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第二節:不穏の残響

雨が降りしきる夜街、静かながらも其処には確かな人の営みがあった形跡がある。

その街を雨に濡れながら歩く一人の男が居た。

その風貌はみすぼらしく、鉄錆が目立つ鎧に所々砕けた兜からは生気のない虚ろな目が見える。

その男は不意に立ち止まると何かを呟き始める。

そして闇がその鎌首をもたげ、やがて男を覆うように包み込んでいった。

「ミツケタ」

誰にも聞かれないほど小さな声

悦びに満ちたその声は確かにその獲物を捕らえていた。


ふと夜明け前に目が覚める。

誠一が寝起き目を擦りながら身体を起こす。

あの本は机の上で目を閉じて眠りについており、部屋の中は静寂に包まれていた。

「…なんだ」

悪寒が走り、彼はベッドから出て周囲を警戒する。

静かな部屋、その静けさはここだけが世界と剥離された空間と言うかの様な異様さを持っていた。

外はまだ暗いが、少しずつ日が昇り始めている。

その事実だけが、誠一がこの世界に居る事を裏付ける証拠であった。

暫く構えているが、特に外にも部屋内にも異常は見当たらない。

気が付けば異様な雰囲気は消え去っており、段々と朝を告げる鳥達の鳴き声が聞こえてくる。

「気のせい…か?」

窓に手を当て、城下に広がる町並みを眺める。

その視線の先には、いつの間にか見慣れていた街並みが今日も変わらずに映っている。

その様子を見て安心した彼は、最早日常となったこの城での生活を再開するのだった。


同時刻、朝焼けが眩しい中鉄が大地を踏み砕く音がする。

広い平原を走る一頭の馬、それに跨るは音にも聞いた三騎士が一人アルバートだった。

彼は酷く焦った様子で馬を走らせている。

その視線の先にあったものは、薄闇の中を照らす橙色の明かりだった。

その明かりの元まで辿り着いた彼は、黒い煙に視界を奪われる。

馬はその歩を止め、その煙から逃げるように少し距離を取る。

彼はその馬を安全な場所で待機させ、その煙の中へと入っていく。

口を布で隠し、姿勢を下げるとある程度ではあるがその惨状が見えてきた。

その橙色の明かり、炎はかつて村であったものを包み近寄る者を絶命させんと燃え盛っている。

耳を澄ますと炎が燃え上がる音と共に、人の微かな悲鳴が聞こえてきた。

その方へゆっくりと歩を進め、やがて其処に辿り着き倒れている少女を抱え火の手から離れる。

歳は15歳ほどだろうか、微かにある息が彼女がまだ生きている事を証明している。

馬の元に少女を連れて行き、近くにある樹木に寄りかからせる様に座らせる。

そしてアルバートは炎の塊へと再度向かい、その正面に立つ。

背中に負う煌びやかに装飾された大盾を両手で持ち、神経を研ぎ澄まし始める。

「女神の加護よ、我が盾に氷の祝福を」

そう唱えると同時に彼の周囲に冷気が立ち込める。

冷気は周囲に生えている草花を一瞬で凍らせてしまう程強力であり、盾もその冷気を浴びて凍り始める。

氷結の吐息(フロスト・ブレス)!」

アルバートが叫びながら大盾を地に突き刺し、盾の裏から渾身の拳を叩きつける。

次の瞬間、嵐の様な音と共に物体が凍る音が周囲に響き渡る。

先程まで周囲を照らしていた炎は消え去り、静寂のみが世界を支配する。

そこに焼けた痕跡は残ったものの、家屋は完全に凍っておりそこから最早生命の痕跡すら見つけるのは容易ではないだろう。

彼はその大盾を再び背負うと、ゆっくりとその村だったものへと入っていく。

「この短時間でこれだけ燃えるとは…」

アルバートが報告を受けてから三十分程度しか経っていないが、それにしては被害が甚大であった。

凍りついた冷気が立ち込めており、先程までの肌を焼く痛みは無い。

周囲にある家は殆どが燃え落ちて原形を留めている物は少ない。

倒れている柱の下敷きになる様に人の亡骸がいくつか見受けられる。

どの死体も身体全体に酷い火傷跡があり、火の手がどれ程強かったのかを物語っていた。

「アルバート様!」

背後から声が掛かり振り返ると、共に出撃した兵士達が集まっていた。

