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第一節:日常と疑惑

「…成る程な」

誠一は静まり返った自室で一人ごちる。

誠一がこちら側の世界に来てから一ヶ月程経過した。

誠一がまず取った行動は情報収集、身の回りの状況の理解からだった。

幸いこの国、エルシエル国の最も大きい城に住まう事になった為情報には事欠かなかった。

訓練や依頼といった事はあるが比較的自由な時間は多く、あの量の借金を抱えるよりはマシだろう。

大体通貨については調べがついたが、今思うと取引に応じて本当に良かったと心から安堵する。

まず通貨に用いられているのは銅貨・銀貨・金貨と分けられており、価値は銅・銀・金と上がっていく。

大体の計算ではあるが銅貨は一枚辺り100円程度、そこから材質が変わるたびにゼロが一つ増えると考えるのが一番分かりやすいだろう。

「危うく500万近くの借金をするところだったとはな」

今となっては無くなったが、取引に承諾していなかったらと思うと誠一は身震いをする。

この世界についても調べてみたが思っていたよりも多くの文献があり、それを理解するには多くの時間を要してしまった。

元々この世界は自分の居た世界と同じように暮らす機械文明と、魔法を信仰対象とし魔法の研究を行うことで発達した魔道文明の二つが存在している様だ。

そして滞在しているこの国は魔道文明側であり、名をエルシエル国というらしい。

エルシエルという名前はこの国を建てた初代国王の名を取ったものであると文献には残っていた。

機械文明の方の文献は殆ど残されていなかったものの、どうやら機械文明とは敵対的な関係である様だ。

魔王についても幾つかの文書が残されており、どちらの文明側にも付かず幾度か戦争を繰り返している。

「プライドが高いだけか、それとも単純にどちらの文明も滅ぼすほどの実力があるのか」

少なくとも機械文明側とは敵対的ではあるが、両文明間で戦争が起きたという記述は見当たらなかった。

「魔王側が抑止力となっている様な構図だろうか」

迂闊に魔王を倒す等と言うのは危険な行為だと誠一は悟る。

定期的に戦争が起きれば弱者を間引く為の正当な理由になり、国を守ると言う名目で資金を得ることが出来る。魔王が居なくなればそういったことが出来なくなるか、或いは

「人同士の争いが起きる…か」

そんな考えが誠一を悩ませていると後ろから声が掛かる。

「お前は勉強熱心だな」

「セシリー…様」

西洋の軽鎧に身を包んだセシリーは、部屋内に山済みにされた本を見て苦笑いを浮かべている。

「何か御用でしょうか」

最初は抵抗があったものの、暫く暮らしていると彼女の性格というものが理解できた。

どうやら彼女は身内には優しいが、外部の者には異様なほど冷たい人間である。

切れ者だと最初は思っていたが単純で扱いやすく、魔法に対して絶対の信頼を置いているようだ。

「あぁ、今日はお前に魔法を幾つか教えようと思ってな」

積まれた本に肘を乗せ彼女は微笑む。

「魔法、俺に扱えるのですか?」

文献を調べた限り魔法は素質のあるものしか扱えない神秘であり、それを扱えるものはこの国では重宝されるという。

そしてその素質は努力で補うといった事が出来ず、完全に生まれ持った才能に左右される。

「あぁ、何ていったってお前は全てが平均的だからな」

そう言ったセシリーは半ば無理矢理に誠一を立たせる。

「ほら、さっさと行くぞ」

「ま、ちょ、せめて腕を引っ張るのはやめ」

誠一の抗議虚しく、訓練場までズルズルと引きづられて行くのだった。


「で、魔法を扱うといってもどうすればいいんだ」

引きずられて来た誠一は不機嫌そうに聞く。慣れない敬語も気が付けば何処かへといっていた。

「何簡単な話さ、イメージして放てばいい」

「イメージ?」

「そう、魔法の形を想像してその型に魔力を注ぎ込むイメージをしろ」

セシリーは簡単に言うが全くイメージが浮かび上がらない。

「いや、形といっても全然浮かばないんだが」

そう言うとセシリーはため息を一つ付き誠一の横に立つ。

「いいか、大体の魔法って言うのは呪文からその形を連想する」

そう言いながらセシリーは左手を訓練場に設置された木製の的に向ける。

