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中二病生徒会長は微笑んだ  作者: 神戸こーせん
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〈二章〉ファイヤーマン(4)

 昨日、傘を忘れたため雨に打たれながら帰宅した結果、家に到着した頃には上半身どころか全身びしょ濡れ状態であった。まるで服を着たままプールに飛び込んだ感じの濡れ具合だ。

 それにもかかわらず今日は咳一つ出ず、体温も平常運転である。あれだけ濡れて風邪一つ引かないとは、よほど体が丈夫なのか、よほど運がいいのか……。

 昨日の今日ということもあって、制服は完全乾いていない。少し湿っている制服を、冷たい風が吹き抜けていく。昨日の雨で随分と気温が下がったようだ。

「おはよっ! ……って、どうしたの!? なんだかとても疲れているようだね」

 教室に入り、予鈴までの残り時間を静かに過ごそうと思っていた矢先、同じクラスの岬原緑が声をかけてきた。

「なんだよ……」

「せっかく美少女が声をかけてあげたっていうのに、その態度はなんだい? もっと鼻の下を伸ばしてもいいんじゃないの?」

「え? せっかくの美幼女がなにって?」

「ぶっ殺すぞ、この腐れロリコン野郎」

 昨日、あの炎の刃を見たせいだろうか。首筋に当てられているハサミにちっとも恐れを抱かない。それどころか、『そんなものでこの俺が倒せるとでも?』と言えるくらい余裕がある。

(……危ない危ない。最近あの生徒会長さんと一緒にいることが多いせいで、中二病に感染しつつあるぞ)

 咳払いをして、心の中に住まう中二病菌を体外に吐出す。

「そう言えば、今日の朝のニュース見た? すごかったね」

「ああ、よく覚えているよ」

「ふつう街灯がああやって折れるなんてあり得ないもんね」

「ああ、そうだな」

 目の焦点を緑からずらしながら、気の抜けた返事をする。

 昨日のあの一件で出た被害は、人々の注目を引くには十分であった。新聞の写真やテレビの映像では、見慣れた風景と共に見慣れない状況が映し出されている。

 切り口がきれいな状態で街灯が切断されている状況。

 こんな事件は牡丹の知る限りでは他にない。もしかすると、これが最後かもしれない。それほどにまで、街灯が両断されるという事件は珍しい事件であり、人々の気を引くものとなった。

「……」

 牡丹は事件現場に居合わせていたのだが、そのことを口外しないと決めていた。自分がそこにいたと公にすれば、後々警察から事情徴収などを受ける必要性があり、非常に面倒くさいことになるからだ。

 昨日のあれを思い出しながら、牡丹は寝起きのようにボーっとしている。いろいろと思うことがあり、少々頭の中が混乱していた。

 そんな牡丹に緑は尋ねた。

「あのさあ、牡丹。実はちょっと前から気になっていたんだけど、生徒会長さんとなんかあったの? と言うか、どういう関係なの?」

 不意にその話題に向かったものだから、思わず吹き出しそうになる。瞬時に脳裏に彼女の姿と絶対幸福者というワード、鴨葱来人という少年の姿が浮かび上がってきた。

「なんで急に生徒会長のことになるんだよ」

「実は昨日見たんだよね~、牡丹と生徒会長さんが並んで歩いているところ。まあ、最近っていうかここ数日ずっとなんだけどさ~」

「えっと、それは、なんていうか、その……」

 まさか見られているとは思いもしなかった。

 さて、なんと言ったものか。放火の犯人探しなんて言ったら後々面倒なことになりそうなのは見えている。

「そう、生徒会活動だよ。地域調査していたんだ」

「そうなんだ。生徒会活動だったのね」

 どこか嬉しそうにする緑だったが、そのわずかな表情の変化に牡丹は気付いていない。

「……ちょっと待て。お前の家、あっち方面じゃねえだろ」

 ふとしたことに気付き、言った。

「……(ギクッ)」

 緑の肩がびくりと動いた。目線が牡丹からそれていく。

「昨日行ったのは家から反対方面の場所だ。お前がたまたま見かけるなんてこと、ないはずなんだが?」

「…………(ギクギクッ)」

 再び肩が震える。その震え具合から、激しく動揺していることが分かる。目線は完全に宙を泳いでいる。

「お前、もしかして」

「……………………」

 緑の顔がだんだんと赤くなっていく。目を凝らすと額には汗がにじみ出ていることが分かる。手や足はまるで隠し事がばれる直前の子供のように、ぷるぷると震えている。

「生徒会長の追っかけなのか?」

「……」

「うおいっ! 殺す気か!」

 咄嗟に身を引いたから良いものの、先ほどまでそこに喉があった場所には、光を反射するハサミの刃先があった。緑からは殺気に似た只ならぬオーラを感じる。昨日ぶりの冷や汗をかいた。

