〜 伝説の胎動 〜 第四話
†GATE4 芽生える気持ち
空の青が天高く抜ける程晴れ渡り、陽の光が眩しい外庭に左右眼の色の違うオッドアイの少年と少女がいる。
太い丸太を縦に割って面を奇麗に削って均し丁度良い長さに切った丸太の足を取り付けたテ−ブルと切り株を適度な高さに切って椅子にしたものが庭先に置かれていた。
その庭から風光明媚に広がる景色は、そのまま湖に続く白樺の林に繋がっている。
正午までには、まだ幾時か間がある。
椅子に腰掛けたアイナは、織物用の糸を紡いでい束に纏める母の仕事を手伝い。ランスは、ちょっと離れた場所で暖炉の蒔き用にする丸太に向かい斧を振り上げていた。
アイナは糸を紡ぎながら時折、手を止めては顔を顰め難しい表情を浮かべて弾む声で得意気に指を突き立てた。
「あいつ怪しいですぅ。ヘンな服着てたですし、ちょ、ちょっと、び、美少年ですけど、な――んか顔の雰囲気が違いますし、それにアイナの看病が素晴らしかったとはいえですねぇ――、あの回復力は……尋常じゃないですぅ! 人間離れし過ぎてますぅ」
『ちょっと』と言う時、目の前で親指と人差し指を微妙に開き片目を薄めて口を尖らせ指の間から景色を覗き込む。
尋常じゃないと言う時は一変、真剣な面持ちをして言った。
「どう思いますぅ? ランスぅ?」
アイナは、薪割仕事をしているランスに尋ねた。
ランスは、内心で『見れば分かるじゃん』突込みたかったが、お人好しでしっかり者のランスはアイナに付き合い自分の感想を述べた。
「そうだね。話ながら見たけど、確かに傷の回復が尋常じゃなかった」
個人の回復力の差もあるとしても、どんな名医に見せても高価な秘薬を使っても完治まで相当時間が掛るだろうと思っていた。
包帯を取り替えようとした時、銀髪の少年はもう完治寸前だった。
まだ痛みは、かなり残っている様ではあるが二日程でとなると俄に信じ難い回復力だ。
家に運び込んだ時の状態では、まず助かるないと思う程の状態だったのだから、アイナの言う通り、普通の人間の回復力ではない事は一目瞭然だ。
「やっぱりアイナの薬の調合と魔法が凄いのですぅねぇ――」
アイナが得意げに頬の両脇で人差し指を立てている。
「いや」
ランスが言い次の言葉に移ろうとした時。
「アイナの魔法と薬草の調合が、へっぽこと言うのですぅか!」
アイナが口を尖らせ拗ねる様に頬を膨らませた。
「……いや、そうじゃなくて」
少し困った顔をしてランスは言葉を続けた。
「あの人、湖で気を失う間際に、確か……『あいつ、むちゃしやがって』言ってたよね」
アイナはあまり覚えてない様で立てた指をそのままに首を傾げていたが、暫しの間を空け何かを思い出したか声を上げた。
「そういや、言っていやがったですぅ! アイナの推理では、あの光と関係があると思うのですぅよ。間違いねぇですぅ」
アイナは、にんまりと笑顔を作り得意げに言った。
そんな事は今更であるがランスは苦笑を浮かべ相槌を打った。
「あいつが、もうちょっと元気になったら引きずってラウル湖に行って、記憶もついでに引きずり出してよるですぅ」
アイナは、にんまりとした笑顔を凶悪な笑みに変えた。
二人が話していると家の扉が開き、そこいは二十半ば程の女性が立っていた。
実年齢より若く見える。
「お二人さん。お昼の用意ができたわよ」
ブロンドの長い髪に深く澄んだ鳶色の瞳はオッドアイではない。
小さな村の住民にしては何処となく気品と高貴な雰囲気を纏っている。
「母様!」
アイナは、綺麗なオッドアイの瞳を輝かせると丸太の椅子から、すくっと立ち上がり無邪気な幼い子供の様に母の胸元に飛び込んだ。
「あらあら、まあまあ」
高貴な雰囲気の母は、甘えるアイナをやさしく腕の中に包み込んだ。
「あのお方の容態はいか様ですか? あの方の分の食事も用意してありますよ」
やさしく微笑み澄んだ声で言った。
あの夜の事は、ログの村でランスとアイナと母しか知らない。
奉公先の領主に馬を一頭貸りて帰郷した二人がログに着いたのは深夜を回る頃だった。
突然の帰郷が深夜だったのですでに母は寝ているだろう、と母を起こし驚かせまいと暫らく外のテーブルで考えながら夜空を見ていたのである。
他の村人の半数の男は出稼ぎに若者は二人の様に奉公に出ている。
牧畜をする者は干し肉やチーズを街で売ったり、養蚕で織物を折り売って生計を立てている。
小さなログの様な娯楽のない村で深夜、外に出る者は殆どいない事もあり、あの光に音は無かったので気付いた者はいなかった様だった。
大怪我の銀髪の少年を運び込んだので結局、母を驚かす事になったのだが……。
二人は昨夜の事を母に詳しく話していなかった。
