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プロローグー邂逅ー

今回が初投稿であり、連載小説として投稿させて頂きました。

まだこの形式での投稿に慣れていない為、誤字脱字やミス等が目立つと思います。

ミス等は発見又は報告され次第修正させて頂きます。

長々と申し訳ありませんでした。

それでは、本編をお楽しみ下さい。

お前には何も無い。

誰もお前を愛することは無い。

お前は生きる価値が無い。

彼は椅子に座りながら、酷く出血を続ける左腕を肘掛に乗せる。

「腕が重いな…」

彼は背もたれに寄りかかり、同じ言葉を頭の中に巡らせる。

お前には何も無い。

「痛みも意識も薄れてきた…」

誰もお前を愛することは無い。

「あぁ、でも一つだけやり忘れた事があったな…」

お前は生きる価値が無い。

「サクラの…墓参り…」

彼の意識は段々と薄れていき、その視界は黒く染まっていった。


彼が次に意識を覚醒させた場所は、辺り一面に暗闇が広がる世界だった。

暗黒を切り取ったような世界だが、彼の居る場所のみスポットライトに照らされているかのように明るい。

「ここは死後の世界か?」

途方にくれる彼に向け、厳かな雰囲気を感じさせる声が聞こえた。

「ここは審判の間であり、死した者が裁かれる場所です」

声が聞こえた方へ彼が振り返ると一人の美女が立っていた。

天女の様に美しく可憐な容姿をしているが、その容姿にそぐわない巨大な杖を地に立てている。

歳はおおよそ20代前後だろうか、身長は標準程度であるがヒールの様な靴を履いている為若干背が高く見える。

「君は、閻魔か何かか?」

彼はその美女を一瞥し、少し気だるそうに問いかける。

「私は閻魔と言うものではありません、私は貴方に分かる様に言えば伝令役です」

美女は無表情のまま坦々と説明口調で語り始めた。

「この審判の間では死亡した者を裁く場所であり、生前に行った行動で貴方の魂の行く先を決めます。」

「私達の主が決めたことは絶対であり、貴方はそれに逆らうことは出来ません」

「では主の決めた裁きを貴方に伝えます。」

捲し立てるように一方的な言葉を押し付ける彼女に対し、彼は困惑する。

「待て、少し待ってくれ」

しかしその願いは聞き入れられる事は無く、無慈悲にもそれは宣告された。

「渡辺誠一さん、貴方は別の世界で自害した罪が赦される功績を挙げて貰います」

渡辺誠一、そう呼ばれた彼は驚いたように目を見開く。

「何だそれは、死んだら地獄に行くとかじゃないのか」

彼女は尚も表情を変えずに淡々と語る。

「貴方は自害という罪を犯しました、その罪を償う為に貴方にはとある世界で功績を挙げて貰います。この行為を行わない限り、貴方の魂を元の世界で循環する事は出来ません」

誠一は引きつった笑いを浮かべ、失笑気味に話す。

「別に俺は生まれ変わりを望んでいるわけじゃ」

「貴方の意思は関係ありません。これは世界の理であり、貴方達人間の為すべき義務です」

誠一の言葉を遮り、冷たく言い放った彼女は一枚の紙を誠一の前に差し出した。

「貴方はこれより、この世界で起きている問題を解決してもらいます。」

差し出された用紙に綴られていた内容は、誠一を驚愕させるには十分すぎるものだった。

魔道世界(グリムワールド)の脅威となっている魔王を討伐し平穏を取り戻せ’

