〜 伝説の胎動 〜 第十話
†GATE10 忍び寄る影
切り立った岩肌を見せる山々が聳え、巨大な魔物が住むと恐れられ誰も近寄らない。
現に稀に“現在種”の竜は存在しており目撃されている。
竜は数多の魔物の中でも強力で頭もいい、中でも人語を操る竜は“眷属”と呼ばれ、その数は極めて少なく実際の目撃例はない。
その竜の住むと恐れられる麓に広がった草原に三人はログの村から馬で駆け、一時間程の時間を掛けてやって来たのである。
シオンが、この世界にやって来て七日目が過ぎた。
アイナとランスは明後日の朝には、奉公先の領主が滞在中している予定のフェリナスに向う事になっている。
二人は、その間に少しでもシオンの記憶を戻してあげたいと思っていた。
アイナの危機にシオンは不思議な感覚を感じた事もあり、自分達の魔法でシオンを危機的状況に追い込む方が記憶を刺激すると結論付けた。
二人が選んだ場所が竜が住むと言われ恐れられている、この場所だった。
ここなら人目の無いこの場所なら、決して人前では行使する事のない精霊魔法を思う存分行使出来ると考えた。
危険を冒してまでこの地までやって来たのは、人の近寄らない所までわざわざ来たのは、人に魔法を知られない為と魔法の効果で発生する光を見られない為だ。
シオンには万が一の時の為帯剣させているが、二人に本気で魔法をぶっぱなされれば余り意味がない様にも思える。
アイナとランスは、巨大な竜が本当に住んでいるとは思ってはいないものの、他の魔物に襲われないという保証はないからシオンに帯剣させているのだが、当のシオンは露程も事情を知る由もなく疑問を感じながらも帯剣している様子だ。
「シオン? 準備はいい?」
「ちょっと待てぇ! そんなに早く、あの感覚を呼び戻せるか! それに剣で魔法を如何にかこうにかするなんて無茶な事じゃ……」
「心配すんなぁですぅ――! アイナが上手く、こんがり焦げ焦げに焼き上げてやるですぅですぅよ」
アイナは、瞳を爛爛と輝かせ頬と唇の両端が不気味に吊り上っている。
「怖ぇこと、言ってんじゃねぇよ。あの感覚が何なのか分かんねぇし、まぐれかなんか? 火事場のくそ力みたいなもんじゃねぇのか?」
「そうだよね。記憶がないんだもん。でも、アイナの危機に何か感じたんだよね?」
「ま――ったくぅ、ランスは頼りねぇですぅねぇ」
アイナは、腕組みをして自慢げに薄い笑みを浮かべている。
シオンとランスが「「お前が一番あぶねぇじゃ!」」
と思っているとアイナが言葉を改める。
「シオンは、すごぉ――い不思議な力が使えるんですぅよ? きっと高位の精霊と契約してるに決ってますぅ。ぜ――ったいのぜ――ったいに大丈夫ですぅ。たぶん!」
「たぶん……って……」
「でも、アイナはシオンの不思議な力に精霊を感じなかったんだろ? 僕も感じなかった」
ランスが首を傾げアイナに尋ねた。
「そっ、それはですねぇ――」
勢い良く両手の人差し指を跳ね上げ……アイナは誤魔化す様に小声で呟いた。
「……なかったですぅ」
「聞こえないよ」
ランスが、にやけて言った。
「か、感じなかったですぅ」
アイナは、頬を膨らませ舌を出した。
「シオンは精霊感じた?」
次いでランスがシオンに尋ねた。
「わかんねぇよ。精霊とか……それにナタアーリアさんが言うには、そもそもあれは精霊と関係ないんだろ?」
「でも、アイナが唱えた治癒の精霊魔法に何か感じたんだろ?」
「確かに、得体の知れない物(魔法)を掛けられてたからな。でも俺は、あの時アイナが言った“ゴーレム”て言葉に反応したんだ。大体、記憶ねぇから、わかんねぇよ。魔法とか……ほんとにいんのか? 精霊とか、そんなの見えねぇし」
「見えるよ」
ランスがあっさり答えた。
「今……何とおっしゃいました?」
アイナが代わりに答えた。
「ランスは見えると言ったんですよぅ」
シオンには、二人が言う様に見えない感じもしない。
「お前は見えてるのかよ?」
「見えてないに決まってるですぅ」
アイナは自慢げに言い放つ。
「ランスは見えてるのか?」
「見えてないよ」
ランスも、しれっと言い放った。
