3.The real.
気づいたときには、笑っていた。
笑える状況でも気分でもないはずなのに、笑いつづけていた。
そうしていたら、指先の痛みが消えて、時計の日付が巻き戻って、視界がフェードアウトして・・・いくなんてことが起きるわけはもちろんなく。
壊れた世界は壊れたまま、ただ鮮明にそこにあり続けていた。
不意に、戦慄が背筋を貫いた。
ベランダを吹き抜ける風にすら足が震える。
何かにすがらなければ、立っていることすらできそうになくて、文字盤がむきだしの腕時計を握り締めた。
てのひらに金具が喰いこむ痛みはやっぱり鮮明で、あたしは受け入れざるをえなかった。
これが、悪い夢なんかじゃなくて、現実なのだということを。
打ちのめされた気分のまま部屋の中に転がりこんで、窓に背を向けたらもう、へたりこむことしかできなかった。
のろのろと姿勢を変えて、腕時計を握りしめたままの手を胸に押しつけて、もう一方の手で膝を抱く。こんな状態になっても動いている時計の音に、おばあちゃんを思いだして息を吐いた。
ぼんやりと床をさまよっていた視線が、右足のそばに投げ出された、政治学のテキストのところで止まる。
正確には、薄萌黄色の本それ自体じゃなくて、その下からのぞくクマのストラップに。
『青って勉強運アップするらしいよ。センター試験、一緒にがんばろ〜ね♪』
脳裏をよぎった親友の、ミサキの声に苦笑いがこぼれた。
掲示板の前で互いの合格を祝ったのが、もうずっと前のことみたいだ。
このクマをもらったあの日から、まだ一年も経ってないのに。
青いガラス玉を抱えて本のかげに転がっているクマの、ミサキの笑顔によく似たのんきな顔つきになんだかほっとして、あたしは膝を抱えていたほうの手を伸ばした。
時計をそっと膝に落として、空いた両手でクマを握る。
ふわふわな感触に顔をゆるめかけたそのときだった、腕に何か硬い物が当たってることに気づいたのは。