火球(ファイアボール)!」

そう彼女が唱えると、手のひらにバスケットボールサイズ程の火の玉が形成され撃ち出される。

その火の玉は的に着弾すると的は大きく燃え上がり、やがて灰となり崩れ落ちた。

「さぁ、まずは私と同じ呪文を唱えてみな」

そう言われ誠一も同じ様に的に左手を向ける。

そして目を瞑りイメージを開始した。

空の球体に魔力を流し込むイメージ。

体から正体不明の力が手の先に移動していく感覚。

そして赤く燃える球体をより鮮明にイメージする。

再び目を開けると自分の左手には燃え盛る球体が現れていた。

しかしそのことに驚愕していると球体は霧散してしまう。

「イメージを途中で切るな、放つその時までイメージを保て」

厳しく凛とした声が隣から聞こえる。

その声は訓練中にセシリーが良く出す声だが、一ヶ月経っても誠一は未だにその声には慣れない。

一瞬その声にビクっと反応するが再度集中を始める。

もう一度同じイメージを始める。今度は目を瞑らずともその火球が左手に現れる。

燃え盛るそれを的へと狙い定め、一呼吸置き的に向けて放つイメージをする。

するとその火球は左手を離れ的へとぶつかる。

火球を放った反動は殆ど無いが、体の力が少し抜けるような感覚を覚えた。

的はセシリーが放った火球程威力は無かったものの、的の全身を炎で包むには十分な火力があった。

「よし、上手くいったな!」

セシリーは自分の事のように喜ぶ。

彼女はいつもこの様に身内の功績を自分の功績のように喜ぶ。

「セシリー…様、もう少し教えていただけますか」

「おう!いいぞいいぞ!」

彼女は分かり易く扱いやすい、その利用しやすさの点は誠一も好いていた。

「じゃあ次は無定形魔法を覚えてみるか」

「無定形?」

「あぁ、無定形魔法は形が定まっていない魔法の事を指すんだ」

そう言うと彼女は左手の人差し指を的に向ける。

少し間を置いてから人差し指に電流が走り始める。

雷撃(ライトニング)!」

一瞬閃光が走る。

少し遅れてバチバチという空気の焼ける音が聞こえ、的には小さな穴が開いていた。

「…凄いな」

誠一がぼそりと呟くと嬉しそうにセシリーが顔を綻ばせる。

「まぁな!さぁ、お前もやってみるといい」

そして誠一も同じ様に左手の人差し指を的に向けて精神を集中する。

「いいか、電撃が走るイメージをし魔力と共に放て」

電流を指先から放つイメージを想像し指の先に力を、魔力を集中させる。

そして雷撃が的に飛ぶイメージをし指に乗った魔力を放出する。

「…っ!」

放ったそれはセシリーが放つ雷撃と違い放射状に広がり、的に殆ど当たらずに終わった。

「まだ難しかったか、でもそこまで簡単に魔法が行使出来る様になるとはなぁ」

魔法自体は失敗に終わったものの、セシリーは満足そうにしている。

どうやら彼女の機嫌を損ねる事は無かったようで誠一は一安心する。

「よし、取り合えず今日は雷撃を使えるようになるまで特訓だ!」

最早彼女には最初の冷酷な印象は無く、ただ自分の成長に喜ぶ上司という印象しか残っていない。

そんな彼女の様子を呆れた顔で見つつ誠一は練習に戻る。

そして彼が雷撃を覚える頃には夜も深まっているのであった。


セシリーとの訓練も終わり誠一は自室に帰ってくる。

食事は予め頼んでおいた通り、自分に付いた使用人が自室に用意してくれていた。

「訓練お疲れ様でしたセーイチ様」

どうやらこの国の名のある兵士には使用人が付けられるのだが、誠一の場合セシリーの案で使用人が付けられた。

誠一に付けられた使用人は初老の男性であり、短く切った白髪に深緑の目をしている。

背は170後半程の高さで柔らかな笑みが特徴であった。

「ガイル、何時もすまないな」

「いえ、使用人として当然の役目ですから」

ガイルと呼ばれた使用人は頭を下げ、変わらない柔らかな笑みを誠一に向ける。

食事を終えシャワーを浴び終え着替えると誠一はガイルを下げる。

外は夜の帳が下りており、住宅街からはちらほらと明かりが見える。

その町並みを見やりながら一ヶ月前、あの化物に遭ったことを思い出す。

セシリー率いる調査団の話によると、高位な召喚陣があの通路に組まれていたそうだ。