「二人で馬鹿にしてるのか? 俺に記憶ないからってよぉ!」
シオンが怒鳴るとランスが答えた。
「馬鹿になんかしてないよ。でも、見える事は確かだよ」
「僕達は精霊を感じる事は出来るけど、でも“具象化”出来る程の魔力はないんだ」
「一度だけ……見せてもらったんですぅよ。父様に……」
アイナが少し悲しげな顔になった。
「精霊を具象化する事の出来る程の使い手は滅多にいないですぅ。この世界で一番精霊を知り上手く使う蛮族のエルフでも精霊を具象化し見せる事の出来る者は高位に位置する者にしか出来ないって聞いた事があるですぅ」
「う――ん、考えるより……魔法を使ってみよう」
このまま時間を費やしても仕方ないと感じたランスが提案する。
「そうだな、やってみるか。よし、やるぞぉ!」
シオンは気合を入れてみるが、今一乗る気になれなかった。
「じゃあ、始めようか。でも、母様の忠告は忘れないでね」
ナタアーリアはハイメイジクラス。精霊は感じられないが魔力の程度は解る。シオンの得体の知れない潜在的な力の巨大さとその質感を感じナタアーリアはシオンに精神力を練る事を止めさせた。
シオンの内に存在すると思われる底知れない眠った力を感じると同時に魔法なのすら解らない力が不安定な事を見抜いたのだ。
「おお、そうだった。で、どうするんだ?」
「僕らが魔法使うから精霊の震動が起こる。そうすればシオンが精霊の振動を感じるかも知れないよ」
「それは、名案ですぅねぇ――シオンに向けて本気で放ってやれですぅ。人間という者は命の危機に敏感に反応するですぅ」
「怖い事言うなってんだろ! 危機な目に遭うのはアイナだろ?」
「そうだたっけですぅ? どうでもいいですぅ。シオン? 痛くしませんですぅ」
そう言うなりアイナは呪文を詠唱し始めていた。
「破壊を司る火の精霊よ 我との契約を行使せよ 汝、我の力となし 仇なすものを焼き払え」
シオンは昨夜の魔法の説明を思い出す。
詠唱が長さと対象を明確にする事でその威力は変わる。
「ち、ちょっと、アイナ?」
ランスが叫ぶがその直後、シオンの眼前に猛る炎が天まで達するとシオンに向かい迫ってきた。
その頃、ログの村の入り口に見ない顔の三人が立っていた。
一人は身体が大きい戦士、そして後の二人は普通の男性より小柄であった。
平民の風情だが、三十前半の男は屈強で二メール程もある長さに厚みもある何かを布で巻き片手で軽々と持っている。
小柄な二人の内一人は、二十歳後半程で一・二メール程の長さの物を布で巻き持っていた。
残る一人は、七十歳前後と思われる老人は何も持ってない様に見えた。
「この村で間違ないのじゃな?」
老人が傍らに控えていた女性に問うた。
「はい、ここで間違いないかと」
二十歳半ばの女性が答える。
「こんな辺鄙な村にいるのか?」
三十前半の男が疑いを含む口調で言った。
「この村に立ち寄った商人の話では、その人物の年齢、髪の毛、瞳の色、顔立ち等多数の特徴が一致します」
三人は村の中を探る様に歩いていると、その人物が三十歳前半の男の目に映った。
その人物に、二十歳半ば程の女性が駆け寄り声を掛けた。
「つかぬ事をお聞きするが、あなた様はセリーヌ様ではございませんか?」
女性が声を掛けた人物は、長い綺麗なブロンドの女性ナタアーリア。
「姫殿下」
三十歳前半の男は歓喜の声えを上げた。
ナタアーリアは、ハッし驚くと次いで問うた。
「貴方は……」
「はい、ベリルです。お懐かしゅうございます」
大柄な男が名乗ると頭と顔を被っていたローブの頭巾を下ろした。
「もしや……ベリル? 本当にベリルなの?」
昔の面影が残る顔を見てナタアーリアが言った。
「おお、姫殿下よくぞ、ご無事で」
老人がめしいた眼に涙を浮かべていた。
「もしや、貴方は、ダルベス?」
「いかにも、ダルベスにございます。セリーヌ姫殿下」
二十歳半ば程の女性は、スクナ・メラと名乗った。
ナタアーリアは、家の中に三人を招き入れた。
今から遡る事、二十年程前ラナ・ラウル王国の西に、二つの小国を挟みナタアーリアの生まれた旧カストロス王国(旧カリュドス皇国)はあった。
