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13.The stench of death.

 この章には、グロテスクな描写が含まれています。

 ブレーキをかけた理由は、よく分からない。

 好奇心、だけじゃなかったと思う。

 とにかく、あたしは自転車を止めてサドルから降りて、荷物が落ちないように気をつけながらハンドルから手を放した。

 そのときだった。

 風向きが変わって、ひどい臭いが鼻を直撃したのは。

 それは、外に出たときはいつもたちこめていた異臭だった。

 出所がどこなのか、直感的に悟る。

 道端、と言っても、中央分離帯を示すオレンジ色のラインからそう離れてはいないところ、あたしが立っているこの場所から1メートルか2メートルくらいの場所に転がっている、“それ”。

 視線を向けたことを、その瞬間に後悔した。

 自転車からの流れていく景色の一部としてではなく、改めて見つめたそれは、これまでに見たこともないようなどす黒い色と、固形とも液体ともつかない形をしていた。ひどいときは部屋の中まで漂ってきていた、体中に染みついて慣れてしまったと思っていたあの異臭が、ますます強まった気がした。

 だから、余計に気になったのかもしれない。

 ううん、知らないといけないような気がした、んだと思う。

 1歩、2歩と、それがよく見えるところまで近づいたあたしは、その場にしりもちをつくことになった。

 腰から下に力が入らなくて、立っていられなかったのだ。

 視点が低くなったせいで、細い丸太にも似た“それ”が、気のせいかさっきよりもよく見えた。

 腐ったミンチ、というのが一番近いのかもしれない。茶色い液体状のグチャグチャなそれには、ソーセージのような太さの肉片が何個かついていた。

 それが人間の腕だと、気づいたときには吐いていた。何度吐いても止まらなかった。

 出てくるものがなくなっても、胃が痙攣を起こしたかのような嘔吐感が途切れることなく続く。

 うずくまったまま、吐き続ける身体をよそに、思った。

 町中にただよう異臭はつまり、こういうこと、だったんだ。

 町は、いつだってこの臭い、死臭でいっぱいだった。

 なんとなく避けて通ってきた、鴉が上空を旋回しているようなところからは、きまってこの臭いがした。 

 それはつまり、そこで人が死んでる、ってことなんじゃないのか。

 こんなふうに、グチャグチャになって。

 たどりついた結論の恐ろしさに、あたしは震えた。

 いっそ気絶できたら、と思う。それか、せめて目をそらせたら、と。

 だけど。

 あたしは気絶しなかったし、凍りついたかのように動かせなくなった身体の中で目だけを動かすなんてことができるはずもなく。

 グチャグチャの、指があることでかろうじて人間の腕だったと判別できたばかりの肉塊の中に白みを帯びた固体を見つけて、また吐いた。小学校の理科室にあるような、どこか胡散臭いあの作り物めいた白とは違う色と、知っている形とはまったく違うグチャグチャさが気持ち悪くてならなかった。もう胃液しか残っていなかったらしく、のどが焼けるように痛む。

 世界は、相変わらず嫌味なほどに青い空の下で、異臭に包まれている。


 グギャアグギャァ


 カラスが鳴く声が頭上から聞こえて、あたしははっと顔を上げた。

 そう高くない位置に、何羽ものカラスが旋回しているのが見えた。

 とっさに、そばにいくらでも転がっていた瓦礫のひとつを掴んでいた。

 投げつけたそれは、カラスの飛んでいる位置には到底届かず。

 少し離れたところに落ちて、砂煙を立てた。

 その音に、凍り付いていた身体の呪縛がとけて、転がるようにつんのめって、そのまま駆け出した。

 自転車の方へ。

 ほんの数歩に、とても時間がかかった気がした。

 

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