表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
中二病生徒会長は微笑んだ  作者: 神戸こーせん
7/10

〈二章〉ファイヤーマン(1)

「浅海先輩」

 生徒会室に通い始めて三日が経過した。放課後の生徒会室には生徒会長である浅海恋と、晴れて書記に任命された棚上牡丹がいた。恋は『生徒会長』と、牡丹は『書記』と、それぞれの名札が置かれた席に座っている。

「なに?」

「『なに?』じゃありませんよ。俺がここに来るようになってから三日も経過したっていうのに、どうして他の役員と一度も顔を合わせていないんですか!」

 生徒会に入り、生徒会室に通うようになって三日が経過している。それだというのに、未だ生徒会長としか顔を合わせていないのが現状だった。

 別にどうしても会いたいというわけではないのだが、やはりどういう形であれ書記として生徒会に入った者としては、きちんと他の仲間にも挨拶くらいはしておくべきだと思うのだ。それなのに……。

「おかしくないですか? もう三日ですよ? 三日も毎日ここに来ているのに、どうして誰とも会えないんですか。もしかして、書記どころか他の役員もいないわけじゃないでしょうね?」

「心配ない。ちゃんといるわよ。ただ……」

 恋の表情に雲がかかる。

 しまった、と牡丹は思った。

 もしかしたら、彼らが来ていないのにはそれ相応の理由があるのかもしれない。たとえば、ある案件において意見がぶつかり合い、喧嘩してしまったとか……。

 誰にしても、一つや二つ他人には言いたくない事情ってものがあるものだ。実際、牡丹自身にもあまり他人に言いたくない事情を持っている。

 そんなことも考えず、感情任せに言い過ぎたことを悔やむ。

「ただね……」

「せ、先輩。いろいろと事情があると思うので、無理に言わなくてもいいですよ」

 しかし、恋は頭を振った。

「ううん。だって、棚上くんはもう私と同志じゃん」

「生徒会には無理やり入れられましたけど、あなたを同志と意識した覚えは一度として……と言うか金輪際ありません」

「うぅ~……、結構いい雰囲気だったのになぁ。まあいいや。他の生徒会メンバーの話だよね」

 恋が真剣な顔になったため、牡丹も気持ちを引き締める。これからどのような話を聞かされても真っ直ぐに受け入れられるように。

「彼らはね、悪の組織によって姿を消されたの」

 前言撤回。真剣に話を聞こうとした自分が馬鹿だったと己を悔いる。

「彼らが仲間になってすぐのこと。私たち生徒会メンバーで悪の組織と大戦争をしたの。そして私たちは敗北した。副生徒会長をはじめ、他のメンバーはみんな悪の組織の攻撃を受け、そして消失した」

 あっ、と何かを気付いたように恋が手を打った。

「消失したと言っても、死んだわけじゃないよ? ちゃんと生きているから。え~と、言い換えるなら幽霊のような存在になったってところかな」

 まるで数百年前の出来事を語るかのごとく、恋は話を続ける。

「悪の組織の使った技は強烈で、絶対幸福者で能力値の高かった私は助かったの。でもみんなは……」

(出たよ、絶対幸福者)

 心の奥底で深く息を吐いた。

「みんなは幽霊となり、そしてこの部屋にも来ることができなくなってしまったってわけ。だから私は、彼らを取り戻すために悪の組織を追い続けているの」

 シリアスムードを醸し出しながら、恋は話を切った。

 中二病もここまで進行すると、自分の世界に合った雰囲気まで作り出すことが可能らしい。くわばら、くわばら。

「話を要約すると、みんな幽霊部員状態ってわけですね」

「そうとも言えるかもしれない」

 否定しなかった。

 つまるところ、現生徒会において役員の欠員はないが、生徒会長と書記以外が幽霊部員化し、生徒会室に来ていないようになっているということだ。

 こんな中二病全開の人が生徒会長では逃げ出したくもなるよな、と他の役員に共感すると共に恨んだ。

 なぜなら、彼らがきちんと役割をこなしていれば、牡丹が書記に任命される可能性も薄く、こうして恋の相手を一人でする必要もなかったのだから。

(……そんなことより、この学校の生徒会は本当に大丈夫かよ)

 なんだかいろいろと不安になってくる。

「そんなことだから棚上くん。お願い、力を貸して!」

「断固拒否します」

 上目使いで手を合わせてくる恋の願いを、有無を言わさぬ早さで切り捨てる。そして死んだ魚のような目で天井を仰ぎながら心の中で呟いた。

(悪の組織の団員。早く俺にも幽霊になる術をかけておくれ……)

