うちの猫は長靴を履かない。 毒を吐く。
「マグロ、少しあげようか?」
気まぐれで猫に声をかけた。
「猫への侮辱だな。
自力で魚を取る猫はいない。
盗る猫はいるがな。
猫に魚というのは、ステレオタイプであろう。
この身が猫でなければ、告訴しているぞ」
猫はお気に入りのクッションに寝転んだまま、起き上がりもせずに言った。
「マグロの刺身を少し分けてやろうとしただけで、すごい言われようだ」
別に、こいつにやろうと思って買ったわけではない。
ただ、エコバックから出した時に、世間話として振っただけだ。
「無理して食べさせるつもりはないから、いいよ。
私が全部食べる」
そして、普通に冷蔵庫にしまおうとすると、猫がさっと足元までやってきた。
「どうしたの?」
「猿どもは、仲間に食べ物を分け与えると聞く。
万物の霊長を自称する者よ。
今こそ、猿よりも度量が大きいことを示すチャンスだぞ」
「富を独占することこそ、人類の進化だよ」
「お前のその、自分さえ良ければいいという考え方がダメなのだ。
いいか、私を苦しめているのではない。
地球を苦しめているんだぞ」
「うるさいな、地球なんか興味ないくせに。
ビー玉くらいでしょ。
お前が興味あるのは」
「然り。それが猫というものだ」
自慢するように私を見た。
可愛い。でも負けない。ここで躾けなければ、どこまでも増長するだろう。
「だいたい、最初はあげようとしたのに、お前が断ったんじゃん」
「チッ、私の額より器が小さいな。
ただのお茶目というものだろうに」
「天邪鬼め。
わかった、あげるよ」
許可を出すと、猫は、ジャンプして壁を蹴り、マグロの入ったトレイを奪った。
「ちょっと‼︎」
そして、ラップに猫パンチで穴を開けると、マグロを両手で抱え込み、全部食べた。
こいつ、一気に全部食べやがった。
呆然としていると、奴が笑った。
「猫の、いや、動物の特権を行使した。まあまあの味だったぞ」
「お前の体にも悪いんだぞ。
人の食べ物の食べ過ぎは」
「ふん。
未来を気にして、目の前のご馳走を食べないのは、人間だけだ。
未来があるとは限らないのに。
ご馳走があれば食べる。
それが猫というものだ」
そう言い放った後、猫はお気に入りのクッションに、ゴロンと横になった。
ムカっときた。
腹いせを兼ねて、
『猫 漁』
とネットで検索してみる。
検索結果は、あった。
スナドリネコってのが、魚をとるらしい。
「泥棒猫くん。
いたよ、魚をとる偉い猫が」
「ふっ。さぞかし魅力ない猫なのだろう。
賢い猫は、人から魚を貰うものだからな」
猫は言い放つ。
「あんたは奪ったけどね。
あんたも魚をとる練習をしたら?」
「そんなことをしなくても、魚を食べることはできる。
そもそもよく考えよ。
本当にその猫は実在するのか?
その箱で調べた結果を鵜呑みにし、知識をひけらかすのは愚かな証拠だ」
「何言ってんのさ、写真や動画もあるんだよ。見る?
結構かわいいよ」
「それが本物であると、どうして信じられる。
映像などいくらでも作れるのだろう?
お前を騙すために作られた嘘かもしれない」
「私を騙してもしかたないでしょ」
「少なくても、私は楽しいぞ」
たぶんこの言葉は、この猫にできる、最大の愛情表現だろう。
こんな言葉一つで、夕飯が一品減ったことを許すなんて、大概、私はバカだ。
でもしょうがない。
ウチの猫は可愛い。
多少の口の悪さや手グセの悪さは許してしまう。
長靴は履いてないし、私のために働くことはないけど。
ただいるだけで癒しになる。
たとえ毒を吐いても。
最後までお読みいただきありがとうございました。
*この話はフィクションです。