〜 伝説の胎動 〜 第八話
†GATE8 嘘と真実
東の空に朝日の昇る前、一人の少年がラウル湖の辺で剣を振っていた。
シオンは、日の昇る前から自分が倒れていた場所に来て昨日のオーク戦での感覚を探る様に剣を振っていた。
「おかしい? 何かが? 何が違うんだ!」
シオンは呟き首を傾げた。
アイナに危険が迫り自分の記憶の断片に触れた気がしたので、まだ日の昇る前からこっそりと皆を起さぬ様にラウル湖の辺に来ていた。
剣を振れば昨日の感覚を取り戻し、少しでも失っている記憶を朧げながらでも思い出すかも知れない。
そう思い早くに起きて来てみたのだが、何も感じないどころかその剣を振るう格好は素人丸出しで剣を握った事がある様にはとても思えない。
「早起きは何とかの得とはよく言ったもんだなぁ」
独り言を呟きながら剣を振り続けてみる。
誰かが見ていれば剣に振り回されている人にしか見れないと思う。
一言で言えば、かっこ悪いのである。
アイナ達に無様な格好を見られずに済んで本当に良かったと心底思うシオンだった。
年頃の男の子はそう言うもので見栄を張る。
特別な想いがないとしても女の子には無様な姿は見られたくないものだ。
好意を抱いていれば、尚更だ。
「あいつも悪態さえつかなきゃ相当結構可愛いのに……」
溜め息混じりに呟くと首を横に振った。
(別に好きでも何でもないよな? 感謝しはしているけど……。これは感謝の気持ちが強いからあいつを守りたいだけ)
シオンは、訳の分からない思考を暫し廻らせた後に気合を入れ直す様に頬を二度程叩いた。
「何であいつの事考えてるんだよぉ! 俺は……今は記憶を取り戻す事が先だ」
オークとの一戦の事は覚えているが今は自分の記憶の破片はおろか感覚すら感じない。
あの時、アイナがオークに襲われる姿を見て気が付くと無意識の内に剣を抜きオークに向かっていた。
シオンは、あの時に感じた不思議な感覚を思い出そうと無様な姿で剣を何度も振り回したが、何も感じる事が出来ず。
大きな失念感がシオンを襲った。
何時の間にか空は明るみを増しラウル湖の湖面を黄金色に輝かせている。
シオンは湖を物憂げに見つめていた。
シオンの気持ちとは、裏腹に朝陽はラウル湖をやさしく照らし出していた。
その頃、シオンにとってこの世界での数少ない知人達は闖入者が来て六日目の朝を迎えていた。
「ふぃ――、よく寝たですぅ――」
アイナは、眠そうにオッドアイの瞳をごしごし擦りながら部屋から出てくると朝食の支度を始めた母とシオンに部屋を貸し居間のソファに寝ているランスに声を掛けた。
「ふぁ、おはようですぅ……母様ぁ、ランスぅ」
「おはよう。姉さん」
「おはよ。ランス、アイナ」
「シオンは……ふぁ――起きたでぇすぅかぁ」
アイナは眠そうな表情と声で聞いた。
「まだ、寝ているんじゃない」
「そうですぅかぁ」
詰まらなそうにアイナは呟いた。
「何か急ぎの用事でもあるの?」
「別に用はないですぅがぁ……ほら、昨夜話した事シオンに話さないとですぅ」
誤魔化す様に言うアイナの頬が僅かに赤い。
「その事なら夜にでもいいんじゃない?」
朝食の用意をしているナタアーリアは、アイナを見てどことなく嬉しそうに柔らかな笑みを浮かべてアイナに向い言った。
「あら、アイナ? シオンさんが気になるの? 顔なんか赤くしちゃって」
ナタアーリアが意味ありげに微笑んでいる。
「べ、別に、好きなんかじゃないですぅ!」
「あらあら、好きだなんて聞いてないわよ。気になるのと聞いたのよ?」
まんまと母の言葉に乗せられたアイナの顔は更に真っ赤に染まっていった。
「あらあら、まあまあ、そんなに赤くなっちゃって、でもうれしいわ。アイナも恋をする年頃になったのね」
ナタアーリアは、くすくす嬉しそうに笑った。
「ち、違いますよぅ。そんなんじゃないですぅ。可哀想だなって、その……」
「兎に角。す、好きとかじゃないですぅよぅ」
アイナが向きになり誤魔化す様に言うと黙って俯いた。
アイナも年頃の娘であるからして当然、夜になると奉公先の侍女仲間と主から侍女達にあてがわれた共同部屋で他の侍女達の恋人や想い人、好みの異性話に花が咲くのである。