 ところで、と恋が早くも話題を転換した。相変わらず、と言ったところだ。

「連続放火についてなんだけど」

 最近、牡丹たちの住む地区で頻繁に発生している放火のことである。

 他の地域でも発生しており、場所や犯行の期間がバラバラであるため、警察も捜査が難航している。おかげで犯人の影すら追うこともできず、目的も不明のままであるため、事件数は増えていくばかりだ。

 ただ、これだけの放火が発生したのにもかかわらず、未だ死人がいないという点においては、不謹慎ではあるが不幸中の幸いと言えるかもしれない。

 先日、恋と見た火事でこの地域内だけでも十四件目となる。他の地域も合わせると、一体何件起こっているのかわからない。早く犯人を逮捕してもらいたいものである。

「前に言っていた犯人を見つけるって話ですか? もちろん俺は嫌ですよ? 面倒くさいですし、そもそも生徒会関係ないですし」

「いいじゃないの。どうせ暇でしょ? 彼女もいないことだし」

「放っておいてください」

「あ、なんなら私が彼女になってあげ――」

「勘弁してください」

「なっ! 即決すぎでしょ! 失礼だぞ、棚上書記! これでも私、結構モテてる方なんだからね!」

 頬を膨らませプンプンと怒っている。

「そんなことよりも犯人探しでしょ?」

 このまま不機嫌でいられるのも厄介なので、今度は牡丹が話の路線を切り替えた。話をそらされた恋はやや不服そうだったが、やがて「そうね」とうなずいた。

 彼女曰く、牡丹が生徒会書記に任命されたのは、なにも牡丹に書記の仕事をさせるためではないらしい。

 その真の目的は、連日起こっている放火魔追及のための作戦会議を行うため。つまり恋の遊びに付き合うために生徒会入りしたと言ったところである。

 立ち上がった恋は窓際にあったホワイトボードを引っ張り出してきて、なにやら文字を書き始めた。

「それでは、第一回連続放火魔を追う会を開催いたします。ドンドンパヒュパヒュ~」

 恋はハイテンションな様子である。あまりテンションを上げるような題材でもない気がするのだが、そこは黙っておこう。

「まずはこの地図をご覧いただこう」

 そう言いながら、用意されていた地図をホワイトボードに張り付ける。四隅を磁石でとめられた地図には、いくつかの印が書きこまれている。

 赤い丸印が疎らに描かれ、その丸の下に日付が書かれている。それらの印は、ここしばらく起こっている火災の発生場所とその日付を示したものであった。

 この町は面積的にも人口的にも大きな町である。そのため、街全体の大きさから見てみると、火災発生率はそこまで多くないようにも見える。実際、印があるのも所々にポツポツポツと言った感じである。しかしそれはただの錯覚であり、その数は決して少ないわけではない。

「犯人追及と言っても、手掛かりはなにもないじゃないですか。実際、発生場所にも発生時間にも統一性はないですよ」

 この事件の厄介なところはここに在る。

 発生時間や発生場所に規則性がないということ。まるで目の前にあるものにただ火を着けているようにも見える。このことから警察は、犯人は一人ではなく多数もしくは模倣犯がいると考えている。

 しかし、恋はそれらの警察の考えを否定する。

「統一性ならあるよ。これらの事件において、まだ誰も死んでない。ううん、それどころか怪我人もいない。それに、燃えたのは全て人の気配がなくなった建造物ばかり」

 このことより、犯人は人を殺すことを望んではいない。ただそれを燃やすことを目的としている、と恋は口にした。そのことについて牡丹も同じことを思っていた。

 しかし、それゆえに、その考えに“現段階においては、まだ人を殺すことを望んでいない”と言う別の意味を孕んでいることに彼らは気付かなかった。

「とりあえず放火された場所を見て回ろうよ。なにか情報が落ちているかもしれないからね」

「……あの、先輩。前々から気になっていたことがあるんですけど」

「なにかな?」

「先輩は、どうしてそこまで必死になって今回の事件の犯人を追おうとしているんですか?」

 不思議で仕方がなかった。

 確かに今回の一件はとても大きな事件である。しかし、それは単なる放火事件が連続的に起こっているだけである。

 世の中には、ソーシャルネットワークを使った犯罪や、人を閉鎖空間に閉じ込めて奴隷のように扱う事件など、他にも珍しい事件は多くある。だが、恋は他の事件には一切関心はなく、この連続放火事件には、まるで憑りつかれているかのように、異様なまでの興味を示している。