「へへっ、冗談よ」

「冗談って感じじゃなかったぞ。少なくとも目はそう言っている!」

 今の目は捕食者が獲物を狩るときと同じだった。決して捕え損なわないように、そして確実に仕留められるように瞳が輝いていた。

「だから冗談だってば」

 緑が少しふて腐れながらハサミを引っ込めていく。

「あのな、緑。別に人の恋愛にどうこう言うのは性分じゃないけど、一人の友人として言わせてもらうぞ。ストーカーだけはやめとけ」

 再びハサミが飛び出し、牡丹の頬をかすめたのは言うまでもなかった。


 放課後になった。

 場所はもちろん生徒会室である。

 無理やりとは言え、なったからには仕事を全うするのが牡丹の性分だ。今のところ、加入後毎日欠かさずに生徒会室に行っている。

 牡丹が到着してしばらくしてから、プリントを抱えた恋が入室してきた。尋ねると、先生から頼まれた生徒会の仕事の一部らしい。

「手伝いますよ。これでも書記ですから」

「これくらい大丈夫。それよりもどう? 今日はどの方面に向かう?」

 素早い断りを食らい、話題は早速放火犯探しに移った。彼女の中での優先順位は、生徒会の仕事よりもそちらが上らしい。

 牡丹は昨日のことを言おうか言うまいか悩んでいた。

 帰りに絶対幸福者と名乗る鴨葱来人という少年と出会ったこと。

 彼が持つライターから炎の刃が形成され、街灯を両断したこと。

 最後に口にした『しらとり児童養護施設』のこと。

 そして、彼が連続放火犯なのではないかと感じているということ。

「……」

 黙っておこうと思った。でもやはり気になることは気になる。恋と来人が口にした絶対幸福者という言葉がどうしても引っかかるのだ。

「先輩、一つ教えてほしいことがあるのですが」

「同胞の願いとあれば、知っていることをなんでも話そう」

「同胞扱いしないでください。やっぱりいいです」

「うそうそ、ちゃんと聞くから~!」

 椅子を蹴飛ばすように勢いよく立ち上がった恋は、まるで物乞いをする子供のように牡丹の腕に抱き付いた。発展途上であろう胸が牡丹の腕に押し当てられる。

「せ、先輩。む、胸が当たっていますから……、とりあえず離れてくださいっ」

 あまり女性と関係のない牡丹にとって、この出来事は刺激が強かった。いくらそのお胸様が小さいとは言え、人の温もりは直に伝ってくる。嬉しさ半分恥ずかしさ半分で、なんとも言えない感情が渦巻く。

「ちぇ。これだからチェリーボーイは」

「その口縫合しますよ、発展途上先輩」

 鳩尾に正拳突きが突き刺さった。

 しかし今はそんなことをしている場合じゃない。話の路線を戻す。

「そんなことよりも質問いいですか?」

「どうぞどうぞ」

 牡丹の腕に抱き付いたまま恋は首肯した。

「絶対幸福者って、結局のところなんなのです?」

 抱き付いていたため、恋の体が小さく震えたのが分かった。恋は静かに牡丹から離れ、自分の席に座る。

「それが知りたいこと?」

 牡丹はなにも言わず首を縦に振る。

「……その前に私からも尋ねたいことがあるわ。棚上くん、もしかして昨日、あれからなにかあった?」

 今度は牡丹の体が震える。誰にも話していないのだから、昨日のことがばれていることはないはずだ。それなのに、まるでそのことを知っているかのようにピンポイントでそこをついてくる。女の勘というものなのだろうか。恐ろしい。

 恋の目が真っ直ぐとこちらの様子をうかがっている。

「どうして、そう思うのですか」

「そりゃ勘ぐるでしょ。昨日まで全く気にしていなかった言葉を、棚上くん自身から尋ねてきたのだもの」

 流石、中二病を患っていても常運高校生徒会長だ。全校生徒の代表であるだけのことはあり、頭のキレは抜群であった。いつも馬鹿な一面ばかりを見せられているため、この一面を忘れてしまっていた。

「ほら、なんかあったんでしょ。顔に出ているわよ」

 牡丹は少し黙った後、昨日の出来事を話すことにした。

「実は昨日、先輩と別れた後に絶対幸福者と名乗る男と出会いまして」

 恋はなにも口出しせず、牡丹の話を聞く。

「俺はそいつと面識はなかったんですけど、そいつは俺のことを知っていました。そして先輩のように俺のことを絶対幸福者と呼んで、力を見せろと言ってきました」

 この部分だけを聞くと、今の牡丹はどこからどう見ても中二病感染者と思われるだろうが、これは事実であり、実際にこの身で体験したことだ。なんと言われようと、なんと思われようと、どうしようもないことなのだ。

 牡丹は昨日体験したことを、包み隠さずすべて語っていった。

「そういうことね。今朝のニュースはそれが原因だったんだ」

 今朝のニュースとは、もちろん街灯両断事件のことである。牡丹は「そうです」とうなずいた。

「そいつの名前は聞いたの?」

「はい。鴨葱来人と名乗っていました。実名か偽名かは分かりませんが」

 その名を耳にし、恋の顔が険しくなった。

 彼女と出会ってまだ日は浅いが、それでもそれなりの付き合いがある。それでも、その表情は知り合ってから一度も見たことのないものだった。

「やっぱり、アイツが犯人だったんだ……」

「あの、もしかしてそいつのことを知っているんですか?」

「もちろん。だって来人と私は子供の頃、同じ児童養護施設にいたもの」

 そして、彼女はこう付け加える。

「――そこに棚上くんもいたのよ?」

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