「そう、残念ね」
ナタアーリアがぽつりと呟いた。
「シオン、起こしてくるよ」
朝食の用意が整ったのを見計らっいランスがシオンの寝ている部屋に向った。
「そうして頂戴」
ランスは、今はシオンに提供している自分の部屋を数回叩くが返事はない。
悪いと思ったが部屋の戸を開けた。
部屋のベッドに目を向けながらランスが寝ていると思っているシオンに話し掛けた。
「シオン、朝食できたぁ……」
寝ていると思っていたシオンの姿がベッドにない。
「シオンが……いない」
ランスは声を荒げた。
ランスの慌てる様にアイナとナタアーリアは顔を見合わせた。
アイナの脳裏に昨日のシオンの言葉が浮かぶ、明日は何処を探すかと聞いたら、今日はいいという様な事を言っていたのだ。
一人で行ったのだろうか? 記憶が無いくせに心配かけやがる奴ですぅと思うと同時に玄関に駆け出し勢い良く玄関の扉を開いた。
バァン、乾いた弾けた様な音が響いた。
玄関前にシオンが倒れている。
「こんな所で寝てたですかぁ、寝相が悪い奴ですぅねぇ。心配掛けやがってですぅ」
食卓を囲む中にシオンは鼻を押えて頭を摩っている。
「痛てぇ……ランスに手洗い場を占拠されたのか? それで急いで――」
「何ですと! レディに何て事を――、お、お前が逃亡したと思ったから追い掛けたのですぅ」
先程の母とのやり取りでシオンを意識する余り素直に謝れずアイナは悪態を放った。
「……んだよ。ほんと口悪いなぁ。お前は」
(普通にしてればかなり可愛いのに……)
「な、何を――アイナが口悪いとは聞き捨てならんですぅ!」
ランスが二人の間に入り取り成しに掛った。
「まあまあ、朝早くから剣なんて持って何してたの?」
「昨日の事はアイナに聞いてるけど」
「ああ、昨日、自分でも知らない内に剣抜いて身体が動いてたから何か思い出すかなって」
「思い出せた?」
「い、いや何も」
「そっか、今日はどうするの?」
「湖の辺りをもう一度探してみる。近いし一人でいいからさ。二人共やる事あるだろ?」
「昨日の内に大方済ませたから僕なら構わないよ」
「ア、アイナも一緒に探してやってもいいですぅよ。特にする事はないですしぃ。ひ、ひひ、暇つぶしに付き合ってやるですぅ。あ、ありがたく思いやがれ――ですぅ」
顔を赤く染めながらも腰に手を置き、膨らみの乏しい胸を張り出して言った。
「いいよ。昨日、怖い思いしただろ?」
アイナは、昨日のオーク達に襲われた時の事を思い出し身体が少し身震いをする。
恐怖もさる事ながらオークの放つ獣臭は鼻が曲がる。
「ち、ち――っとも恐くなんてなかったですぅ」
アイナは精一杯強がって見せた。
「いいって。無理すんなって」
アイナの震えを見てシオンが言うとアイナは頷いた。
「そうですぅかぁ……」
少し寂しそうにアイナが俯いた。
「残念ね。アイナ」
ナタアーリアが呟く様にアイナの耳元で言葉を掛け続けた。
「お気持ちは分かりますが、シオンさんも一日ごゆっくりなさっては、いかがかしら身近な所に手掛かりがあるやも知れませんし、ほら! 貴方の着ていらした着物とか持ち物とかを当ってみてはいかがかしら?」
「何か手掛かりになるかも」
ランスの言葉にアイナが気まずそうな顔をした。
「す、捨てたですぅ。気味悪い服だったので燃やそうとしたのですが火が付かなくて燃えないので家の裏にうまたですぅ……ごめんですぅ」
「何処に捨てたの?」
ランスが訪ねた。
埋めた場所を聞き持ってきた服を四人は見ていた。
「やっぱり、気味の悪いヘンな服ですぅ」
アイナが感想を述べた。
シオンが着ていた衣服の作りはワンピースになっていて首襟は立っている。
硬く円状に丸く開いて身体を覆う部位と比べ、不格好な程大きく見た事の無い生地に縫い目らしき跡はなく不思議な作りになっている。
手当ての際、脱がせ方が解らなかったのか、苦労して切り裂いた様子が分かる。
生地は無残に裂けていて着てみる事は出来ない、有り様である。
「他に何か俺の持ち物なかったか?」
アイナとランスは首を振った。
「そうか」
シオンが溜め息を吐いた。