 なにか特別な思い入れがあるのだろうか。ただの興味本位とは言えないほどの執着心のようなものを感じる。

 それこそなにかを知っているような……。

「そりゃあ、必死にもなるわ。だって生徒会のみんなを幽霊にした悪の組織が関与しているかもしれないもの。絶対にあいつらを見つけ出して、みんなを元に戻す!」

 グッと拳を握って言った。

 それだけで牡丹は納得した。やはり恋はなにかを隠している。それは事件に関係ないことなのかもしれない。それでもなにかがある。

「そうっすね。流石に生徒会長と書記しかいない生徒会は問題ですから」

 軽く相槌を打ち、それ以上詮索しないことにした。

 その時だった。

 生徒会室のドアがノックされ、一人の女子生徒が姿を現した。一瞬生徒会の誰かかと期待をしたが、どうにもそのようではないらしい。

「えっと。恋、いま仕事中? 忙しい?」

「あ、小町じゃん。ううん、暇を弄んでいるところだよ。どうかしたの?」

「生徒会のトップがその発言をするのはどうかと思うよ、恋……」

 どうやら恋の知り合いだそうだ。

 身長は牡丹と同じくらいで、同年代の女子と比べると高い方に分類されるだろう。割と背の高い方である恋よりも頭半分くらい高い。

 肩までかかる黒髪を頭の後ろで一つに纏めている。スカートから伸びる白い足は長く、膝のあたりから黒いソックスになっていた。

(ニーソ……そそられる。絶対領域最高です)

 健全と言わんばかりに膨らんだ胸が、制服の形を少しばかり変形させていて、見た感じ服に体が締め付けられているような気もする。

 牡丹は恋と小町と呼ばれた女子生徒を交互に見る。

(……この人の方が生徒会長っぽく見える)

 漫画やアニメに登場する生徒会長は、どちらかと言えば小町と呼ばれた女子生徒の方が多い。黒髪で背が高く、お淑やかそうで『淑女』という言葉が似合いそうな。

「棚上くん、なにか失礼なこと考えてないかな?」

「気のせいじゃないですか?」

「と言いながら、私と小町の胸のあたりを見比べているのはなぜかな?」

「誤解です。俺がそんな下世話なことするはずがないでしょう?」

「だったらどうして小町の胸を眺めている時の方が、私のものを眺めている時より二秒長いのかな?」

「心配いりませんよ、浅海先輩。すらりとした身長に強弱のある体型も良いですけど、すらりとした身長にすらりとした体型も俺は好きですから」

「後者は私のことか!」

 開いていた口の中にボールペンが突っ込まれた時は、本当にもうだめかと思った。

 そんな二人の様子を眺めながら、ドアの前で立っていた小町は笑う。まさか本当に、笑うだけで実った果実が揺れるとは思いもしなかった。

 やれやれと言った感じで、恋はやって着た彼女を紹介する。

「この子は私の友達の山根小町やまねこまち。小学校からの付き合いでいつも手を焼かされているんだよ」

「焼かせている、の間違いでしょう?」

 キッとすごい目つきで睨まれてしまう。もう一度ボールペンを突っ込まれるのは勘弁なので口を手で押さえた。

「で、こいつが我が生徒会長書記の棚上牡丹(仮)だ」

「(仮)は余分ですよ!」

 牡丹はツッコミを入れて、浅海恋と古くからの友人であるという山根小町と改めて向き合い、挨拶をした。

「棚上牡丹です。よろしくお願いします」

「いえいえ。こちらこそよろしく」

「それで、なにか用事?」

 恋が早々と話題を切り替える。それに対し、小町は「うん」と小さくうなずくと、少しうつむいて語りだした。

「実はね、一昨日くらいからシュレディンガーが行方不明になっちゃったのよ」

「シュレディンガーが? まさか境界線を越えたのではあるまいな」

「うん、あの子はそんな力持ってないから大丈夫だよ。多分この町にいるんだけど」

「この町も今や悪の組織の支配下になりつつあるからね」

「うん、最近この町も物騒だから心配で……」

「ちょっと待ってください」

 耐えられずに牡丹は口をはさんだ。親友であるはずの二人の会話が、どこか噛み合っていないような気がする。少なくとも恋の方は、早くも自分の世界を――中二病の世界を創造している。

