第1話
牧田紗矢乃さま主催【第三回・文章×絵企画】への参加作品です。和砂様(http://11640.mitemin.net/)のイラスト『落差』に文章をつけさせていただきました。
「あのさぁ」
「うん?」
「俺、新潟行くことにした」
「何?」
「新潟の高校に誘われて」
「……そっか」
「まだ知名度はない学校だけど強くはなってるから……」
「……」
「だから俺が甲子園行ったらさ、そん時は、戻ってきたとき付き合ってくれねぇか?」
「……。ははっ。待ってるよ。いい女になってさ」
――“あの日”から約9年……
麻木真理 24歳(大卒2年目) 女性
職業:家業(下町の商店)の店番 職歴:ナシ 保有資格:普通運転免許、魔女
スポーツ歴:陸上部として練馬区の中学生陸上競技大会に中距離で3年連続出場
・元中学生
麻木は朝に比較的時間に余裕をもって起きる。起きて念入りに顔を洗い化粧、身だしなみ等で何一つ文句の付けどころがないよう水も漏らさない言い訳の出来ない準備をする。出勤や登校など決まった時間に決まった外出や予定はない。ただし彼女はいつでも外に出られる準備をしている。時間をかけて厚く派手に、ではなく自分が最もきれいに見える化粧の加減と方法を心得ており化粧の完成度は高い“調整と用意”の達人。完璧な“フォトジェニック”である。
――リアルな魔女のアンドロイドでの再現を目標とする著名な魔女評論家・研究家クラーク・ワイズマンは語る。
「彼女の全てに対する用意と準備と調整は目を見張るべきで今最も注目すべき魔女はマリ・アサギであることに間違いはないでしょう。私の記憶では、彼女の特徴は個性の点で普通の遊び仲間よりかなり下にあったと思う。しかしながら、彼女には大人びたイイ女的な気質があり、これはしばしば少年や青年たちの気を引き、彼女の他の短所の埋め合わせをした。要するに、彼女は卓越した観察眼と器用な手先と準備と調整のおかげで非常に完成したフォトジェニックとなり、彼女がその才能を魔女として発揮することができないことを、若干の驚きをもって振り返りたいと思う! 私と優秀なスタッフが製作したアンドロイド・マリ・アサギは考えうる全ての彼女に投げかけられる頻度が高いであろう質問への回答が再現されている。彼女のそういった質問への準備はしばしば彼女の知識を上回る」
Q:好きな戦国武将は?
A:「今川義元」
Q:高校野球歴代最高の名試合は?
A:「2006年の帝京vs智辯和歌山」
Q:山手線でおすすめの町は?
A:「池袋」
Q:好きな映画は?
A:「スタンドバイミー」
Q:海の色は?
A:「青」
Q:中学時代好きだったテレビ番組は?
A:「深夜時代の『銭形金太郎』」
Q:今最も注目すべき薬草は?
A:「危険度という点ではスイセンと食用のニラの間違いに最も注目すべき」
「まさに完璧な備えです。彼女は雑談の中で考えうる全ての質問に対する答えを用意しています。そのために彼女は多くのコンパやパーティで大きなアドバンテージを得ました。そしてアンドロイド・マリ・アサギも全ての答えを彼女と同じく出すことができるでしょう。つまり彼女に質問したいときにそれはアンドロイド・マリ・アサギでも可能だということです」
彼女の仕事は実家の商店の店番。八百屋でも雑貨屋でもなく食品や文房具を手広く扱う総合的な商店ではあるが店内は薄暗く近所にはスーパーやコンビニも多いため現在の目玉商品はチェーン店ではできないフライング発売(月→土)の週刊少年ジャンプ。父の趣味は店の裏にある畑と呼ぶには小さいが家庭菜園というには広い場所(便宜上の畑)で農業と呼ぶには小規模だが家庭菜園というには力の入った野菜を育てること。娘の真理が店番をするので晴れた日はほとんど畑で過ごす。母は他界。中学時代は陸上部所属で優秀な成績を残しその名残で現在でもカモシカの美脚である。大学は可もなく不可もない大学に特段苦労もせず進学。特定の科目を履修したため卒業と同時に「魔女」の資格を得る。彼女の現状は美人(すっぴん+化粧)でスタイル(特筆すべき脚)がよいが披露する場が実家の店番のみであり、評価されることは少ない。彼女の持つ化粧・身だしなみ以外の特殊なスキルとしては「魔女」があるがただでさえ死にスキルである上にその中でも絶滅危惧種である「資格「魔女」での単騎待ち」。
――リアルな魔女のアンドロイドでの再現を目標とする著名な魔女評論家・研究家クラーク・ワイズマンによって開発された、マリ・アサギに望む回答のほとんどを得られるほど忠実に彼女を再現したアンドロイド・マリ・アサギは語る。