彼らには周囲の探索に当たらせており、この放火を行なった犯人かその証拠を探す様に命を与えていた事を思い出す。

しかし彼らの報告は半ば予想通り、犯人と思しきものは確認できなかったとの事だった。

「ここ最近で既に五件目…」

この様な放火は初めてではなく、国付近の村が被害に遭うのはこれで五件目であった。

なぜこれが放火と断定できるのか、それは火事の大元となった場所に魔力の痕跡が残っているからである。

しかしその痕跡から犯人を予測する事は敵わなかった。

その魔法はアビゲイルすら知らない物、恐らく闇魔法であった。

闇魔法を使える人間は存在しないはずである。

しかし闇魔法を扱う事の出来る魔物は、魔王の眷属と魔王本人のみである。

だがそのような存在がこの付近を襲っていれば、アビゲイルの展開した結界が感知するはず。

被害を少しでも抑え、犯人を捕まえる為にアビゲイルが展開した結界。

それは一定以上の魔力を感知すると起動し、その対象者を即座に捕縛するものだ。

結界に感知せず、それでありながら三十分足らずで一つの村を全壊させるほどの火力を持ち合わせた呪文。

その未知なる存在にアルバートは恐怖を覚えながら、同時に一人の人物が脳裏を過ぎった。

誠一、身元不明であり自身を語ろうとしない彼は疑うには十分過ぎる存在だった。

そんな考えを巡らせていると、先程助けた少女の容態が芳しくないと兵士が告げに来る。

彼はそれに一つ返事で返すと、現場の捜索は部下に任せ少女を国の医療用施設に届けるべく馬を走らせる。


彼が帰る頃には日は高く上り、日に掛かる雲がその明るさを隠す様に広がっていた。

アルバートは少女を医療用施設に送った後、アビゲイルの元へと向かった。

「アビゲイル、お時間よろしいでしょうか」

アビゲイルの自室前まで来た彼は扉越しにアビゲイルに問いかける。

すると気のない返事と共に扉が開き、アビゲイルが顔を覗かせる。

「また例の火事かい?」

アルバートの苦い顔を見て察したのか、彼女は彼に入るよう促す。

彼はアビゲイルに事の顛末を話した。

彼女は口に手を当て、暫く思考するとふと何かを思いついたのか顔を上げる。

「その助けた少女は何処にいる?」

「医療用施設に送りましたが…」

アルバートがそう答えると彼女は分かったとだけ言い残し、止める暇も無く部屋から出て行く。

「すまないな、主がまた迷惑を掛けるかもしれない」

部屋に残されたアルバートに、床に伏せてたリヴァルが申し訳なさそうに謝る。

「慣れたものですよ」

乾いた笑いで返す彼の顔には少し疲れが見えているようだった。


誠一が朝食を終え何時もの仕事に取り掛かろうとしていた時、不意に自室の扉を叩く音がする。

彼が出るよりも早くその扉は開き、奥から現れたのはアビゲイルとセシリーであった。

「アビゲイル様とセシリー様、どうされたのですか?」

その質問にアビゲイルは答えず、返答の代わりに誠一の腕を引っ張り無理矢理連れて行こうとする。

「ちょ、ちょっとアビゲイル様!?」

誠一は驚きセシリーに視線で訴えかけるが、彼女は呆れた様子でそれを見るだけであった。

そうして引きずられながら辿り着いたのは、誠一の知らない施設であった。

「ここは?」

白い大理石で作られた外装は清潔感があり、中からは厳かな雰囲気が漂ってきている。

「ここはこの国一番の医療用施設さ」

隣に居るセシリーが誠一の質問に答えると同時に、アビゲイルは躊躇い無く中へと入っていく。

後を追うように誠一達はその施設へと足を踏み入れる。

その中はおおよそ誠一の知る病院とはかけ離れていた。

玄関を抜けると中央にはただ広い部屋が広がっており、医療施設というよりは巨大なイベントホールの様な殺風景さが目立つ。

壁に沿って一列に設置されたベッドには多くの患者が寝ているが、医療用の機具は置かれていない。

その部屋の中央に置かれた翡翠色のガラスの様な物体があり、その球体からは温かい光が溢れている。

「あれは…」

誠一は記憶を漁り一致する物を思い出す。

あの球体は周囲に存在する負傷者を無差別に癒す物であり、魔法球体(マジックスフィア)・癒(・ヒール)という。

あれを起動するには莫大な魔力を必要としているが、一度起動すれば壊れない限り動き続ける物でもある。