あれだけ巧妙に隠された召喚陣は魔王軍の仕業だと推測されていたが、魔王側にあれだけの事をする技術があるというのなら国を滅ぼさない理由が分からない。

「…考えるのはまた今度にしようか」

眠気を感じ誠一はベッドへと倒れこむように入っていく。

「…明日は魔法について調べるか」


夢を見た。

最初に大切なものを失った夢。

大きな火の手の前に泣き続ける一人の少年が見えた。

その少年は大人達の手で大切なものと別れを告げることになる。

夢から覚めるその刹那、炎の中で誰かが微笑む姿が見えた。


鼻孔をくすぐる香りに意識を覚醒させると、ガイルが丁度紅茶を入れ終わる所だった。

「おはようガイル」

「おはようございますセーイチ様」

眠気を抑えつつ誠一が挨拶するといい声で挨拶を返される。

暫くガイルと談笑をしつつ朝食を終えた誠一はいつもの仕事に取り掛かる。

机に紙束を取り出しその紙に記載された内容を黙々と読む。

その紙の筆跡は紙によって違い、様々な人達が要望を書き連ねたものである事がわかる。

要望は様々であるが大体が自身の生活の改善の為のものであり、誠一はため息を一つ付きつつ紙束をめくり続ける。

ふと一つの内容に目が留まる。

子供が書いたかのように拙い字ではあったが、特異なその内容に思わず目を凝らし見る。

「洞窟から響く不気味な声…」

洞窟から不気味な声が聞こえ、薬草採取に行く度にその声が聞こえてくる。

その原因を探り、有害ならば排除して欲しいという依頼だった。

「何故冒険者達に依頼を出さないんだ…」

この国には冒険者ギルドというものがあり、対価を払う代わりに大概の依頼は解決してくれる。

なのでこういった依頼は本来冒険者ギルド行きなのだが、最後の一文で彼はこの依頼書に違和感を持つ。

一ヶ月前に起きたあの化物の召喚事件に関与している可能性があるという。

事件は機密事項として処理されている為、あの件を知るものは限られているからだ。

それを知り、さらに依頼書として出す理由が分からない。

「一度セシリーに相談してみるか」

誠一はそう言いながら立ち上がると、セシリーの元へと歩いていく。

セシリーの部屋の前に着き扉をノックするが、返事がない。

此処へ来る前に所在を誰かに聞いておくべきだったと後悔し、立ち尽くしていると後ろから声が掛かる。

「やあセーイチ殿、セシリーの部屋の前で何をしているんですか?」

振り返ると重苦しそうな板金鎧を着込んでいる男性が居る。

身長は180後半程度の大きさがあり、威圧的な見た目とは裏腹に紳士的な態度が目立つ。

彼は三騎士の一人であり、リーダー役を担うアルバート・ベインズ・ウォルターという男性だ。

「アルバート様、セシリー様に相談したいことがありまして」

誠一がそういうとアルバートは手で顎を触り難しい顔をする。

「どうされましたか?」

「あぁ、実は朝からセシリーが見当たらないものでして」

誠一は驚いたような顔をすると、それを気遣ってなのか大丈夫ですよと笑いかける。

「あのセシリーの事です、どうせ街中をふらついているのでしょう」

呆れたようにアルバートがそう言うと誠一に向き直る。

「もし私でよければ相談に乗りますが」

「よろしいのですか?」

「ええ、勿論ですよ貴方は私達の仲間なのですから」

「なら、よろしくお願いします」

「では、私の部屋へ向かいましょうか」

セシリーの不在が少し気になったものの、誠一はアルバートと共に彼の部屋を目指すことにした。

アルバートの部屋の前に着くと、室内から声が聞こえてきた。

女性の声と男性とも女性とも取れる声が何かを言い争っている様だ。

「…少し待っていて下さい」

アルバートは顔に手を当て、一つため息をつくと自室に入っていく。

「あいったぁ!?」

「あだぁ!?」

部屋の向こうからさっきまで論争をしていたであろう二人の声が響く。

誠一が呆気に取られていると部屋の扉が開きアルバートが入室を促した。

部屋に入室すると部屋は綺麗に整頓されており、正に貴族が住む部屋という印象を受ける。

テーブルには四つの席があり、その内二つの席にはローブを羽織った女性と銀色の毛並みをした狼の様な生物が座っている。

女性は背丈から14歳程度と推測でき、その顔にも幼さが残っている。