「俺に世界を救えって言うのか、無理を言ってくれる。」

用紙に綴られていた内容を見た誠一は呆れた様な仕草で問う。

「ご安心下さい、貴方の身体能力はこの世界の平均的な冒険者程度には強化されます」

「馬鹿げてる…本当に」

「では、貴方の贖罪の旅路に多くの苦難と祝福があらんことを…」

そう言うと彼女は何かを呟き始め、それと同時に誠一を光が包み込み始める。

やがて誠一はその光の眩しさに目を閉じ、やがてその光に意識も飲み込まれていった。


混濁した意識の中、風が草木を撫でる音と小鳥のさえずりが聞こえる。

誠一が目を覚ますと、カチャリと金属が何かに当たった音がする。

上体を起こすと、自分が皮鎧に金属のプレートをあしらえた装備をしていることに気付く。

周囲を見渡してみると辺りは草原になっており、温かい日が身を照らし優しい風が吹いていた。

立ち上がり周りを見るが、建築物らしい物は一切見当たらない。

鎧や篭手という防具を身に纏っているが不思議と重さは感じず、腰には金属製の剣があるが重量感があるだけで問題なく動けそうだ。

「あの女の言っていた通り身体能力は本当に向上しているんだな」

誠一は試しに剣を抜き構えてみると、金属特有の重さはあるが振るうには問題は無い様だ。

剣は触れてみるとそれなりの厚みがあり、多少の衝撃では折れることは無さそうだ。

「さて、どうしたものかな」

誠一は剣を鞘に収め周囲を再度見渡す。

すると一本の道を発見する。しっかりと舗装されている道で長い一本道になっている様だ。

「行く当てもないし道を辿ってみるか」

そうして誠一は装備の確認をしながら舗装されている道を歩いていると、遠くから僅かながら地面を鉄で叩くような音が響いてくる。

どうやら遠くから馬のような生物が走ってきており、その姿を誠一は捉えることが出来た。

非常に馬に似ている生物ではあるものの、頭頂部には尖った角のようなものが見える。

近づいてくるにつれ、その全容が見て取れるようになれる。

見た目は誠一の記憶にある馬に似ているが頭頂部に大きく尖った角が一本生えており、顔と胴体を覆うように金属製の鎧を纏っている。

馬のような生物には一人の西洋鎧を着た人が跨っており、体型等から見るに女性である可能性が高そうだ。

その人物は誠一の前で止まり兜を外しその素顔を見せる。

「貴様は何処の国の者だ、此処で何をしている」

短く纏まった金髪と、日に反射して輝く蒼い瞳が特徴の女性は誠一を睨み付ける様に冷たく言い放った。

当然のように自分の知っている言語を喋る女性に少々不審さを抱きつつも、誠一はその女性に向き合った。

「あー…すまない気分を害したなら謝る、俺は渡辺誠一だ。旅をしている者なんだが迷ってしまってな」

誠一はその女性の威圧に少々押されるが、咄嗟に思いついた嘘を並べる。

「旅人だと…その割に随分と貧相ななりをしているな、まるで野盗の様だが」

女性は誠一を訝しげに見ながら腰に携えた剣に手をかける。

「野盗じゃない、信じてくれ」

「どうも怪しいな、貴様を連行し魔術師共に調べさせるとしよう」

女性は剣に手を掛けるのをやめ、何かブツブツと唱え始める。

「何を」

誠一は最後まで言葉を言い切ることは無く、突然頭部に衝撃を受け意識を失った。


誠一が意識を取り戻すと頭部に鋭い痛みが走る。

痛みを抑えつつ立ち上がろうとすると、金属を引きずるような音が足元から聞こえた。足元を確認すると足枷が付けられており、足を動かそうとしても思うように足が動かない。

部屋全体を見渡すと牢屋のような場所に閉じ込められている事が分かり、耳を傾けると自分以外にも何人かが別の部屋に収容されている様だ。

どうやら身に付けていた装備品は回収されてしまった様であり、代わりに囚人服を着せられている。

「あの女に関わったのは失敗だったか」

顔をしかめ後悔の念を言葉に乗せ呟くと、それに呼応したかの様に奥から金属の擦れる音が聞こえてきた。

「随分な物言いだな旅人」

先程の呟きを聞いていたのか、誠一を此処に閉じ込めた張本人が目の前に現れる。

「無実なのに此処に閉じ込められたらそう言いたくもなるだろう」

呆れた様な物言いで女性を見ると彼女は牢屋の鍵を開けていた。

「お前が野盗でないことは確認済みだ。何処へでも行くといい」

「そいつはどうも、装備は何処に?」

女性が目配せをすると隣に居たローブを着た男性が反応する。

「付いて来い」

ローブを着た男性に付いて行くと自分の装備があり、装備を一通り付け直すと建物から追い出される。

