4.Lifeline.
クマの頭からのびる紐の先、腕のすぐそばでぶらぶら揺れてたのは、新機種に変えたばかりのケータイだった。
祈るような気分で、折りたたんだままのダークレッドの機体を手に取る。
誰かに、誰でもいいから、誰かに。連絡がつくならそれだけでいい。
これがまぎれもなく現実だとしても、こんな酷いことになってるのはここらへんだけかもしれない。そうにちがいない。
ここは日本だ。警察だって、消防だって、自衛隊だってある。
こんな大惨事なんだし、マスコミだって来るかもしれない。
この情報社会で、これだけ大きな町がこのままほっとかれるわけ、ない。
だから、パニくる理由なんて一つもない。
自分に言い聞かせるように呟いて、いつものように電源を押す。
真っ黒な画面を食い入るように見つめながら、これでもう大丈夫だ、と息を吐いた。
もっと早く、こうすればよかったんだ。
・・・だけど、そう都合よくはいかなかった。
黒い画面は真っ暗なままで、起動音がわりの鳥の声すら流れない。
「・・・充電切れ、かぁ」
呟くともなく呟いて、コンセントに差し込みっぱなしのプラグにつなぐ。
充電の赤いランプさえつけば、いつだって通話ができる。
から元気だということは自分でも分かっていて、あたしは笑った。
そうでもしていないと、どこかが折れてしまいそうで、おかしくもないのに笑いながらケータイをじっと見つめる。
・・・どれだけ待っても、充電ランプは点らなかった。
カシャン
時計が膝から滑り落ちた音に、立ち上がった自分を知る。
気づいたときには、部屋の電気のスイッチを何度も何度も押しつづけていた。
カチ、カチ、カチ、カチカチカチカチカチ……
虚しく響く音の冷たさに叫び出しそうになりながら駆けよったブレーカーは、落ちたりなんかしていなかった。
電気代、口座からの引き落としなんだから。
だから、電気が止まるはずはない。
ブレーカーが落ちてないんだから停電ってわけでもない・・・
ぐるぐると回る思考とは逆に、身体が崩れ落ちる。気づいたら、開けっ放しの扉からお風呂に倒れこんでいた。
ちょうど見上げる形になった蛇口に、なんとなく手を伸ばす。
服を着たままなのは、常識的に考えればおかしいことなんだけど、今はそれすら気にならなかった。
ただ、カランをひねって。愕然とする
水は、一滴も落ちてこなかった。
がくりと首が下がって、視線が床に向かう。
・・・・・・かわききった、床に。
「まさか・・・」
のろのろと部屋に戻ったあたしは、一つしかないガスコンロのつまみを回して、ついでにシンクの蛇口もひねって、呆然と、首を横に振った。
ライフラインの、断絶。
誰かの叫びが、遠く聴こえた。
あたしの声だった。