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10.Half awake.

 ぼんやりと。あたしは寝転がっていた。

 昼下がりのこの時間、窓のすぐそばのここは、おひさまの光が少しだけ差し込んでくる絶好のお昼寝スポットなのだ。

 というのは、一週間前にスーパーから戻ってきて荷物を整理していたときに、ついでにガラスも片付けてゴミ捨て場に捨ててたおかげなんだけど、まぁどうだっていい。集積車がこないからゴミ捨て場にたまっていくばかりのゴミとおんなじくらい、どうだっていいことだ。

 見るともなく眺めた空は、あの日のように煙が立ち上っているわけでもなく、嘘のように青い。

 嘘のように・・・、そうだ何もかもが嘘なのかもしれない。

 あたしは、わけの分からない悪夢を見ているだけで、本当はもうすぐ目覚ましのベルが鳴るのかも。

 とりとめなく考えながら、あたしは寝返りを一つうって窓から目をそむけた。


「……おふろに、入りたいな」


 空の青さに思いだしてしまった光景を忘れたくて、ある程度は適当な、けっこう切実な思いを言葉にする。

 こういうときに水の貴重さを思い知るのは、ドラマじゃなくてもお約束らしい。

 もうずっとウエットティッシュとか水のいらないシャンプーとかで凌いできたけど、そろそろ限界だった。

 手が届かない背中が暗黒地帯と化してる気がする。

 腰まであった髪を、べたつく感触のうっとおしさに負けてザンバラに切ってしまったのはもう何日も前のことだ。 

 どこまでも落ちこみかねない気分をごまかすように、タケノコのように積み上げた本の山から適当に文庫本を引っ張り出す。

 表紙をパラリと捲ってみたけれど文字を目で追う気にはなれなかった。

 いいかげん、読書にもうんざりしていた。

 だって、ここのところ本を読んでばかりだったのだ。

 児童書から雑誌まで、時には辞書や参考書にも手を出して。

 ちょっと難しいパズルに頭を使ったり、お姫さまのその後にドキドキしたり、おもしろおかしく笑ったり、知らなかった言葉に感心したり・・・でもそれは、時間を潰すための無意味な時間にしかなりえなかった。

 だいたい、連載中の漫画の続きはもう読めないのだ。



 ふっと、昨日の昼のことを思い出してあたしは笑った。

 そういえば昨日も、こんな風に本を読んでいた。

 おんなじように読書にうんざりして、誰でもいいから誰かと話したくなってぬいぐるみに話しかけた時点でずいぶんやばかった気がする。 

 日課のようにラジオのスイッチを入れても、響くのはノイズばかりで。

 自分が、生きてるのか死んでるのか、よく分からない心地で包丁を握った。

 これで、のどでも掻っ切れば分かるかな・・・

 しばらくそうして鈍く光る包丁の先を見つめてた気がする。

 結局、痛いのはイヤだ、と壁際に放り投げたんだけど。

 ・・・あの時読んでたのが、シリーズものの小説でなかったら、危なかったかもしれない。


  

 回想した昨日の自分の遠さにため息をついて、本をほうる。

 バサリ。

 本の山がまた少し崩れたのを見るともなく見つめながら、少し笑った。


 ほんとうに、どうしてあたしは生きてるんだろう

 誰もいないこの街で、物を盗んで、ただ毎日をやり過ごして

 ・・・そこまでして、生きる意味なんてどこにあるっていうんだろう


 何度も考えたことが、また頭をよぎる。

 このまま、部屋にこもっているばかりじゃどうにもならないことくらい、分かっていた。

 でも、どうにかする方法なんてカケラも思いつけなくて、虚無感に襲われるままごろりと床に倒れこんだ。ぬるく温まったフローリングの床に、全身をかきむしりたくなるような気持ち悪さを覚えて、ごまかすように床に手を打ち付ける。

 ジンとした痛みにほっと息をついて、その手を引き寄せようとしたそのときだった。

 指先に、白いラジオが触れた。


 考える前に、指が動く。

 期待の欠片もないまま、ただ、チャンネルをいじった。



「……ザァアァ…ま……ァザァア…って……」



 唐突に飛び込んできた音に、息を呑む。

 それは、確かに人の声だった。あたし以外の、誰かの。

 あわてて、体を起こして、まだ痛む指でチャンネルダイアルを少しずつ回す。

 なんだってこんなに手が震えるんだろう。

 あたしはこんなに不器用だったろうか。

 焦燥に追われながら、それでもなんとかチャンネルを合わせられた、と思った瞬間。

 放送はあっけなく途切れ。

 あたしはぼうぜんと、ラジオを見つめた。



 ノイズ、ノイズ、ノイズ……



 半狂乱の中で、あたしは耳を押し当てるようにラジオを聴きつづけ。

 そうして、垂れ流されるばかりの雑音にいらついて、壁を何度も叩いた。

 白昼夢だとは、思えなかった。

 どうしても、思いたくなかった。

 それでも、ラジオはもう人の言葉を喋らなくて。

 その残酷さにあたしは泣いた。




 泣きつかれたまどろみの中、夢だとすぐに分かるような、陳腐な夢を見た。


 薄曇りの空の下、妹の暁子をつれて遊びに行く。

 歩いて歩いて、ようやく公園にたどりついて。

 錆びかけたブランコに、暁子を乗せた。

 その瞬間、地震が起きて池の水位が上がって。

 逃げ切れなかったあたしは水にのまれた。

 もがきながら、妹を見る。

 高く高く空を舞うブランコに、少しだけ安心して目を閉じて。

 ブラックアウトした視界が明るくなったかと思えば、そこは実家だった。

 死んだはずのおばあちゃんが、コタツの向こうから笑う。

 もうすぐご飯よ少しは手伝いなさい、とお母さんが怒る。

 暁子の隣で、お父さんが新聞を読んでいる。


 いつもどおりの光景。



 そう思ったときに、目が覚めた。

 顔中、涙でバリバリな自分に、笑いが起きる。

 何を、いつもどおりだと思ったのか、よく分からなかった。

 だって、こんな陳腐なホームドラマみたいな夢。


 おばあちゃんはもういない。

 高校に入ったばかりのころに、遠くの老人ホームに入ったっきり会っていない。

 ミキは、もうあんなに小さくない。

 お母さんは、あんなふうには怒らない。

 お父さんは、夕ご飯の時間に家にいたためしがない。


 なのに、なぜだか懐かしくて涙があふれて止まらなかった。

 泣けて泣けてしかたがなくて。

 しまいには、何が夢で何が本当で何が偽りなのか、区別できなくなってしまった。

 ・・・そろそろ、頭がおかしくなってきてるのかもしれないなぁ

 思いながら、手を伸ばした先に、白いラジオ。

 ウンともスンとも言わなくなっていることに慌てて、電池を入れ替える。

 どうやらつけっぱなしにしたまま眠ってたらしい。

 改めてノイズを吐き出しはじめたラジオに、どこまでが現実(ほんとう)だろうか、と手の甲をつねる。

 痛みだけが、あたしを確かめる。

 その惨めさに息をつきながら、ラジオのチャンネルダイヤルに伸ばした手を止めた。

 白昼夢だったのか、それとも現実だったのか。よく分からないけれど。

 はじめて人の声が聴こえたダイヤルから、針を動かすことは、どうしてもできなかった


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