追い出された建物は煌びやかな装飾がされており、この町で一番大きな建物かもしれない。

「でかい建物だな、城なのだろうか」

城を基調とした色で組み上げられたレンガは美しく、窓から僅かに覗ける室内は豪奢な装飾が施されているのが分かる。

周囲を見渡してみると裏通りであるにも拘らず、人通りが多くこの国が大きいものであると実感する。

「義務なんて放っておいても構わないん」

「キャアアアアアアアアアア!!」

誠一の言葉を遮るように大きな声が響き渡る。

悲鳴を聞きつけて周囲の兵士達がその悲鳴の合った方向へ向かう。

暫くして奥から金属同士がぶつかり合う音が聞こえてくる。

「関わりたくないが…様子見だけするか?」

誠一が様子を見に向かうと、そこには想像を上回る惨状が広がっていた。

何の変哲も無い住宅街。

しかしそれはおおよそ誠一の知る住宅街の光景とは違った。

辺りに散らばる人であった欠片。

折れた剣は持ち主の手に戻ることは無く、虚しく地面に転がっていた。

普通の死に方ではないというのは見て分かるが、それよりも目を引くものが誠一の前に立ちはだかる。

四足で歩行しながらゆっくりと迫り来る生物は深い黒色の毛に覆われており、その奥に光る瞳は赤黒く血走っていた。

誠一の知る生物の中で最も近い生物を挙げるならば犬だろうか。

しかしその大きさは当に人の愛玩動物からは外れるほどであり、本来であれば愛らしく振られているであろう尾は金属のような光沢を持ち、人を切り裂くのは容易に見て取れる。

誠一は恐怖に支配されかけるが、咄嗟に腰に携えた剣を構える。

「聞いていないぞ…こんなこと」

誠一の体は自分が初めて見る恐怖に怯え、震えに金属の小さく擦れる音が聞こえる。

しかし誠一の本能はこれから逃げることを拒否していた。

いや、拒否していたのではなく自分が逃げ切れないことを理解していた。

剣を捨て背中を見せれば間違いなく自分は地面に散らばった死体達と同じようになる。

なら自分が取れる行動は一つだけだった。

「逃げる隙をどうにかして作るしか無い…」

誠一は意を決し自身の恐怖を押さえ込む。

その次の瞬間、風を切る音と同時に金属が擦れる音がする。

「っ!!?」

腕に伝わる衝撃の正体はそれが放った尾だった。

捉えることすら出来ない速さで繰り出された一撃は、首を捉えず手に持った剣に直撃する。

尾に当たった部分は金属が欠けており、当たったら一溜まりも無いだろう。

バシィンと大きくしならせた尾で地面を叩き、血走った目を細めながらそれは再度こちらに狙いを定める。

「何あれ…」

ふと背後から声が聞こえた。

逃げ遅れか、異変に気付かなかった鈍感か。

「どちらにせよ利用出来そ…」

誠一はそちらも見て絶句した。

その少女は、誠一の記憶にある人物と瓜二つだったからである。

栗色の髪は後ろで纏められており、整った風貌から覗く大きく見開かれた二つの瞳。

「サクラ…」

ぼそりと誰とにでもなく呟いた言葉、それを理解するものは自分以外いないと分かっている。

それでも誠一が驚愕するのに値するには容易な事だったであろう。

そしてその隙を捉えたそれは尾を振るい、誠一を凪ぎ伏せるように叩く。

「ガッ!?」

為すすべも無く地面へと叩き伏せられた誠一は、自分の体内で何かが潰れる音がした。

「ぐっ…ぎっ」

動くことすら儘ならないどころか、碌な言葉も発せ無いまま拳を握りこむ。

自分はここで死ぬ。この世界でも何も為せないままに。

段々と消えていく意識の中誰かの叫び声と肉の裂ける音が聞こえた。


「ん…」

誠一が目を開けると見知らぬ天井が見える。

木造の作りになっており、視界の端で少しだけ揺れるランプの炎がゆったりと誠一を現実へと引き戻していく。

「ここは…つっ」

上体を起こそうとするが、体中に鋭い痛みが走りそれを妨げる。

寝たまま周囲を見渡すと一組の机と椅子に本棚、視界をずらすと小窓が付いており外は夜の帳が下りていた。

自分はあの後一体どうなったのか、あの化け物は、あの少女はどうしたのか。

様々な考えが誠一の頭を巡るが、それに答えを返してくれるものなど居るはずも無くまた深い眠りへと誘われるのであった。

夢を見ていた。光をくれた一人の少女の夢を。

サクラ

全てを失った自分に手を差し伸べてくれたただ一人の少女。

そして、自分が惰弱であるが故に守れなかった少女。

その少女に手を伸ばすことも出来ないまま、やがて意識は急速に覚醒してゆく。

