〜 伝説の胎動 〜 番外編 SION
番外編 SION
†GATE−16 創られた希望(種子)
人の設計図。
ゲノム。
遠い昔、ドイツの生物学者ウィンクラーが名づけた言葉。
生物が最低限正常な日常を維持する為に必要な染色体の最小単位のセットを“ゲノム”と呼ぶ。
それは、人にも存在しヒトゲノムの研究は滅びを前にして尚一層の飛躍的進歩を遂げる。
ヒトゲノムのDNA塩基は三十億個の文字数から成り、通常の小説一冊分に例えれば、約一万冊にも及ぶ程の膨大な情報量を有している。
科学の進歩が人の設計図を組み上げる演算を可能にし、何時しか人は“生まれ出るもの”から“創りだせるもの”へと形を変えて往った。
――生命への冒涜、神への反抗、人としての禁忌と知りながら……。
人類の存亡を賭けた戦いの中、通常の人より優れた知能、身体能力、免疫抗体を持つ者達が、秘密裏に創られ日常を送っていた。
しかし、それに至るまでの道程は険しかった。
人の形は創れても、その神秘“生命”まで創り出す事は出来ずに研究、実験は繰り返された。
NOA(神の箱船)が発見されるまでは……。
円筒形の建物が立ち並び光をばら撒いている賑やかな街の一角にその少年達はいた。
「シオン――ン! 新しいプログラム終わったのかしら?」
栗色の髪の少女が少年に尋ねた。
「なんだよ、ナンバー(非験体)四二三零。まだ終わってねぇよ」
「はぁ……やめまょうよ。その呼び方、私だいっっ嫌い。ナンバー、四零零五。SION」
栗色の少女が頬を膨らませた。
「じゃぁ、どれがいいFactorかSeedそれともMediationがいいか?」
表情を変える事無く銀髪の少年が淡々とした口調で言った。
「そうじゃなくてさぁ――、ミーディ?」
「ミーディもやめろシオンでたのむ。ネラ」
そう、ここはシオンの生まれた(創られた)時間軸。
世界崩壊の一ヶ月程前の世界(時間軸)である。
「何してるの?兄妹ゲンカぁ? お姉さんに言ってごらんなさぁい」
色っぽい声の女性が何やら揉めている二人の間に割って入った。
「うるさい。ナンバー、三三五四」
シオンが面倒くさそうに答えた。
「あんたねぇ……、今度、その呼び方したらゆるさないわよ」
「分かったよ。タァニー」
シオンはしぶしぶ答える。
シオンの態度に怒りを覚えたのかタァニーがシオンに言い聞かす。
「……私達は大勢の犠牲の基に運良く残った五人、正真正銘の“人”よ。『名前を貰えた』たった五人よ」
「私達を実験体としか見てない奴らが使っている呼び方なんかしてはダメ!」
タァニーが眉間を狭め悲しそうに言った。
「タァニーごめん」
シオンも悲しげな表情でタァニーに謝った。
「ネラ、新しいプログラムマスターしてないの? 実践訓練、明日よ」
「シオンもまだって言ってるよぉ」
「シオンは出来が違うの。優秀なの。ネラ、あんたそんなんじゃその内、廃棄されるわよ」
「何よぅ! シオンだけヒイキぃ――」
「シオンはね。一晩でプログラムのインストール終わらすし実践のアップデートもあっさりこなしちゃうんだから、あんたと同じじゃないのよ。おばかネラ!」
通路の陰から二人の少年が現れ、怪訝そうにタァニーに文句を付ける。
一人は金髪、もう一人は火のような赤髪の少年。
金髪の少年がタァニーに向かい言い放つ。
「シオンのどこが優秀なんだ?」
「ロー? あなたは自分の心配してなさいよ」
「たまたまMediation TestでLink反応が出ただけだろ?」
ローが皮肉混じりに言葉を続る。
「ルーファに何一つ勝てないじゃないか! ミディションナリー反応もただのノイズか何かだろ?」
「身体数値は俺の方が全て上なのにシオンが優秀? プログラムの速さは認めるがシオンが選ばれ俺がスペアーなんて馬鹿げてる」
赤髪の少年は、澄ました表情の胸中は静かな怒りに満ちていた。
「僻まないの。ルーファもシオンの潜在的な能力は分るでしょ?」
「ちっ、性能も出せなきゃ無いのと同じさ」
ルーファはつまらなそうな顔をした。
「あれのパイロットやりたきゃ、お前がやれよ。俺は今、忙しい」
シオンが面倒くさそうに言うと鞄の中からある物を取り出した。