魔法球体(マジックスフィア)には他にも種類があり、この国を防護する結界にも使われている。

しかしあれを生成するには希少な鉱石が必要らしく、経年劣化や破損によって残存しているのは六個のみしかないらしい。

そして現在稼動しているのは結界に使用されている三個、そしてここの一個である。

「さて、お目当ては…」

アビゲイルはとある患者の前で止まり、静かに眠る身体を揺する。

「ん……」

身体を揺すられた患者は目を覚まし、怪訝そうにこちらを見る。

その少女は薄い桃色の髪に琥珀色の瞳をしており、宝石をはめ込んだ様に美しい目が誠一を捉える。

次の瞬間、少女は恐ろしい形相をし誠一に対して掴みかかる。

「っ!?」

突然の事に対応出来ず誠一はバランスを崩し倒れこみそうになるが、危うい所でセシリーが支える。

そのまま落ち着くように言い聞かせながらセシリーが間に入り、少女は佇まいを直す。

しかし誠一に対する敵意は抱いたままであり、その警戒を解こうとはしない。

「貴方が…」

「え…?」

ボソリと少女は呟き、誠一がそれに反応し返す。

それを引き金とする様に少女は誠一に向かって叫ぶ。

「貴方が、皆殺した!!」

この人殺し、そう少女は誠一に感情をぶつける。

誠一は困惑し戸惑うが、アビゲイルは神妙な面持ちでその少女を見据える。

「本当に彼がやったのかい?」

「見間違えるはずがっ…っ!」

その問いに噛み付くように少女は答えようとするが、傷が痛むのか腹を押さえ蹲る。

「アビゲイル」

窘める様にセシリーが声を上げると、アビゲイルは適当な返事を返し少女から離れる。

「すまないな無理をさせてしまって」

その少女は初めて気が付いた様にセシリーを見て驚く。

「セシリー…様?なんで」

その続きを言うより早くセシリーはそっと少女を寝かせる。

「また後日聞きに来るよ。その時に事情も説明するから、今は休みなさい」

彼女が見せる優しい笑顔に絆されたのか、少女は訪れる睡魔に身を任せその瞼を閉じる。

暫くして静かな寝息が聞こえ出すと、セシリーは少女から離れこちらに戻る。

「セーイチ」

「違っ、俺は」

焦る誠一に彼女は分かっているさと答える。

「お前はやっていない。そうだろ?」

「はい…」

セシリーは優しい笑みを崩さないまま誠一に問いかけ、その答えを聞くと安心した様に頷く。

「お前に扮した偽者が居る。大方お前の悪評を流し、国への不信を煽るつもりだろうな」

「現時点で一番怪しいのは…」

アビゲイルとセシリーは同じ結論に至ったのか、互いに顔を見合わせる。

「「反乱軍(リベリオン)」」

反乱軍という物があるのは誠一も理解しているが、彼らにそれ程の力があるのかと思案する。

セシリーに以前聞いた話によると、反乱軍はそれなりに規模があるという。

しかしこの短期間で村を五つ、しかも全焼させた上で行方を晦ませるのは可能なのだろうか。

しかも調査報告によれば村を焼いた魔法は未知の物という。

「セーイチ?」

一人考えに耽ているとセシリー達が不思議そうに此方を見ていた。

「あ、いえその、反乱軍にそれ程の力はあるのでしょうか」

胸の内に潜めておくのも良くないと思い、その疑問をセシリー達にぶつける。

すると二人とも難しい顔で、否定とも肯定とも取れない曖昧な返事をする。

そして、アビゲイルの出した答えは馴染みの無い言葉だった。

(セイム・)魂喰らい(ソウル・イーター)

(セイム・)魂喰らい(ソウル・イーター)?」

聞いた事も無い言葉を鸚鵡(おうむ)返しする。

アビゲイルにしては珍しく、引きつった笑みを浮かべている。

そして、その理由はすぐに分かる。

セシリーが言った次の言葉は、彼を震撼させうるだけの言葉だった。

「共喰いだよ、今回の場合は人喰いになるか…」

そう言いながら、彼女は拳を強く握りこむ。

ポツポツと彼女の感情を表すように雨は降り出し、雨脚は次第に強くなっていった。

「人喰い…」

誠一の呟きはその雨の中静かに溶けて消えていき、三人を掻き消す様にその雨は強さを増すのだった。

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