表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/15

2.The Watch is going.

 

 まどろみは、どこまでもふわふわでぬくぬくしていた。

 たとえてみるなら、深い海の底のようにおだやかなところで、たゆたっているような気分。

 ゆっくりと、ゆったりと浮かびあがっていく意識が息をひとつ。

 こんな贅沢(ぜいたく)、ほかにはないなぁ〜。

 くすくす笑いながら身体を丸めて、毛布のほわほわさを堪能(たんのう)する。

 目は、まだ開けない。

 朝をはじめるその前の時間くらい、まったりしたっていいじゃん。

 ごろりと寝返りをうって、その動きでずれちゃった毛布を首もとまで引きあげて。不意に脳裏をよぎった悪夢に苦笑いした。

 つかれてるのかな。あんなリアルなの見るなんて。

 にしても、身体だるいなぁ。昨日、何かしたっけ?


 とりとめのない思考の世界に遊びながら、目覚まし代わりのケータイが『新世界より』を盛大に唄いはじめるのを待つ。

 でも、いつまでたってもあの重層な旋律が奏でられる気配はない。

 なんか、変だ。

 今日の1限は遅刻厳禁な必修の英語だから、念を入れてアラームかけまくってるのに、なんで鳴らないんだろ・・・実はもう鳴ってたのに、目ぇ覚めなかった、とか?

 脳裏に思い浮かんだ、本当にありそうな(実は何度かしでかした)事態に戦慄を覚えて飛び起きる。

 枕元に伸ばした手が、違和感に気づく。

 朝はそこに置きっぱなしのはずのケータイが、ない。

 あわてて辺りを見回して、あたしは凍りついた。

 ガラスをなくした窓が、所在なさげにたたずんでいるのが目に映って。


 起きあがったばかりの上半身が、ぐにゃりと敷布団に崩れおちる。


 あたし貧血の気でもあったっけ?

 てか、これ。あの夢の続き?


 頭のなかを、クエスチョンマークがぐるぐる回る。

 自分の眼が信じられないのは・・・信じたくないのは、どれくらいぶりのことだろう。

 力の入らない体をそのままに、視線だけを部屋のあちこちに送る。

 よくある造りのワンルームは、記憶のなかの平穏さこそが嘘のような惨状をさらしていた。

 本棚と収納代わりの3段ボックスは中身をぶちまけながら床に倒れてるし、冷蔵庫の場所は壁際から30センチくらい動いてるし、その横に転がってるのは、この間買ったばかりのノートパソコンだし、その向こうの押入れの扉は空きっぱしで、中の収納もやっぱりグチャグチャだし。

 うん、それだけならまだ、あぁ地震でも起きたのか、で済んだのかもしれない。

 いや、済むはずないけど、でもそれだけの方がまだマシだったんじゃないかと思う。

 だって、割れた皿の破片と引き裂かれた(としか思えない)本の残骸が、茶色い床のあちこちに白く散らばってるとかマジありえないじゃん!

 付け加えるなら、いつもパソコンやノートを山積みにしてる机の上の付箋だらけの分厚い本・・・あれってサバイバルマニュアルだし。

 確か、本棚の奥にしまいこんでたはずなのに、ど〜してあんなところにめっちゃ丁寧に置かれてるんだろ。

 つか、あのパソ、なんか叩き壊されてない? 気のせい?

 理解力の限界に挑戦するかのような惨状を、直視しつづけることが出来なくなって窓の方に視線をやる。

 窓枠の向こうがわに広がってるのは、澄みきった青。

 その、場違いなまでの清清しさに、惹かれるように足を向けた。

 相変わらず散乱している硝子の破片を飛び越えて、ベランダに出る。

 あれ? 

 駅前の高層ビル、どこにいったんだろ・・・

 窓から見える景色に違和感を覚える間にも、無音の世界に漂う異臭が鼻をついた。

 雨でも降ったのか濡れたあとのある視界の中に、人の気配はない。

 それどころか、車の走る音とか、登校中の子どもの声とか、「ご町内のみなさま」ってスピーカーの音とか、そんなのが何一つない街は、不気味でしかたがないくらいにしんとしている。

 なんていうか、映画とかテレビとかならよくありそうなシチェーションに、一体どんな顔をすればいいのか分からないまま、あたしはよろよろと後ずさった。

 そのかかとに何かが触れて、身体がはねる。

 そろそろと振り返ってみれば、入学祝いにおばあちゃんがくれた腕時計がコンクリートの床の上に落ちているのが見えた。


 すっごく大事にしまってたはずなのになんで、こんなところに落ちてんの?

 首をかしげながら、右手を伸ばして、文字盤のところをそっとつまむ。

 瞬間、指先に鋭い痛みを感じて、思わず時計を取り落としていた。

 ひっこめた右手の人差し指を見れば、小さくてとうめいな破片が刺さっている。

 反射的に抜いた後で、それは文字盤を覆っていたガラスの破片なのだ、ということに思い至った。


「…っ…」


 プクリと盛り上がった血が、じわじわと指先を侵蝕して伝い落ちる。

 夢・・・だよね。痛いけど。

 こんなにリアルだけど・・・、ゆめ、だよね

 ごまかしようもないことは分かっていながら、何も考えたくなくて恐る恐る伸ばした手で、あたしは今度こそ腕時計をもちあげた。

 覆いのなくなった文字盤の中、それでも動いている短針と長針。

 その背後にぜんまいじかけで表示されてるのが、今日の日付。


「え…?」


 思わず、口からこぼれたのは、やっぱり疑問形だった。

 だって。

 腕時計が示している日付は、私が知っているそれより7日も先の、"未来"だったのだ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