それまで他人事の様に週刊雑誌に夢中だったシオンは、鞄から取り出した写真集を皆の前に突き出した。
「俺は、これからリーシャの初水着写真集と初版限定の等身大リーシャ立体ホロディスク見なきゃいけないんだよ」
シオンは両手に写真集とディスクが治まっているケースを大事そうに鞄に収め言葉を続けた。
「早朝から並んだの! お前らに構ってる暇はないの。やっぱかわいいよなぁ――リーシャ!」
「……取り消すわ。シオンが優秀なんて言った事」
タァニ−は、やる気の見えないシオンを刺激し単純なシオンをその気にさせるつもりだった。
シオンが本気になれば、その潜在能力で崩壊を救える様な気がしてならないのだ。
周りの者達は、やる気を表に出さないシオンを馬鹿にしているが『シオンは、やれば出来る子なの』と日頃周りに言っていた。
「分かればいいんだ」
ルーファが頷いた。
シオンは何処吹く風といった様子でリーシャの初水着写真集を手に入れた事に御満悦の様である。
しかし、シオンも想定していない悲劇が後に待ち受けている事など、露程も知る由はなかった。
一月後、アイナに他のエロ雑誌と共に灰にされる運命が持っているのである。
「シオン、Plant Intelligece(知能植付け)」
「Plant Battle Simulation(戦闘模擬植付け)」
「Piant The Tactics(戦術植付け)やるのよ」
タァニーが眉間を寄せて小言を言った。
「寝てる間も「PI」「PBS」「PTT」かよ。たくっ! やってらんねぇよ」
「あはぁ、シオンは小言ばかりね」
ネラが屈託の無い笑顔で笑って言った。
シオン達は、寝ている間にあらゆるデータを植え込まれる。
まともにやわらかいベッドで寝る事さえ許されていない。
犠牲と淘汰の中、シオン達は残された。
MOA計画の為にだけ創られた人間。
この時間軸に亜人種も幻獣も妖魔もいない。
“精霊”がいて魔法の力に依存した文明は“科学”の発展と共に衰退してゆき、今では昔の御伽話だった。
後に、シオンが流れ着く時間軸の数年後に起こる種族入り混じる戦争が大規模な混沌を生み大戦乱の中、世界滅亡の危機が訪れる。
それを切っ掛けに種族間で話し合い同じ大地、同じ時間を異なる空間にそれぞれは完全に分かれ共存する事になる。
それぞれの“行き過ぎた”文明と文化の発展が再び、混沌を千年程前より徐々に広がり始め、今や予断を許さない事態になっていた。
勿論、歴史、記憶も完全に分かれ、唯一“NOA”だけが、人間界の歴史にない“未知の物体”の存在として残り、NOAの発見とNOA船内で発見された伝説の件だけが残った。
そのもの 鬼神の因子を持つものなり
七つの鍵を持ちて七つの門開かれしとき 舞い降りる
そのもの 七つの力を揃えしとき 鬼神の姿となり現れん
そのもの 世に救いをもたらすものなり。
そして、もう一体。
「一時間前から混沌の活動が活発になったてぇ」
ネラが慌ただしく皆に告げた。
「知ってる」
ローが呆れた風にネラに言った。
「何時、待機命令が出るか分からないわね」
タァニーが慌てる素振りも無く言う。
何時もの事なので誰も驚いた素振りは無い。
シオン達は、命令が下ればブリーフィングルームで出撃命令を待つだけだ。
「シオン、上手くいってるのぉ?」
ネラが尋ねた。
「どうもこうもねぇ。うんとも寸ともいわねぇ」
「あれのパイロットには俺の方が相応しいじゃないか? 奴らどうかしている」
ルーファが呆れた様に言った。
「ルーファは、一度だってリンクできた事無いじゃない?」
「性能は、僕の方が上なんだぜ。可能性も僕の方がある筈だ」
「シオンは、何度かリンクの反応出てるの。微弱だけど」
タァニーが言い言葉をシオンに向ける。
「シオン、あんたも真面目にやんなさいよ」
シオンは答えない。
何かを熱心に観察するように見入っている。
「あぁ! シオン、またエッチな本見てるぅ」
ネラがシオンの見ている本を覗き込んだ。
「俺の安らぎの時間だ邪魔すんな」
シオンは身動ぎしない。
「だから、真剣にしなさいって言ってるの」
タァニーがシオンを叱る。
「俺だってなリンクの時は、やってるっての」
シオンが言葉を続けた。
