6.Nobady there.
気づいた時には、夕方の薄暗さが辺りを包んでいた。
だるい身体を起こすのをあきらめて、目だけで辺りを警戒する。
なんのことはない。そこは、あたしの部屋だった。
床の上に丸まっていた体を寝返りの要領であおむけにしようとして、軋むように痛む体に眉をしかめる。
体の下になっていたせいか感覚の麻痺した右手をなんとなく見やれば、ケータイから引きちぎったらしいクマのストラップが握り締められていた。
見れば、その手も腕も傷だらけで泥だらけだった。
自分がどうやって帰ってきたのか、よく分からなかった。
記憶は、大きな穴の前で叫んだところで途切れている。
ただ、誰にも出くわさなかったことだけが、奇妙に頭に残っていた。
そう。
かろうじて残っていたコンビニにも、交番にも、学校にも、病院にさえ。
だれも、いなかったのだ。
ぶるりと身体が震えた。
部屋に渦巻く寒気に耐え切れなくて、布団に寝転がる。
6月も半ばをすぎたのに、どうしてこんなに寒いんだろう。
体中から暖かさが抜けていくような気がして、目を閉じることすらできずにあたしは身体を丸めた。
少しずつ痺れてきた右手がにぎったままのクマの感触と、左手のすぐそばに転がった腕時計の音だけが、妙にリアルだった。
ぼやけかけた視界に白い色が映る。
布団のすぐそばに投げ出されていた箱のようなそれは、よくよく見つめていればラジオ以外の何ものでもなかった。
買った覚えのない携帯型のラジオに、あたしは震える左手をそっと伸ばした。
「・・・何年ぶり、だろ。」
ラジオに触れるだなんて。
期待と、不安。
半分ずつの指先で、スイッチを入れる。
ノイズ、ノイズ、ノイズ・・・
忌々しさに衝き動かされるまま、左手がラジオをつかんだ。
窓の外にでも放り投げてしまおうとして、持ち上げたところで思い直す。
・・・情報源に、なりうる物だ。
こんな簡単に、壊してしまっていいわけが、ない・・・
思いながら、できうる限りそっと、ラジオを床に置く。
こんなときばかり常識的なことを考え付く自分が、馬鹿らしくてならなかった。
「ハ……アハハハハハハッ」
乾いた笑いが、体を支配する。
無意味さが、私をとらえて離さなかった。
部屋の外の惨状を思えば、もうできることなど何一つないような気がして。
壁に体を預けたまま、止まらない笑いに身を任せる。
電話はつながらなかった
電気もガスも水道も止まっていた
街は壊れ果てていて、そして誰もいなかった
・・・こんな状態で、何をすればいいのかなんて、教わった覚えがない。
どれくらい、そうしていたのか。よく分からなかった。
のどが嗄れても笑いつづけていたあたしは、床に転がる空色にふと視線を止めた。
色が気に入ってこないだ買ったばかりの、てのひらサイズのメモ帳。
開いた形のまま投げ出されたそれをぼんやりと手にとって、なんとなく、文字を追う。
・・・あたしの、字だった。
いつもどおりの悪筆は、汚いを通り越して解読不能の域に達しかけていた。
乱れきった筆跡は、不安を煽るばかりだったけれど、読むのをとめることなんてできずに、とにかく文字を拾う。
「……戦争」
テレビの向こうの有識者が、それ見たことかと振りかざすような。
映画の中で、登場人物が好んで口にするような。
非現実の象徴でしかなかったその言葉が現実を侵蝕していることを信じられず・・・信じたくなくて、あたしは何度も何度も、メモを読み返した。
なんらかの理由で、戦争が起きたこと。
どこか分からない国による、爆撃や空襲が始まったこと。
大都市圏が狙い撃ちにされたこと。
政府の機能が失われたこと。
核も・・・・・使われた、らしいこと。
分かったことはそう多くもないのに、すべてのベクトルが絶望の方を向いていて。
ページを捲れば捲るほど情報の錯綜が目立つメモが、少しずつ壊れてゆく世界の縮図に見えた。