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第二節:黒雷咆哮

月明かりに照らされる自室の中、一つの明かりの元で誠一は本を読み続けていた。

この依頼を追い始めて二日が経過しようとしていた。

差出人不明の罠であろうこの依頼は情報が少なかったが、この国付近にある森の方から不気味な声が聞こえてきたという情報が聞き込みで手に入っていた。

セシリーに一度この件に関して相談を持ち込もうか悩んだが、彼女は暫く遠征で席を外すらしく暫く戻らない様だった。

それに自分に任されたこの案件は自分で解決したいと誠一自身も思っていたため、誰かに相談するというのは避けていた。

その結果、今こうして周辺地理を調べ上げ取得した情報と一致した場所を探している。

「…ここか」

一つ条件に合う場所を発見する。

この国を出て西へ向かった先にある未開拓の森。

その森には様々な魔物が生息しており、迷い込んだが最後生きて出れる保証は無い。

その為その森は立ち入り禁止区域とされており、国の許可が無ければ入ることすら出来ない様だ。

普段であれば誰も入らない様な場所だが、聞き込みで言っていた場所とも一致する。

人目につかない場所であれば騒ぎを立てずに排除するのも簡単だろう。

「真偽を確認し罠であれば…」

それを排除すると言いたいが、誠一は今の自分の実力で敵うのかと考える。

アビゲイルの意向もあり、国から正式な許可が出た為兵士小隊を此方に割いてくれている。

自分の実力が無くとも達成できる可能性はある。

だが、それでは自分の実用性や存在意義が証明できないのではないのか。

誠一は悩み始めるが、自分の存在意義が出来なければ死ぬだけと考えるとその悩みもすぐに消えた。

「明日、準備をして発とう」

そう決めると本を閉じ床に就く。

誠一は目を閉じゆっくりと意識を手放していく。

やがて誠一の意識は途切れ深い眠りへと誘われていった。


目を開き意識を覚醒させる。

いつも通りの時間、いつも通りの朝、いつも通りの朝食。

変わらない世界で誠一だけが浮いているような感覚を自覚する。

「緊張しているんだな…」

誰にでもなくそう呟くといつもと変わらない街を眺め、席を立ち仕度を始める。

西洋騎士の様な鎧を着込み、腰に剣と幾つかの小道具を取り付ける。

この鎧は国内の兵士達が装備している物と同じであるが、兜はアビゲイルから貰った物だ。

口元はフードで隠す様にし、兜自体は顔の上半分を隠す程度しかない。

アビゲイル曰く特殊な魔法を掛けてあるらしいのだが、効果までは誠一に説明していなかった。

「どうも鎧だけは着慣れないな」

金属鎧の重さで若干自分の動きが抑制されてしまうのが苦手であり、それが原因で普段の訓練は身動きのとりやすい軽鎧を着ている。

今回誠一がこの鎧を選んだのは己の不安を少しでも抑える為であった。

「大丈夫上手くやれるさ…出来なければ」

死ぬだけだ。

声に出さず鏡に映る自分にそう目で語りかける。

無意識に握りこんだ拳はかすかに震えていた。


「今回の任務はこの依頼の真偽を確かめることである」

此度の任務に用意された小隊は十数人程度であり、どれも新人ばかりであった。

半数は弓兵で編成されているが、魔法が使えそうな者は居ない。

ただの偵察任務に戦力を割くわけにもいかない上、実績の無い自分が指揮を執るのだから当たり前だろう。

そう誠一は考え心の中で不安を抱えながらも説明を続ける。

「罠であった場合、逆に此方が不意を付く為に二班に分かれる」

「セーイチ殿、であれば分隊の指揮は私が」

背中に弓と矢筒を背負い鎧に身を包んだ名も知らぬ女性が前に出る。

誠一は少し思考した後に分かったと言い頷く。

「我々は二手に分かれ行動し、俺達本隊は森へ侵入後真意を確かめる為に調査を開始する」

「では分隊の我々は?」

分隊長が聞くと誠一は頷き説明を続ける。

「分隊は本隊付近にて待機、その際敵に見つからないように身を潜めておけ」

「凄い…」

ポツリと誰かの呟く声が小隊から聞こえる。

「凄くないさ至極単純な作戦だよ、本隊が万が一罠にかかった場合分隊は奇襲をかけ相手の陣形を崩す。その間に本隊は陣形を整え迎え撃つというものだ、誰でも思いつくような簡単な作戦さ」