「一体なんの話をしているんですか? シュレディンガーってなんですか?」

「今の会話で分からないとは、少々コミュニケーション能力に欠けているのではないかな? これからの時代、必要なスキルはコミュニケーション能力だよ?」

 自慢げに語る恋に向かい、この人だけには言われたくない、と心の奥底で思う。

「だめだよ、恋。ちゃんと説明しなくちゃ。そんなことだから他の役員さん、逃げちゃったんだから」

 違います、それもあるのかもしれませんが、元は彼女の患う不治の病が原因です、と声に出さずに呟く。

「えっと、ごめんね。シュレディンガーは私の家で飼っている猫の名前なの」

 先ほどから会話に出てきているシュレディンガーとは、山根小町が飼っている猫の名前だそうだ。話を聞くと、その猫は全身が真っ白くて、とても尻尾が長いらしい。妹か弟が欲しいとせがむ小町に、父親がある日連れてきたらしい。

 ちなみに、その猫をシュレディンガーと名付けたのは、ここではない高校で物理の先生をしている父親だそうだ。物理に知識のある者が、猫に対してシュレディンガーと名付けたのだ。

 シュレディンガーの猫。

 猫をある箱に閉じ込め、原子を反応させ毒ガスを発生するようにする。すると、毒ガスが発生する確率、つまり猫が生きているか死んでいるかという確率は半分半分になっている。しかしそれらは不確定であり、箱の蓋を開けてそれを確認した瞬間、それらは一つの状態に収束――つまり猫の生死がはっきりする。そういった内容の話だ。

 そんなことくらい、物理を教える小町の父親は無論承知のはずだ。おそらくシュレディンガーという名はネタ百パーセントで考えたのだろう。

「話から考察するに、そのシュレディンガーっていう白猫が一昨日から迷子になったっていうことですよね」

「そうなの。あの子が行きそうなところは全て探したんだけど、どこにもいなくて」

 一昨日から行方不明で、ずっと探しているのに見つからないということは、それってもう見つけ出すのは困難ではないのか?

 相手は移動体で、今この時も移動している可能性は大だ。昨日ならまだしも一昨日ともなれば、移動距離はどれくらいなのか、それすらも算段できない。

「で、シュレディンガーを探してほしいというわけね」

「うん。できそう?」

「問題ないわよ。私の永久追跡からは誰も逃れられないんだから」

 ふふんと鼻を高くする恋。どうやら、小町も彼女の中二病について知っているらしい。小町は彼女の手を取って「ありがとう!」と言った。

 そんな二人が心配になった牡丹は、ついつい小町に尋ねてしまった。

「山根先輩。浅海先輩が重度の中二病患者って知っているんですよね?」

「もちろん知っているよ。でもまあ、恋はやる時にはやってくれるから。大丈夫、ちゃんと信用できるから」

 にっこりと微笑む小町に、牡丹は一瞬ドギマギしてしまう。ここまで友達思いの人に、かつて会ったことがあっただろうか。

「そこ、なに話しているのよ。それじゃあ小町、いつもみたいに写真とかある?」

「あ、うん。携帯でも大丈夫かな」

 少し慌てて携帯を取り出した小町は、二百枚近くある『シュレディンガーフォルダ』から、特に愛らしいものを表示して恋に渡した。

「久しく見てなかったけど、やっぱり可愛い」

 若干頬を緩ませた恋は、自分のカバンから眼鏡を取り出した。黒縁眼鏡をかけた彼女を見るのはこれで二度目である。黒縁眼鏡が体の一部であるかのように、恋にとても似合っている。前見た時は夜だったので気付かなかったが、それほど視力は悪くないのか楕円形をしたレンズは薄かった。

「せ、先輩って目が悪いんですか?」

 それまではどこか子供らしい一面を見せていた恋だが、眼鏡を掛けるだけでどこか大人っぽく見えてしまう。恋の眼鏡装着に思わず見入ってしまった牡丹は、少し慌てたようにそう言った。

「別に悪いわけじゃないのよ」

 受け取った携帯の画面を凝視する恋の代わりに小町が答えた。

「あれ、伊達眼鏡だから。気持ちを切り替えたい時とか、昔からああやって伊達眼鏡をかけるの。まあ一種の切り替えスイッチみたいなものなのかな?」

 道理でレンズが薄いわけだ、と納得した。

 恋の眼鏡は視力を補助するためのものではなく、別の役割があるらしい。小町は気持ちの切り替えと言っていたが、牡丹は単に中二病ワールドでのキャラを成立させるための小道具であると予想する。ありきたりだが、眼鏡をかけると特別な能力を発動することができるとでも考えているのではないだろうか。どうにも恋は形から入るタイプらしい。