カストロス王国は国土こそ小さいながら、内海に接し海を隔てた南の隣国との貿易も盛んで豊かな国であった。
その国力は大国カリュドス皇国に劣らぬ程で、その聖騎士団は誉れ高かった。
不可侵の約定は突如、破られ不意打ちに合い隣国の隣国カリュドスに敗れた。
その際、当時カストロス王国の姫セリーヌ・デュラン・ミラ・カストロスは、避難民に紛れ臣下の手により辛うじて落延びた。
その時の護衛隊にダルベスとベリルがいた。
ダルベスが長年の思いを口にした。
「姫殿下を不覚にも見失い、お護り出来ずにいた無礼をお詫び申し上げます」
三人は膝ま着き深々と頭を下げた。
「忠誠を捧げた王と国を守れず、生き長らえる事は恥と知りながら今日まで生き永らえておりまする。鎧はとうに捨ておりますが、先王と王家への忠誠、騎士の誇りは捨てておりませぬ。他にも志を同じくする者がおりますゆえ、姫殿下の下に集い決起しとうございます」
「なりません。貴方達の忠誠には感謝いたしますが、皆の命を無駄にする様な事は出来ません」
決起と言えば聞こえは良いが、戦力無く大国に挑むのは自殺行為だ。
旧王家への忠誠、騎士の誇りから一矢報いたいのだろう。
「私は、もうセリーヌ・デュラン・ミラ・カストロスではありませぬ。今は、二人の子を持つ母親のナタアーリアです。あの子達を巻き込みたく無いのです」
悲しげな顔で言葉を続けた。
「あの子達は、この事を知りません。何とぞ他言無用に願います」
ナタアーリアは深々と頭を下げた。
「姫殿下、お顔を上げてくださいませ。解りました……ですが我らだけでも姫殿下をお護りしますぞ」
「それは、どう言う事ですか?」
ナタアーリアが戸惑う様に問う。
「止められる事は薄々分かっておりました。その時は、お傍で姫殿下をお護りすると決めておりました」
「カリュドス皇国には、旧王家の根だやしの動きもあり、刺客が何時来るやも知れません」
ベリルが渋い顔をした。
「これは、王家への忠誠でも騎士の誇りでもありませぬ。我らの意志です」
「どの様になさると?」
「この村の一員として、ここで暮らしたいと思います」
「これは我らの意志、いかな姫殿下でも口出し無用ですぞ」
ダルベスが、しわくちゃの顔を更に崩した。
一方、シオン記憶奪還作戦中の三人は……。
アイナが放った魔法の炎で黒こげ寸前になりかけたシオンは、寸での所で難を逃れていた。
炎を眼前にシオンは、身の危険を感じ無意識に力を目覚めさせていた。
一瞬、身体が陽炎の様の揺れたと思った、とたんに懐まで入られていた。
「す、すごい」
ランスとアイナは呆然と立ち尽くした。
「す、すげぇですぅ」
二人の口から短い感想の声が漏れた。
「お前、俺殺す気か――! お前ら」
「すごいよ。シオン! 速や過ぎる、あれじゃ次の詠唱に移れない」
「今のが精霊魔法だよ。精霊の振動感じた? 僕は感じた」
「す、少し感じた気がする? かな?」
「シオンにしては、まあまあですぅねぇ」
その後も魔法練習は続いた。
村に着くと馬を繋ぎ家の入り口に三人が向った。
「おかしいな? あの後はさっぱりだった」
「仕方ないよ。明日頑張ろうよ」
「腹へったですぅ――家に入りますよぅ」
「何だか、いい匂いがするな」
食欲をそそる美味しそうな匂いが腹ぺこ三人組の鼻孔を刺激する。
「ご、ご馳走の予感がするですぅ――」
家の扉を開くと三人の目に見知らぬ三人の姿が目に飛び込んだ。
一人は老人だが、二人は剣を帯ている。
シオンとランスに緊張が走る。
アイナはシオンの後ろに隠れた。
賊かと脳裏をかすめる。
シオンの後ろに隠れたアイナが叫んだ。
「お、お前達、何者ですぅかぁ? この下僕! シオンが相手するですぅ」
シオンを前に突き飛ばした。
ナタアーリアの傍にいた、剣を持った二人が剣の柄に手を掛けた。
老人は、懐に手をやり杖を構える。
その動きは早い。
二人の剣士と老人、その動きは洗練されたものだった。
To Be Continued
最後までお読み下さいまして誠にありがとうございました。<(_ _)>
次回をお楽しみに!