「いえ、やはりセーイチ殿はセシリー様に認められるだけの実力があります」

誠一が苦笑気味にそう言うと、否定するように横に居た分隊長が声を上げる。

するとそうだと小隊の皆も声を上げ始め、彼を褒め称える。

彼の胸には言い表せない様なこみ上げる気持ちがあった。

「とにかくだ、この作戦は上手く行けば反乱軍を叩く鍵になるかもしれない。皆、気を引き締めていこう」

誠一がそう言うと小隊の皆が拳を天に上げ、掛け声を上げる。

そうして誠一と分隊長率いる小隊は西にある森に向かうのだった。


「何事も無く着いたな」

馬を走らせて約五時間程だろうか、やや日が傾き始めた頃誠一達は鬱蒼とした森を眼前に捉えていた。

「いいか、此処からは本隊と分隊に分かれて進む」

そう誠一が声を掛けると素早く分隊と本隊に分かれる。

「…有能な新兵だこと」

皮肉交じりに呟きながら森に向き直り、本隊が先導する形でゆっくりと森の中を進んでいく。

森の中は草木が生い茂っており非常に視界が悪い。

森は不気味なほど静寂さに包まれており、より一層誠一達の警戒心を高める。

「…聞こえないな」

「え?」

誠一の呟きに隣に居た男兵士が反応する。

「ここは危険な魔物や生物が生息しているはずだが」

「確かに、鳥のさえずりすら聞こえませんね…」

誠一がその静寂さに違和感を覚えた時、足元でピチャリと粘度の高い液体を踏む。

「これは…血か?」

しゃがみ地面や付近の草に付着している液体を見ると、赤黒く一目で血だと分かる。

「た、隊長…」

「警戒しろ、最悪戦闘も覚悟したほうがいい」

誠一が辺りを見回すと血の後が点々と続いている。

その血はどれも乾ききっておらず、つい最近怪我を負ったものがいるのだろう。

「この血痕を追うぞ」

血の跡を追いながら草木を掻き分けて進むと途端に腐臭が鼻につく。

腐臭の元を目指し進むと開けた場所に出る。

眼前には岩に開けられた天然の大穴が暗闇を覗かせており、思わず入るのを躊躇うほどだ。

そしてその洞窟の入り口の脇には生物であったものが山積みにされていた。

そのどれもに刃物で切り裂いたような傷があり、胴体は無造作に噛み千切られた様に腐った内臓が露出していた。

死体の山の上の方は比較的新しいのか腐っている様には見えない。

死体の中には魔物の様な生物も確認でき、どれもが腹を裂かれ無残な死に方をしている。

ただ、その場に居るだけで気分の悪くなる腐臭と景色に誠一達は顔をしかめる。

「ぎゃぁああああああああああ!!?」

突然男性の叫び声が洞窟の奥から聞こえてくる。

「総員戦闘準備!分隊は弓を構えて草むらに隠れて合図まで待て!」

そう声を掛け剣を抜くのと同時に洞窟の奥から嫌な音が聞こえた。

バキッ、ゴリッ、ベキッ

まるで骨が砕けるような音。

そしてその音の主は程なくして誠一達の前へと姿を現す。

ムチの様に唸る尾、その先は鋭く尖っており振るうだけで人間の首を切る事など容易そうだ。

細長いが巨体である胴体から伸びる四本の足は深い毛に覆われているが、その隙間から覗く爪は鋭く一本一本が凶器に成り得る。

首には短くちぎれた鎖の付いた首輪がされており、顔はまるで犬の様だが刃のように尖った歯の隙間からは血が滴っている。

あの夜に会った化物、あれに似ていると誠一は直感するが何かが違うとも感じた。

見た目は然程違いは無いが、動きが前に見た化物よりも遥かに鈍い。

鈍重な足は立っているのがやっとなのか震えており、赤黒い瞳からは赤色の液体が少しずつこぼれ出ている。

「ハ、ハハ!何だコイツボロボロじゃないか!」

警戒していた兵士達は相手が瀕死と見るや否や警戒を解く。

その油断が命取りとなるのも知らずに。

「まだ油断するんじゃ」

本隊の兵士達はその言葉を最後まで聞くことは叶わなかった。

空を切る音が聞こえた次の瞬間

辺り一面に赤色の液体が飛び散る。

誠一への見せしめというように誠一以外の首を刈り取ったそれは、その首を彼の前で咀嚼し始める。

「あ…あ…」

言葉にもならない声を出し誠一は震える。

恐怖ではなく、仲間を守れなかった後悔と怒り。

その二つの感情が彼の心を埋め尽くす。

「クソ野郎がぁあああああ!!!」

叫びながらその化物の顔面を切り裂こうとするが、それよりも早く動く尾によって剣は弾かれる。

「ぐっ、分隊!矢を放て!」

草むらの後ろに隠れている分隊に命令するが、一切矢が飛んでこない。

「おい、どうした!」

誠一が視線をずらすと、分隊の兵士達は化物に対する恐怖でその身を固めていた。

「ひっ、ひぃいいいい!?」

一人が悲鳴を上げながら逃げ出すのを皮切りに、皆が蜘蛛の子を散らす様に武器を捨て逃げ始める。

「待て!今逃げたら」