「魔女は今はあまり必要とされない資格よ。その不要さも取得の難易度からもうかがうことができるわ。取得のための試験もなく、指定された科目で単位を取得することができれば卒業と共に履歴書に魔女と書けるようになるわ。その科目も専門性も高くはない。『自然環境保護論』や『フィールドワーク演習』『発達心理学』あたりでOKよ。特徴としては必修科目ではないものが多かったわ。わたし自身も何故この資格を取ろうとしたのかは覚えていない。日常生活でもあまり活用はされていない。わたしの大学でも同窓生のほとんどが別の資格を武器に就活を戦ったわ」
彼女はこう結ぶ。
「簡単に言えば広く浅い知識が絶妙に役に立たないレベルで身に着く実用性に欠ける趣味の領域よ」
「漢検準二級以上二級以下」
主な収入は父からのお小遣い。収入は主に化粧品等のコスメ用品に費やされるが、使用はされても人の目に触れることはさほどなくおおよそ披露されたとは言い難いままその日の夕方には洗い流される。しかし鬱屈とした商店のレジの向こうで読書に、或いはネットサーフィンかゲームに興じる姿はフォトジェニックとして優秀である。
第1話 “ミミック”
彼女の停滞した時間は彼との再会でしばしさざめきだつ。
「……麻木んちか」
「なんだ小菅か」
小菅暁 23歳(高卒6年目) 男性
職業:フリーター兼少年野球コーチ 職歴:ナシ 保有資格:普通運転免許
スポーツ歴:練馬区の中学生陸上大会に短距離で2年連続出場。野球の特待生(外野手)として新潟県の高校に進学。3年時にセンバツ出場をほぼ確定させるが部内の不祥事(喫煙)により出場取り消し
・元中学生
「ジャンプを土曜に買える店があるって聞いたんだが……」
「ウチだよ。そこんとこ。ちょい待ち。今、ビニール剝がすから」
ピチンとビニールヒモを切る。この時、屈んだ彼女の太ももは普段レジで待機しているときと比較して筋肉が収縮された状態にあり、その光景は麻木真理が過ごした高校や大学の同窓の男子が鼻息を荒げるものであったのだが今の小菅暁にはそちらに割く注意が欠如していた。
「……何よ」
「いや」
「ウチの父親が……育てた野菜でも買ってく? ふぅ」
彼女は立ち上がり週刊少年ジャンプをかつて自分に愛の告白をした小菅暁に意味深長な視線と共に渡すのだった。
「んん」
――リアルな魔女のアンドロイドでの再現を目標とする著名な魔女評論家・研究家クラーク・ワイズマンは語る。
「思春期から成熟期においてマリ・アサギの人格が形成されるにつれ最も大きな存在は小菅暁でした。幼馴染だった彼の幼少期は彼女が覚えている限り、それらは全く平凡でした。小菅暁は少し臆病で小さい少年だった。そして、とりとめのないテレビ番組とマンガが非常に好きで、どんなスポーツにも優れませんでした。しかし友人の勧めで小学校の3年生の時に野球を始め、それを習得していくのと同時に彼は肉体的にも精神的にも著しく成長したのです。中学生になる頃には特に運動神経の点では激しく生意気になっていたのです。そして幼いころからスポーツに秀でていることが最も大きな特徴だったマリ・アサギは常に周囲から一定のリスペクトを集めそれが彼女がほどよく自信家であれる要因でした。そしてスポーツに秀でている子供が須らくそうであるようにマリ・アサギは男子学生にとって強く挑発的に映ったのです」
――マリ・アサギに望む回答のほとんどを得られるほど忠実に彼女を再現したアンドロイド・マリ・アサギは語る。
「わたしはちっぽけな少女だったころからとても足が速かったわ。区の陸上大会にも出場し続けてそのほとんどで優秀な成績を残した。小菅は目立たない少年だったけれど中学生になる頃から足が速くなって比較対象がクラスメイトで最も足が速いわたしではなく、区を代表するランナーたちに移っていった。野球の腕前も優れたプレイヤーとして注目を浴びるようになったわ。中学3年生になる頃には激しく生意気と感じるほどに自信をつけていったわ。でも中学生の頃の男子学生は激しく生意気なくらいが同い年の女子学生には魅力的に映り、わたしは強く挑発的だった。わたしと小菅もその多くの激しく生意気な少年と多くの強く挑発的な少女だったわ」
“あの日”当時強く挑発的だった元・中学生麻木真理、“あの日”当時激しく生意気だった元・中学生小菅暁。“あの日”から9年。魔女と少年野球のコーチと肩書を変え、再び出会う。そんな9年目の退屈な土曜日だった。