狼のような生物はあまり歳を重ねている印象は無く、毛並みと相まって若々しく見える。

どちらも不機嫌そうな顔でアルバートを見ているが、彼女らの視線を物ともせずアルバートは席に着いた。

「さぁセーイチ殿、貴方も此方へ」

「は、はい失礼します」

促され空いているもう一つの席に誠一が座ると、対面に座った狼の様な生き物がブツブツと言い出す。

「全く、アルバートめ私を殴ることはないだろう」

先程の女性の声を出していたのは此方の様だった。

誠一はこの生物と対面したことが無く、また喋る狼を始めて見て驚き固まる。

「何だ小僧、ジロジロ見おって」

「魔法生物が珍しいんだろうよ、特にお前は特注品だからな」

狼は不機嫌そうな態度を取ると、左側に座る少女が意地の悪そうな笑みを浮かべ誠一を見ていた。

「あの、そちらは」

「あぁ、セーイチ殿はまだ面識がありませんでしたな」

アルバートが紹介をしようとするとローブを羽織った女性がそれを制す。

「私はアビゲイル、一応三騎士の一人だよ」

ニヤリと笑みを浮かべる彼女から、得体の知れない不気味さを感じる。

対面にいる狼のような生物とアルバートは呆れ顔をしている。

「悪いな、主人はこういう奴なんだ」

そう言うと狼はこちらに向き直る。

「私はリヴァル、見ての通り魔法生物だ」

リヴァルと名乗る魔法生物は凛とした表情でこちらを見据える。

書物を漁った際に魔法生物については知っていたが、直で見ると違うものだと誠一は思った。

魔法生物は契約を結び召喚された生物であり、普通の生物と違い魔法を行使可能である。

また、魔法生物には様々な種類が存在するがその召喚主と最も相性が良い者が召喚されるらしい。

書物に記述されていたことをぼんやりと思い出す。

「じゃあ召喚主は」

「あぁ、勿論私だとも」

誠一の言葉を引き継ぐようにアビゲイルが答える。

彼女は自慢したいのか自信ありげな声で語りだそうとするが、リヴァルがそれを嗜める。

「えっと、自分は」

「あー自己紹介なら要らんよ、セーイチ殿」

おどけた様にアビゲイルが答える。

彼女とリヴァルは既に誠一を知っているようでアビゲイルはニヤニヤとこちらを見ている。

「あの女のお気に入りらしいじゃないか、気の毒に」

わざとらしくそう言うと、この状況を見かねたアルバートは咳払いをする。

「自己紹介も終わったことですし本題に移りましょう」

「本題?」

アビゲイルとリヴァルは誠一の用件を知らない様で、アルバートに聞き返す。

「えぇ、セーイチ殿が悩んでいらしたので相談に乗ることにしたのですよ」

にこやかにアルバートが答え、視線を誠一に向ける。

誠一は手に持っていた一枚の用紙をテーブルに置き、経緯を話した。

「という訳で悩んでいたのです」

経緯を話すとアルバートは真剣な表情で考える。

「普通に考えれば罠でしょう」

「んまぁ、そうだろうねぇ」

アルバートの答えに同調するようにアビゲイルが声を上げる。

「何処で情報を手に入れたのかは分からないけど、恐らく反乱軍(リベリオン)の仕業だろうね」

反乱軍(リベリオン)?」

「ん?セーイチ殿は知らないのかい?」

アビゲイルは不思議そうに誠一を見て少し考えた後再び話し出す。

反乱軍(リベリオン)っていうのはこの国家に反旗を翻した馬鹿共のことさ、最初は城前で騒ぎを起こすぐらいの可愛いものだったんだがね…」

「近年では実害のある行動を繰り返して民の不安を煽っているとか聞いたな」

アビゲイルの言葉を引き継ぐようにリヴァルが口を開く。

「ほらこの前セーイチ殿が巻き込まれた事件、あれも反乱軍(リベリオン)の仕業じゃないかって噂が挙がるほど奴らは勢力を広げているのさ」

「取締りとかは行わないんですか?」

「出来ればよいのですがね…」

誠一の言葉に悔しそうにアルバートが呟く、どうやら痛いところを突いてしまったようだ。

「まぁともかく、恐らくこれは罠だろうけど…わざと掛かる価値はあるかもね」

「確かに上手く行けばこれを仕組んだ相手が割れるかもしれませんが…」

アビゲイルの言葉にアルバートは言葉を詰まらす。

「アルバート、アンタの考えも分かるけど上手く行けば反乱軍(リベリオン)に大打撃を与えれるんだよ?」