誠一が縋る様に差し出した左手は空を掴み、その代わり後ろから空を切る音と共に短い悲鳴が草木の間から聞こえてくる。

音の主に向け振り返ると

そこには分隊の皆を貪り喰らう化物がいた。

「…っ!このっ!!」

誠一は大地を強く踏むとその手に構えた剣を突き出す。

その剣は頭部に届くことは無く無慈悲に尾によって弾かれる。

次の瞬間、彼の腹部に強烈な衝撃が走り木に叩きつけられる。

幸い強固な鎧で守られていた為致命傷にはならなかったが、視界がぐらつき焦点が定まらない。

「どうすれば…」

仲間達を喰うそれは此方に見向きもせず、尾のみで此方を手玉に取っている。

「やぁ、苦戦してるみたいだねぇ」

その時、不意に聞き覚えのある声が頭に直接響く。

「アビゲイル様!?」

「あーこれが作動したって事は相当ヤバイみたいだねぇ」

此方の声が届いていないのかそれともこの声は録音されたものなのか、アビゲイルは誠一の声に返事をしない。

「でも大丈夫、その兜に与えた魔法を開放すればきっと勝てるさ」

「魔法を開放…」

「開放呪文<リリースコード>…の前に注意しておこうか。この魔法を発動する際、君の魔力の殆どが消費されてしまうだろう。封じ込めた魔法を有効化<アクティブ>にする際には装備者の魔力が必要となる。一応君でも発動出来る様に出力は抑えたが、その結果効果時間も大分減ってしまった。魔法の持続される時間は恐らく三十秒程度…もし君が無理だと判断したのなら逃げに使っても構わない」

「…俺は」

「君は魔力の源が何なのかは知っているよね」

そう言われ誠一は頭の中の記憶を探る。

魔力の源は己の精神。

心の力だとセシリーは言っていた。

「いいかい、心を強く保つんだ。魔法は…万能じゃないんだから」

彼女の言葉を受け、誠一は覚悟を決める。

「…やるさ」

「開放呪文は感覚超強化(ハイフォース・センス)だ、頑張りたまえ」

その言葉を最後に彼女の言葉は途絶えた。

深呼吸をし右手に剣を持ち替える。

足に力を込め姿勢をゆっくりと突撃の体制に下げる。

「…感覚超強化(ハイフォース・センス)

そう唱えた瞬間視界がぐらつき始める。

「…っ!!」

目を見開き途切れそうな意識を必死に保ち続ける。

そして大地を蹴り、化物へと剣を向け突撃する。

そこで誠一は異変に気付く。

(時間の経過が遅い?)

しかしそれが過ちであると気が付く。

(ちがう、これは)

一時的に常人をはるかに超える感覚の強化が施されたことで、より短時間で脳が今の状況を細かく処理出来る様になっていた。

それに気が付くと同時に右側から尾の先が迫っているのを視界に捉える。

(間に合うか?いや、間に合わせるんだ!)

右手に持った剣を尾に掠めるように振りながら身体を捻らせ、身体を浮かせながら尾の一撃を避ける。

剣と尾が擦れ合い火花が一瞬散り、次の瞬間には獲物を求めるその左手が化物の首を捉える。

(俺の雷撃(ライトニング)は結局遠距離用の魔法としてはまだ使えないが、これなら!)

そのまま化物の首を掴み、その腕に全体重を乗せ血の海へとその顔を叩き伏せる。

尚も加速している思考の中、自分の左腕がバチバチと雷を帯電していっているのが分かる。

(アビゲイル、貴女の予想は少し外れていたな。魔力の心配なんて要らないさ)

どす黒い感情に支配された目が、赤黒く光る目と視線を重ねる。

その腕から発する雷は黒い光を放ち始め、その暗い輝きをより一層強くする。

(俺はコイツが、憎い)

抑えきれなくなった魔力が彼の腕から漏れ出し、辺りに雷が迸り始める。

漏れ出した雷が警告するように彼の身体を這いずる。

死を避けるための警告が誠一の身体を揺らすが、今の彼にその警告を届かせる術は無かった。

ふとその時、誠一はセシリーとの訓練で言われた事を思い出す。


「いいかセーイチ?くれぐれも遠距離用の魔法を相手の近くや、ましてや触れた状態で発動するなよ?」

「どうしてですか?」

「いいか、魔法って言うのは発動した時点で自身の魔力ではなくなるんだ。そうだな、簡単に説明すると魔力を火や氷、雷といった別の物質に変換して放つのが魔法なんだ。それこそ敵を掴んで雷撃を放ったりしたら」

「使用者も丸焦げに?」

「そういう事、運が悪ければ最悪死ぬだろうな」


「だからどうした」

記憶に残るセシリーの言葉にか、それとも恐怖を抑える為か誰にでもなく誠一は呟く。

憎しみに染まりきったその感情を吐き出すように、彼はその暗い光を解き放つ。

雷撃(ライトニング)!!」

瞬間、暗い光が誠一の視界を染め上げた。

肉の焼け焦げる音と獣の断末魔が聞こえ、体中に電撃が走る感覚と共に彼の意識は完全に途絶えた。

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