仮面
───────その仮面に呪われれば、この塔に閉じ込められる。そして永遠をこの塔で過ごす事になるのだ───────
俺がその言葉を聞いたのは、数年前の事だった。
いや、正確には聞いた気がしたと言うべきか。夢の中で聞いたというべきか。
幼い頃からずっと塔の中で暮らしてきた俺達は、そのことに違和感を覚えることは無かったが、数年前にその言葉を聞いたことを境に、 塔から出たい という要求が頭の中を渦巻いていた。
☆☆☆
「やっとここまで来たな…」
時は現在。一人の幼馴染である長身の男がそう呟いた。
「ここまで長かったよね。
でも、絶対ここに仮面があるはずだよ!」
もう一人の幼馴染の髪を短めに切っている女が返事をした。
二人は本気のようだったが、俺だけはどうにも腑に落ちていなかった。
「はあ…本当に仮面なんてあるのか?
作り話だろ、そんなもの」
「何言ってんだよ、ここまで必死に探してきたのに」
「だってお前、ここは俺達がよく遊んでた場所だぞ?
そんな呪われた仮面なんてある訳ないだろ」
今までは二人に付き合って仮面探しをしていたが、それが結局幼い頃に遊び場にしていた場所にある!なんて言われたら、馬鹿らしくもなってくるものだ。
「だいたい、呪われた仮面を見つけたらここから出れるって、意味わからないだろ。
そんなもん見つけたらむしろ呪われそうじゃねぇか」
「でも、あんたがあの言葉を聞いたんでしょ?」
「さあな…もう覚えてねぇよ」
「とにかく!これで遂に塔から出られるんだ!早く仮面を堀りだそう!」
こいつは昔からそうだ。やたらと俺達を仕切りたがる。
「そうだね!」
こいつも昔からそうだ。いつも二つ返事で便乗するのだ。
こうなっては仕方なく、俺もそれに付き合わざるを得ない。
全くもって面倒くさい。
「たしかここを掘ると…あった!あったぞ!」
何をそんなに騒いでるんだか…大きな石ころでも見つかったのか?
「ほんと!?…あ!ほんとだ!資料にそっくりだ!」
「ほら、お前も見ろよ!絶対これが呪われた仮面だ!」
「はいはい」
そんなもんある訳ないだろ。意味がわからなすぎる…と思いながら振り返ると、そこには赤色や緑色、様々な色が組み合わさり、やたら豪華な装飾をした仮面があった。
「あれ、それって……」
「何をそんなにほうけてるんだ?
…そういえば、お前はあの資料まともに見てなかったな。これだったんだよ。資料に載ってた呪われた仮面がさ」
「いや、そうじゃなくて……」
俺は、その仮面に何か見覚えがあった。
いつどこで見たのかはわからないが、とにかく見た事がある。それも、一度や二度なんかじゃなく何度も見た事がある…様な気がした。
「もう!こんな奴のことなんてほっとこうよ!とにかく私達はここから出るんだから!」
「そうは言っても…俺達が仮面のことを知れたのはこいつのお陰だろ?」
そう言って俺の肩を叩く。
「それはそうだけど…」
はいはい。俺の事はいいからお二人で仲良くやってな。
そんなやり取りをしていると、仮面が怪しく光りだした。
「うわっ!?なになに!?」
「やっぱり何かが起こるんだ!俺達は間違ってなかった!」
こいつらの言うことに十割同意する訳では無いが、仮面が光るというのも何かおかしい。
確かに今から、何かが起こるような気がした。
───仮面を見つけし者達よ…汝らをこの塔から解放しよう───
突然その言葉が周囲に響いた。
俺達は声がした方を振り返ると、そこにはまさに女神のような姿をした巨大な人影が浮かんでいた。
「あんたは…」
俺がこの女神にも見覚えがあった。
この仮面といい…何かおかしい。何故こんなものに見覚えがあるのだろうか。
「やった!ついにここから出られるんだよ!私達!」
「だな!これで俺達にも自由が…」
二人が何か騒いでいたが、俺の耳には入ってこなかった。
俺の頭の中は、例の仮面と女神のことでいっぱいだったのだ。
何故俺は知っている?
見覚えがあるって、いつどこで?
前にもこんな状況になったことがある気がする。
この女神は、何の女神だったか。
そもそも、何故「呪われた」仮面なんだ?
この女神と仮面は………
───私の手に乗りなさい。貴方達の魂を、外まで連れ出しましょう───
そう声が響くと、女神が両手を広げた。
「手に乗るって…」
女神も形は人の形だ。手は二本しかない。
「……」
二人が無言で俺を見つめてくる。
「……」
俺はそんな二人の事など忘れて、女神を見ていた。
そうだ。この女神は…選択の女神。選ばれる者と選ばれない者。
俺はこの女神を知っている。それも遥か昔から。何故忘れてしまっていたのか。
そしてこの仮面は───
俺が再び仮面を見ると、仮面の目が怪しく光った。
それと同時に二人が女神の手に乗り、どこか遠くへと消えてしまった。
そして、仮面の光を見た俺は仮面のことを思い出した。
それはそう。幼い頃にこの場所で────
「おい!何ぼーっとしてるんだよ!」
「え?」
俺の耳には男の子供の声が聞こえた。
「今度の鬼はあんたの番でしょ!」
今度は女の子供の声だ。
声のする方を振り返ると、そこには幼馴染の姿があった。
それも、7.8歳の姿の二人だ。
「いったい何が……」
俺は自分の手が何かを握っていることに気づいた。
それは──呪われた仮面だった。
そうだ。俺達はこの仮面をオモチャにして遊んでいたんだった。
何故こんなことを忘れていたのか……
「逃げろー!」
「わー!」
叫びながら二人が逃げていく。
それが先程の後継と重なって、俺は自分が選ばれなかったことを理解した。
「呪われたのは、俺だったのか…」
誰にそう言われた訳でもなく、その事を理解した。
俺はまたいずれこのことを忘れ、また同じことを繰り返すのだろう。
「それならいっそ…」
忘れてしまいたい。そう思った。
それと同時に仮面が光ると、俺は二人と鬼ごっこをしていたことを思い出し、二人を追いかけ始めた。
という夢を見たんだ。