「そう言えば、棚上くんはどうして生徒会に入ろうと思ったの?」

「無理やり入らされたんです。先輩に名前書かれて勝手に書類を提出されていたって感じです」

「そうなの。恋らしいと言えば恋らしいわ」

 くすくすと笑う小町。笑い方もどこか品があって、思わず喉を鳴らしてしまう。

「シィークサーチルック・ファインドキャッチヒットゲット、シィークサーチルック・ファインドキャッチヒットゲット……」

 突然、呪文のような念仏のような籠った声が聞こえてきた。もちろん、その出所は恋である。

「シィークサーチルック・ファインドキャッチヒットゲット」

 黒縁眼鏡をかけた恋は、預かっていた小町の携帯に手を乗せ、目を閉じながらぶつぶつとなにかを呟いている。

 目を閉じるのだったら眼鏡いらないんじゃないか、という感想を抱いてしまった。

 それにしても、よく聞いてみればなんとも単純極まりない呪文である。ただひたすら『探す』と『見つかる』の単語が連なっているだけなのだ。アニメや漫画で出てくるようにどこの言葉かも分からない呪文ではなかった。

「シィークサーチルック・ファインドキャッチヒッ――。ふふん、捕捉完了」

 どうやら小町の愛する白猫シュレディンガーの居場所が分かったらしい。静かにゆっくりと目を開けると、かけていた伊達眼鏡を外した。

「さて、シュレディンガーを迎えに行こう」

 パッと立ち上がった恋は、携帯を小町に返し、そそくさと生徒会室から出て行ってしまう。

 その行動の早さに唖然としていた牡丹は、しばらく恋が消えていったドアを眺めていた。そんな牡丹に小町は優しく声をかけた。

「ほら、棚上くんも行くよ。早くしないと放って行かれちゃうから」

 その言葉で我を取り戻した牡丹は、「あ、や、はい……」とだけ返事をして、小町と共に恋の後を追った。


 結論から言ってしまえば、牡丹たちは白猫シュレディンガーを発見することができた。

 見つけ出すのに、学校を出てからそれほど時間も経っていない。まるでそこにいることが分かっていたかのように、そこに向かっていくと出会えた。

 シュレディンガーがいたのは、雑草が生い茂っている荒れた土地であった。好き放題に伸びる雑草は、高いもので牡丹たちのヘソのあたりまであり、ここしばらく手入れをしていないことが丸わかりであった。

 そんな土地には小さな一階建ての建物が建っていて、その周りにはブランコや滑り台といった遊具が姿を見せている。牡丹はここが昔保育園かなにかであったのではないかと推測する。

 木造建築で、一昔前の雰囲気を醸し出している。長い間使われていなかったのか、窓ガラスは汚れが目立ったり割れたりしていた。外装もひどく傷んでおり、夜中に見ると幽霊屋敷と思ってしまうかもしれない。

 その建物の軒下にシュレディンガーはいた。体を小さく丸めている。話に聞いていた通り、体は真っ白で尾がとても長かった。

 一瞬死んでいるのかと思ったが、小町が「シュレディンガー、迎えに来たよ」と抱き上げると「にゃー」と弱弱しく反応したので、空腹で動けずにいるだけなのだと分かって安堵した。

「随分と衰弱しているようですね。病院に連れて行った方がいいかもしれません」

「うん、そうする」

 よほどシュレディンガーのことを心配していたのだろう。目の端に涙を浮かべて、白猫を抱きしめていた。

 それから恋と牡丹に何度も何度も感謝の言葉を告げると、早速白猫を動物病院へと連れて行った。

「私の永久追跡は眼鏡をかけていることと、サーチ時に探索対象となるものを見ていること。この二つの条件を以てして発動するの」

「あ、そうですか……」

 やっぱり牡丹の想像通り、あの伊達眼鏡は想像した自キャラを作り出すための小道具の一つだったらしい。

(ということは、あの呪文はあまり意味がなかったということか?)

 少し疑問が残ったりしたが、追求しないことにした。深入りして藪蛇をつついては面倒くさいことこの上ない。

「てことで、初めて棚上くんに力を見せてみたけど、どうかな? これが絶対幸福者の力なんだけど」

「いやいや、たまたまでしょ」

「違うよ! 私の永久追跡って力で探し出したんだよ!」

「はいはい、分かりましたって。これでいいですか?」

「あ! なんか馬鹿にしたね!? 先生に下着盗まれたって言ってやる」

「なんですかそれは! そんなホラ吹いていたら信用失いますよ!」

「私は生徒会長よ! 誰よりも先生からの信頼を得ているんだからね!」

「こんな心が汚れまくった生徒会長、俺は初めて見ましたよ!」

 牡丹と恋の言い合いはしばらくの間続いた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