次に誠一が目を覚ますと部屋全体が明るくなっており、窓からは太陽の光が差し込んできている。

ゆったりと意識を覚醒させ、上体を起こそうとすると身体に痛みが走る。

しかし昨晩ほどの痛みは無く、痛みに顔をしかめつつも起き上がることが出来た。

何か夢を見ていたかもしれないが誠一は覚えておらず、それを思い出すことも無かった。

自分の身体を見てみると上半身はこれでもかと包帯に巻かれており、動きを若干阻害するほどだ。

しかし、あの化物を相手にして路上に広がっていたあれらと同類にならなかったのは、せめてもの救いだろう。

「…昨日は異常なほど濃い一日だったな」

そう言いつつ昨日の出来事を一つ一つ思い返していく。

頭の中を整理していたその時、部屋のドアがガチャリと小気味いい音を立てて開く。

「あっ、お目覚めになられたんですね」

そう言いながら部屋に入ってきたのは、あの化物と対峙した際に遭遇した少女だった。

「お前は…俺を助けてくれたのか?」

少し言葉に詰まりながらも誠一が聞くと、その少女はいえいえと首を振る。

「私は貴方を看病するようにと三騎士様から仰せつかっただけで」

「三騎士?」

聞きなれない単語に思わず言葉を反復してしまう。

「三騎士様をご存じないのですか?」

すると少女は驚いたような仕草を見せ、少し訝しげな表情で誠一を見る。

「あ、いや少しボーッとしていただけだ」

その表情を見て疑われることを警戒し、咄嗟に思いついた嘘を吐く。

誠一は今回ばかり虚偽をはき続けて生きていた自分に感謝していた。

「そうですか…あまり無理しない方がいいですよ」

「あぁ、心配をかけてすまない」

少女はさっきと打って変わって心配そうに誠一を見る。

どうやら彼女は人の言葉をそのまま捉える人間の様だ。

「そういえば自己紹介がまだだったな、俺は渡辺誠一だ」

「あ、私はクラリッサ・グリム・アヴィです」

半ば強引に話題をそらせつつ自己紹介を終えた二人は手を握り合う。

「珍しい名前ですね、セーイチさんこれから宜しくお願いします」

「そうか珍しいのか…よろしくクラリッサ…でいいか?」

「はい、皆からもそう呼ばれているのでそう呼んで頂けると」

互いの呼び方を決めた矢先、部屋の外から声が響く。

「自己紹介は済んだかクラリッサ」

誠一はこの声に聞き覚えがあった。

自分を突如牢屋に閉じ込め、謝罪も碌にせずに牢屋から叩き出した女。

その女が扉に寄りかかりながらこちらを見ていた。

「お前は」

「お前じゃない、私はセシリー・ブラックバーン・ボガードという名がある」

誠一の声を遮るように高圧的な態度でその女は名乗った。

誠一を見るその瞳は相変わらず冷徹であり、少しでも変な気を起こせば殺さんとする目だ。

「セシリー様!」

セシリーと名乗った女を見るや否や、クラリッサは表情を綻ばせる。

「様付けしなくていいと言っているだろうクラリッサ」

セシリーも同じように顔を綻ばせ口調を和らげる。

「ですがセシリー様は三騎士様の一人、私の様な一般人がその様な不敬な態度を取ることはできません」

クラリッサはオーバーリアクション気味に首と腕を横に振る。

「それで、セシリー様は何の御用で?」

誠一は敵意をあからさまに剥き出しにしながら問いかける。

「あぁ、そうだ忘れるところだったよ」

セシリーはニヤリと不敵な笑みを浮かべながら誠一へと振り返る。

「はいこれ」

そう言って一枚の用紙を誠一に渡してくる。

そこに書かれていたものは自分の知っているものと若干の違いはあるものの、それは請求書のようなものだった。

「お前の治療に掛かった費用と装備品の修復等に掛かった分の金だ」

その用紙には金貨500枚と記載されている。

「…これを支払えと?」

「あぁそうだとも」

誠一が聞き返すとそれが当たり前だと言うように返される。

「今は持ち」

「持ち合わせが無いのは当に確認済みさ」

セシリーはこの状況が愉快だと言わんばかりに笑いながら言葉の先回りを行う。

クラリッサは誠一の手元を確認すると驚愕する。

「これ…セシリー様!?」

クラリッサの反応からセシリーの出したこの請求書の金額は、治療費と修繕費としては高額すぎるのだろう。

それでもセシリーは愉悦を抱えた笑みを止めずこちらを見据えている。

「まぁだが私も鬼畜ではない、取引をしようじゃないか」

「取引?」

突然の提案に誠一は驚愕する。ただ彼の人生を壊す為なら無理矢理でもこの請求書に同意させれば言いだけ、しかしこの状況で取引を持ち出す彼女の思考が彼は一切理解できなかった。