「ですが、あまりに危険でしょう…」

「大丈夫、私にいい考えがあるの」

アビゲイルは怪しく微笑むと誠一に向き直る。

「ねぇセーイチ殿、この件貴方に調査を任せたいの」

「えっ」

突然の事に誠一は驚きの声を上げる。

アビゲイルを除いた全員がその場で目を見開き固まっていた。

「あ、貴女は何を言ってるのか分かっているのですか!?」

アルバートは取り乱し大声を上げるが、彼女は気にも留めず話を続ける。

「確かにこれには危険が伴うわ、でもね」

そう言いながらアビゲイルはキスが出来そうな距離まで詰め寄り、ローブの下から覗く二つの赤黒い瞳がこちらを見据える。

アビゲイルが次に口にした言葉は、誠一を動かすのに十分すぎる言葉だった。

「”貴方にしか出来ないの”」

誠一の脳内にその言葉が響く。

お前は生きる価値が無い

あのときの言葉と今言われた言葉が頭の中をかき乱す。

自分を必要とされた。

ただそれだけ、他人から見ればその程度の事と吐き捨てる者も要るだろう。

しかし誠一にとってそれは特別な意味を持っていた。

自分の居た世界で拒絶され、必要とされていなかった誠一には自分が必要とされるのは何よりも嬉しかった。

「わかりました、この件私が追います」

アビゲイルの目を見てそう返答すると、彼女は弾かれた様に誠一から離れる。

「セーイチ殿!?」

アルバートには予想外の事だったのだろう、酷く狼狽しており先程までの余裕は無くなっている。

「調べ物をするので、自分はこれで」

そう言い誠一は席を立ち部屋を後にしようとする。

「待って下さいセーイチ殿!」

アルバートが静止しようと肩を掴む。

振り向いた誠一の目にアルバートは、心臓を掴まれた様にピタリと動きを止めた。

その目は曇り無く淀んでいた。

自分の存在意義を提示する為なら命すら厭わない。

正気と狂気の境目すら失った目を見て、思わずアルバートは掴んでいる肩を離す。

誠一はアルバート達に向けて一礼をし、部屋から出て行った。

「アルバート、アンタも気が付いたみたいね」

「…えぇ」

アビゲイルからは先程までの怪しい笑みは消えていた。

アルバートは俯いたまま行く手を失った手のひらを見つめている。

「あんな死にたがり、見たこと無いね」

彼女は呆れた様にそう言うと席を立ち部屋から出て行った。

リヴァルはアルバートに頭を下げアビゲイルの後を追うように部屋から出て行く。

アビゲイルは廊下を歩きながら考え事をしていた。

「…リヴァル、暫くセーイチを監視してくれない?」

「監視か…構わないが何故?」

「アイツ、怪しいんだよ」

「怪しい?」

リヴァルは主の言葉に首をかしげる。

「あぁ、アイツには不審な点が多すぎる」

「不審な点?」

「まずあの年齢でありながらこの世界について無知すぎることだ」

「王国の隅の片田舎出身と言ってたし、偶然じゃないか?」

「それにしても魔法等の知識が乏し過ぎる…」

「それと一番不可解な点はアイツの力だ」

「バランスの取れた平均値だが?」

「それだよ、あまりにおかしすぎる」

「それはどういう?」

「お前は生まれたての赤ん坊が冒険者並みの平均的な力を持っていたらどう思う」

「…不自然だな」

「そういうことだ、アイツは生まれたての赤ん坊と同じくらいの状態なんだ」

「蘇りか?」

「それも違う、一番似合うのは…そう転生だ」

アビゲイルは真剣な表情のまま語り続ける。

「冒険者としての経験も無く、戦闘や魔法に関する知識すらないのにあれだけの力を持つ…まるで」

「神がそうあるように作り出した?」

「そう考えでもしないとやってられんな…もしくは世間知らずな稀代の天才だな」

アビゲイルは失笑しながらリヴァルの言葉に返す。

「まぁとにかくアイツは現状要注意人物だ」

「そういえばアルバート殿が怯えていたがあれは?」

「あぁ、それは至極簡単な事だ」

リヴァルの質問にいつものおどけた様子でアビゲイルは答える。

「アイツはな、”自分の死をなんとも思ってないヤツだ”」

そう語る彼女の目からは、恐怖の感情が読み取れた。

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