シオンの左手首に着けている金属の様な物で出来ている長めのリストバンド程の長さのブレスレットを指差しアイナが言った。
「気になっていたのですぅが……それはなんですぅ?」
ブレスレットには六芒の魔法陣が描かれ、中央の宝石の様な物が嵌められている。
「見た事無い魔法陣だ」 ランスがブレスレットに描かれた魔法陣に首を捻った。
アイナやランス、ナタアーリアの用いる魔方陣は五芒陣が基本形だ。
シオンは、その中央の宝石の様な物に触れると光が溢れ出した。
「何だこれ!?」
光りを放ち出した部分から物が飛び出してくる。
「うわぁ!」
全員が驚き声を上げその場は、ちょっとした騒ぎになった。
ばたばた慌てるアイナの顔に何やら飛んできた。
「痛いですぅ……なに? これ……」
アイナが手に持っていた物……それは一冊の光沢がある見た事もない表紙の本だった。
その他に出てきた物といえば……。
日用品、着替え、雑誌等であった。
シオンの生まれた時代では鞄やバッグにあたる次空間を利用した携帯鞄にもなるハイテクブレスレットなのだが、アイナ達はさて置き、記憶の無いシオンが知る由もなかった。
ランスとナタアーリアは見た事も無い品々に暫らく目を丸くした。
アイナは、わなわな振るえこれ以上無いと言う程顔を赤くしていた。
アイナが本を何気に開くと女性の裸の写真が目に飛び込んできたのだ。
いわゆる大人の本。
シオンも年頃の少年、興味があって当然! 本能で理性で求める神が人に与えた煩悩の一部なのだ。
後にシオンがアイナにボコボコにされた事は言うまでも無い。
肝心のシオン自身の情報は得られなかった。
一同は気を取り直した後、一通りの物を調べたみたがランスもアイナもナタアーリアまでもが見た事もないものばかりであった。
この世界では、まだ存在していない物だから仕方がない。
着替えの服の素材も分からない物ばかりで、その中で唯一、分かった物は革製の衣服くらいでその他の物は何を素材にあつらえた服なのか、さっぱり分からない。
「他に何かなかったか?」
シオンはアイナとランスに尋ねてみる。
ランスは首を捻りあの夜、状況を思い出そうとした。
アイナは例の本の件で未だに、ご立腹な様子で口を尖らせ頬を膨らませたまま、そっぽを向き何も答えない。
仕方なくランスがアイナに聞いてみた。
「あの時、他に何か身に付けていなかったっけ?」
「しらんですぅ!」
アイナは声を荒げ、それだけしか答えない。
御機嫌斜めのアイナが、プイっと逆側に首を振ると金属同士が当たる様な擦れるような音が胸元から聞こえた。
その音でランスがアイナの首に掛かるネックレスに気付いた。
「アイナ、そのネックレスいつ買ったの?」
アイナは、ハッとした顔になる。
「忘れてたですぅ」
手当ての時に邪魔になったので自分の首に掛けたのだ。
それはネックレス等ではなくタグプレートだった。
そこにはシオンの情報が書かれていた。
シリアルナンバー、所属部隊、性別、血液型、名前、住所は載ってない様だ。
最初の項目にNO、四零零五と打印され、所属部隊名は聞き慣れない言葉である上、ラナ・ラウルの軍隊と違う表現で部隊名だと誰も思わないというかシオンが軍人等とは考えもしていないので気付きもしていない。
性別の項目はSEX:MANと書かれていた。
血液型の項目に目を移す。これまた見覚えも聞いた事のない表現で書かれているBLOOD:※※※※ ※※。
この世界では血液型等の判別はまだ理解できない。
輸血等の方法はなく、ある程度なら怪我人の身体情報から血を錬金し治癒の魔法で回復するので判別は必要ない。
シオンが居た世界では魔法は存在しなかった。
科学の発達に伴い古の昔に衰退し御伽噺の様に扱われ小説や作り話の中に出てくる不思議な力と言う存在になっていた。
人類がNOA(箱船)を発掘するまでは……それがシオンの居た世界である。
次ぎの項目に書かれている名前を見て一同は目大きく見開き丸くし驚いた。
そこには“SION”と打印されていた。
To Be Continued
最後までお読み下さいまして誠にありがとうございました。<(_ _)>
次回をお楽しみに!