「そう、その取引に応じるならその請求書を無かったことにしてやる」

「…内容は?」

「取引に応じるか応じないか、どっちだ?」

突然の取引の提案は怪しいが、現状この状況をやり過ごすにはその取引を受け入れるしかない。

しぶしぶではあるが誠一は取引に応じることにした。

「分かった…取引に応じよう」

「よし!それでいい!」

その返事を待っていたと言わんばかりにセシリーは誠一の持つ用紙を取り上げ、破り捨ててしまった。

「さて、それじゃあ…さっさと怪我を治さないとな」

セシリーが何か唱え始めると誠一の身体を温かな光が包んだ。

それと同時に身体から響き続ける鈍痛のような痛みは消え、身体が軽くなった様な感覚を覚える。

「何をしたんだ?」

「ただの回復魔法さ、さぁさっさと着替えて付いて来な」

セシリーはそう言うと背を向け歩き出す。

誠一は不信感を抱きながらもクラリッサに礼をし、手早く着替えを済ましセシリーの後を追う。

どうやら誠一の泊まっていた場所は宿屋のようであり、建物を出る前に一枚の写真を見つける。

それはクラリッサの幼い頃の写真の様であり、左右には両親と思わしき男女が笑顔で写っている。

しかし両親と思わしき人物とはすれ違っていない。

だがそれについて思考する前に外からセシリーの声が掛かる。

誠一はそれに返事を返しその宿から出て行った。

振り返り宿の外観を見ると古めかしいが趣があり、花壇に植えられた花々は綺麗に咲き太陽の光を浴びている。

「来たか、では早速城に向かうとしよう」

「それで、取引の内容をそろそろ教えて欲しいんだが」

そう言いながら城へ向けて歩を進め始めたセシリーの一歩後ろを歩く誠一は、訝しげなものを見る目で問う。

「取引の内容は至極簡単だ、お前は私直属の部下になってもらう」

「…は?」

意外すぎる取引の内容に思わず誠一は間抜けな声が出てしまう。

自分はこの世界において平均的な冒険者程度の実力しかなく、特別な力を持っているわけではない。

特別な武器を持っているわけではなく、全てにおいて初心者みたいな者を自分の部下にする理由が分からない。

「何故だ?俺よりも優秀な奴なんていくらでも」

「あぁそうだな、ただ優秀な奴が欲しいならお前以外を採用するだろう」

「……」

真実ではあるが、他人からその言葉を言われて不快にならないと言う人間は少ないだろう。

誠一もまたその大多数と同じ様に不快であるように唇を噛む。

「だがお前でなければいけない理由がある」

「…?」

「お前には成長する見込みがある。それだけの力を持っておきながら、お前はまだ一切成長していないからだ。」

「どういうことだ?」

その答えの意図が理解出来ず、誠一は思わず聞き返す。

「お前の能力は平均的だ、だがそれに至るには成長する必要性がある。生まれ持った特異体質で一部の能力が高いというのは珍しくもない話だ。だがお前は突飛した能力もなく、全てにおいて平均的でありながらここまでの成長性を秘めているという前例は見たことがない。」

だからお前を選んだのだと彼女は語る。

誠一はその言葉の全てを理解するに至らなかったが、自分に何かしら特別な物があるという考えに至るには十分であった。

「成る程、それで部下になって俺は何をこなせばいいんだ?」

「簡単なことだよ、私の足代わりになってくれればいい」

「足代わり?」

「分かり易く言えば私がわざわざ出るまでもない瑣末事、それをお前に任せたいのだ」

それから城に着くまで半ば愚痴の様な物を聞かされ続けた。

どうやら彼女は三騎士というこの国を守る三人の猛者の一人であり、その地位に就いているが故に様々な悩み事を市民から相談されるそうだ。

だがその多くが冒険者達に依頼すれば済む程度のものであり、面倒を感じていると語っていた。

「着いたな、ようこそエルシエル城へ」

そう言いながらセシリーはこちらへ手を差し伸べる。

「あぁ、これから宜しく頼む」

こうして誠一の物語は始まりを告げた。

自分の罪を洗い流す為の贖罪の旅で様々な人物と出会い、やがて彼は成長していくだろう。

どうか彼の旅路に多くの苦難と祝福があらんことを…。

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