「お前ら、出来るのか? コックピット見てるだろ? スロットもペダルも無いし各種計器、計測機器、その他もろもろにシートも無だぞ。精神波と脳波拾ってるだけの入れ物でよ」
シオンが苛立ちを募らせ言い放つ。
シオンの苛立ちが爆発し後、一瞬静まり帰った空気の中を警報音がなり響く。
「始まった」
ルーファが短く呟く。
「緊急警報、発令」
「緊急警報、発令」
「パイロットは速やかにブリーフィングルームへ」
「繰り返す。パイロットは速やかにブリーフィングルームへ」
一同は速やかにブリーフィングルームに入る。
「今回の敵は何体だ?」
ローが呟いた。
「複数分離型や増殖型じゃなきゃいいけど」
タァニーも呟く。
ケイオスの活動が活発になるに連れ、ケイオスから未知の物体から干渉を受ける。
それらは別次元から飛来し、それらが活動できる空間にフィールドを展開している為、通常の兵器ではフィールドを破れず迎撃不可能であった。
NOAの研究、解析が進むに連れその対抗策として特殊兵器や人型機動決戦兵器AMRSを開発し対抗した。
シオン達は、ブリーフィングルームで状況と今回の敵、作戦行動の説明を受けハンガーに向かい各自、自分の愛機に乗り込んで待機していた。
ブリーフィングルームでの作戦行動が気になる。
数は多いが単体小型の物体だった。
しかし、ケイオスの状況は緊迫している。
「NOA計画に移行、実行も有り得るとの事、その際各自迅速に行動せよ」
と命令が下りている。
NOA計画に移行した場合、シオンはウェポンに乗り込む事になる。
その際にシオンは、NOA本体に速やかに帰搭する事になる。
その他の者は、NOAに帰艦するシオンとNOAの全力防衛及び、その後の援護であった。
「ちゃっちゃと終わらせて帰りますか」
嫌な不安を振り払うかの様にシオンがおどけて言った。
「呑気なこと言ってないで、あんたは“NOA”と“鬼神”にも備えておきなさいよ」
タァ二ーが小言った。
「ははぁ、また小言? 言われてるねぇ。シオン」
ネラがおどけて言い続けた。
「大丈夫だよね?」
ネラの不安げな声が各機のスピーカーから流れた。
「大丈夫さ。きっと、帰って来れる。ネラ。お前も俺も……みんなもだ」
シオンはネラに声を掛けた。
「ケイオスの状況は思ったより悪いわよ。でも、大丈夫。みんなで帰艦しましょう」
現状をタァニーが言葉にする。
「帰ったら、みんなで食事にでも行こう」
ローも気さくな口調で話しに加わる。
「そうだな」
シオンが短く答えた。
「各機、出撃せよ」
シオン達が最後になる出撃命令を受け、旗艦のカタパルトから出撃して行った。
戦闘の中、各機に作戦移行の打診が入る。
「ついに来たか」 ローは苦々しく呟き唇を噛んだ。
「……のようだねぇ」
ネラが答える。
「シオンとNOAは絶対に護るよ。みんな」
タァニーが決意と覚悟に満ちた気持ちを口調で皆に伝えた。
「了解」
ロ−が答えた。
「りょ−かい」
ネラも意志を伝える。
「了解」
ル−ファが応じた。
「了解、シオンとNOAの援護、射出経路の確保する」
タァニーが言う。
「命に代えても護る」
ローが言った。
「タァニー、エンゲージ」
「ネラ、エンゲージ」
「ルファー、……エンゲージ」
「みんな、すまない」
シオンが言いNOAに向った。
シオンが帰艦し“鬼神”とのリンクに入る。
シオンとNOAの援護、射出経路の確保中、ローが気付いた。
「ルーファの機体が目視できない」
「やられちゃったの? ルファー」
ネラが不安げに言った。
「ルファーがやられるかよ」
「あんた、ルーファの僚機でしょ。しっかりなさい」
タァニーが声を荒げた。
「少し前までは、いたんだ。機体のシグナルは確認出来るけど目視出来ない。見えないんだ」
混沌は急速に規模を広げ出した。
「NOAが出るわ」
タァニーの細い声に安堵と披露が混じり、それでいて満足した様にも思えた。
NOAの射出を三人が見届けた直後、混沌を中心に光と闇が溢れ世界が崩壊した。
最後までお付き合い下さいまして誠にありがとうございました。<(_ _)>
作者のあとがきを挟むのか挟まないのか(笑)
さて! 次回より続編。〜 春風と小悪魔 〜
全六話となっております。
お楽しみ!