アイナが帰郷の途中で『ぼろ雑巾の様にのたれ倒れていたので仕方なく拾ってきた』と適当に言い訳したのだった。
「まったく、運のいいやろうですぅ。ゴキブリ並みの生命力ですぅ」
悪びれた風もなくアイナが悪態を吐いた。
「それはよかったですね」
そんなアイナをやさしい笑顔を浮かべ母は呟き頷いた。
アイナは、根はやさしい娘で怖がりと人見知りも手伝いってか照れ隠しに口から悪態を放つ事が多いくなる不器用な娘の事を母は良く理解している。
外から見ればアイナの見た目は美人というより可愛らしい美少女だ。
口は悪いが……。
「ええ、もう大丈夫だと思います。ただ、記憶を無くしてるようなんです」
ランスがそう母に告げた。
二人が部屋を出た後、銀髪の少年は記憶を懸命に探っていた。
見ず知らずの自分を助け懸命に介抱してくれる二人に自分の事も伝えたい。
そんな思いに駆られ銀髪の少年は必死だった。
しかし、思い出せない。歯がゆい気持ちになる。
ふと、アイナの放った、あの言葉を聞いた時の感覚が甦ってくる。
ゴーレム?………ゴーレム……俺は……知っている? のか? 言葉をなぞる様に感覚を研ぎ澄ます。
知識にあるゴーレムを連想し似たものを見た覚えがある。その映像が頭の中を駆け巡った。 その時、脳裏に過去?(未来?)の光景がおぼろげに浮かんで見えてくる。
ビィ――ィ ビィ――ィ ビィ――ィ
耳障りな音。周りの景色は血の海の様に赤い。
「レッ……、アラート……」
「……所定の……着け。ガ、ッゥ――」
周りが騒がしい。
「パイロ……はハンガー……ガガァ、……ン」
「大……ピィ――」
「……です」
「……オン」
途切れ途切れの声がフィルターの掛かった様な記憶が徐々に甦ってくる。
慌しく言葉が飛び交う中、自分に向けられたと思われる単語が混じっている。
「SEE……IN……OBE……N……」
脳裏の映像が鮮明になるにつれ、その言葉が自分に向けられ幾つかの単語で呼ばれている事に気付く。 その単語は徐々に透明になり幾つか脳裏に甦る。
その時、部屋の扉が叩かれ少年の記憶は潰えた。
扉が開きランスとアイナが食事を載せたトレーを持っている。
アイナの後ろに、もう一人女性が立っていた。
ブロンドの長い髪に深く澄んだ鳶色の瞳。
その女性はナタアーリアと名乗った。
アイナは、部屋に置かれたテ−ブルに食事を置いて何やらしていた。
ランスがナタアーリアを母だと紹介してっくれる。
ナタアーリアが何処までもやさしい微笑みで言った。
「お加減はいかがですか?」
銀髪の少年が短く答えた。
「おかげ様で……」
ナタアーリアは少年の言葉を聞くと、ニコっと微笑んだ。
「お食事ご一緒にいかがかと思いまして」
何処までもやさしい声で言った。
ランスが屈託のない笑みを浮かべている。
アイナは相変わらずランスの後ろで不安そうに見ていた。
思えば、今日の朝包帯を替えに来た時、二人は帰郷して四日目になると言っていた。
自分の世話で家族団欒とはいかなかっただろう。
あの夜、治療の途中で一度目覚め、それからの記憶はない。
四日も経ったのかと思うと、今更ながら腹が減っている事に気付く。
銀髪の少年は、ナタアーリアの言葉に静かに頷いた。
「何もありませんが」
ナタアーリアが微笑みを向けている。
ランスが、椅子は辛かろうとテ−ブルを銀髪の少年の側に移動してくれた。
温かい食事に心と身体が温まる、そんな気がした。
食事が終わり、暫しの歓談が始まった。
ランスとアイナは久しぶりの母との会話を楽しんでいる様だ。
そう言えば、アイナの笑顔を銀髪の少年は初めて見る。
胸の当りバクッと跳ね上がる。
アイナの笑顔がなんだか眩しく感じた。
部屋に手当をしに来る時は、恥かしそうに隠れている顔しか見ていなかった。
三人の話の内容は銀髪の少年にはよく解らない事ばかりだ。
「ごめん、つい母様との話しに夢中になってしまった」
ランスがそんな銀髪の少年に気付き声を掛けた。
「いいんだ」
銀髪の少年は短く答えた。
アイナは無邪気に母との話に夢中の様だ。
「記憶を失ってる君には、つまらない話でしょう?」
銀髪の少年が、ハッとした顔になる。
「ああ、呼ばれてた名に関する事だけだが……少しだけ」
「それ、ほんとう?」
少年の言葉にランスは、まるで自分の事の様に喜んでいる。
アイナと母も会話を止め少年の顔を覗き込んでいた。
「そうだ。幾つかの名前で俺は呼ばれていた事を思い出した」
銀髪の少年を除く三人は思った。
――幾つかの呼び名? いったいどういう事なのだろう?
「俺の名は――」
銀髪の少年は、その先を口にしようとし一時の間、口篭った。
To Be Continued
最後までお読み下さいまして誠にありがとうございました。<(_ _)>
次回をお楽しみに!