私のすぐ近くにいたの。まさか、お父様も…………」

「それは大丈夫ではないかな。………魔術の理の上で、生き物が触れていたらこちら側に引き摺り込まれている筈だ。ここにいない以上、こちら側には触れてなかったんだろう。君の帽子や、お父上の服裾は分からないけれど、お父上の体がそのコートのように切り落とされてしまってはいないよ」

「よ、良かったわ……………」



力が抜けて座り込みそうになってしまい、そんなサラをアーサーがしっかり抱えてくれた。

その体にしがみつき、サラはふるりと体を震わせた。





(ここは、……………どこなのかしら……………)




最初の衝撃が去ると、じわじわと得体の知れない恐怖が忍び寄ってくる。



深い霧がゆっくりと晴れてゆき、森に囲まれた水灰色の石造りの橋が見えてきた。

川というよりは、大河なのだろう。

ごうごうと音を立てて流れる水の上にその橋がかかり、サラ達はその橋の入り口に立っている。



橋の向こう側には、霧に霞んだ瀟洒な家並みが窺えるものの、周囲を囲む森の深さはどこか異質なものに思えた。

慌てて振り返ってみても、森の小道のようなものが続くばかり。



そこにはもう、サラ達が居た筈の町の面影はどこにもない。




「国境の町の入り口だ…………。僕は、この橋を渡って、こちら側にやって来たんだよ」




呆然としたダーシャのその言葉に重なるように、どこかで鐘の音が鳴り響いた。











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