15.
ぱしゃ、ぱしゃ……。
遠い夢の底から引き上げられるように眠りから浮上した私は、水の音を耳にしてそっと身体を起こしました。……まだ少し、目の奥が重く、身体が気だるく、私はふぅ、と息を一つつきました。……何度も、何度も、繰り返し繰り返し見た、過去の夢。精霊の私に母といえる方がいるだけでも奇跡的に異質なことなのに、水神様は決して私を異質扱いされなかった、精霊の世界でも特殊な環境にあり、年近い同胞も居たのにもかかわらず、馴染めなかった子供のころの自分。孤独を深めて透明な音のみが希望だったあの頃。思い出すと苦いものが胸にこみ上げてきます。私はそういった意味で、精霊の世界でははずれもの、異質、異端、気味が悪いと遠ざけられていたのです。勿論、禁忌である人の世に飛び出してしまった私は更に周囲に嫌がられる存在となりました。母と近しく呼ぶことを許されていた水神様の美しい額のうろこと薄い紫水晶の優し気な瞳は今でもずっと忘れないままです。暫く夢のなごりに意識をもっていかれていた私は、はっと目をまたたき、同時にあることを思い出して一気に毛が逆立った猫のようにビビッと身体をはねさせると、ぱっと、青年が眠っていたベットを真っ先に見ました。
……すると、青年はいなくなってしまっています。私の使いの水玉の子たちもそこにいなくなってしまっていました。一瞬にして頭がフリーズしてしまい、一気に血の気が下がった私の耳元に楽し気な声が聞こえてきました。
「……ははっ。くすぐったいだろう!やめろよ!ははっ。へぇ、これが、シャンプーの代わりで、これがリンスなのか……?ああ、ごめん、わからないよな。ははっ。首をかしげてかわいいなぁ」
……随分楽しそうです。水のぱしゃぱしゃ跳ねる音と、水玉の子たちの楽し気な笑い声や、きょとんとしたような不思議そうな声やらで、一種ハーレム状態の水浴びをしている青年の姿がそこにはありました。
水玉の子たちは、私の使いの子たちなので、皆、女の子なのです。勿論、とてもとても小さいですけれども。
青年の声は、やっぱり、とても耳に心地よく、柔らかな声質で私はとても気に入っているのですが、その声が私にではなく、水玉の子たちに向けられているのを目にしたとき、思わず涙目になってしまったのは絶対に秘密です。私もあちらに交じりたいなんてすねたように思ってしまって、一瞬でそれを真っ赤になって否定したのも絶対に秘密です。私は絶対見ないぞ。とくるりと青年側に背中を向けました。
……とたんに、自分の水色の髪が少しごわついていることに気づいて、恥ずかしさで真っ赤になってしまいます。まさか青年に自分自身の姿を見られるなんて予想もしていなかった私は、髪の手入れも数える程しかおこなっていなかったですし、身を清めることはしていましたが、こんな姿を青年に見られるなんて、穴があったら入りたいくらいの恥ずかしさです。一瞬でゆでだこのようになった私は、青年に気づかれないようにそっと洞窟から外にでると、近くの湧き水で水浴びをして身を清めることにしました。
この水は聖水で、私の疲労や傷なども治してくれますし、心のセラピーにもなりますし、何より、この聖水に浸ると髪に潤いが戻るのです。
いつもより念入りに夢中になりながら身体を洗い、聖水に髪を浸していると、
「……!えっ」
という、慌てたような、息をのんだような、驚いたような声が後ろから聞こえ、
思わずびくっと猫が毛をさかだてて目を見開くような感じになって後ろを振り向くと、そこには青年がいました。
なんでここに、とか、そういうことを思う前に、私は、完全に青年に目を奪われていたのだと、思います。
清廉な朝の光に照らされた青年は、無精ひげもごわごわの髪も、眉も、整えられ、隠れがちだった切れ長の目も青年の雰囲気に合わせてすばらしいバランスで整えられた髪によって美しく露出され、身体は清められ、(私はここで初めて、青年の身体が筋肉質であることをしりました。むき出しになった鎖骨がセクシーで、のどぼとけも男らしくて)象牙のような肌はしっとりとしていそうでした。
こくりと思わず喉をならしてしまい、変態みたいにぶしつけにまじまじ見てしまった!と気づいた私は、真っ赤になって、何か言わなきゃ!と心の中は大変忙しい状態のまま固まっていたら、青年の方がふいっと私から目を背けて、それに地味に傷ついていると、
青年がたまりかねたように口にしました。
「……あの、俺、いや、僕としては、ラッキーいえ、眼福、いえ、えーっと、なのですが、出来れば僕の心の平穏のためにあの、身体を隠していただけると……」
青年は、耳まで真っ赤にして、何かごにょごにょいっています。
私は、青年の言葉に一瞬考えた後、自分の姿を見下ろして、
「きゃあっ」
と言ってしゃがみこみ、水色の髪で自分の姿を隠しました。
恥ずかしさで涙目で、青年を見上げながら、
「……み、みましたか……?」
と、小さな声で尋ねると、青年はビクッと大きく身体を揺らし、その後取り繕うように棒読みで答えました。
「いえ、みてないです」
……恥ずかしくなって、自分の失態に涙目になったのはあまり経験なくて、私の方がずっと年上なのに、年上の威厳も全く見せられないですし、私は青年と出会ってから、今までの私ではないみたいです。調子をくずされっぱなしです。かっこ悪いと随分落ち込みました。




