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中二病生徒会長は微笑んだ  作者: 神戸こーせん
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〈序章〉物語は動き出す

 男は走っていた。

 薄暗く、ところどころに橙色の電灯が辺りを照らしている。工場のような施設なのだろうか、天井には蜘蛛の巣のように何本もの配管が巡り、壁にはハンドルやメーターがいくつも突き出ている。どこかから巨大なファンが回る音が聞こえてくる。

 金属板で作られた階段を転がるように駆け下り、走る。額には汗が噴き出し、ゼェゼェと息を切らす。

 男は逃げていた。追ってくるのは幸福の塊でありながら恐怖の塊でもある存在。

「まったく。やってくれましたね、反旗翻牙はんきほんがさん」

 逃げる男――反旗翻牙を追いかける彼は言った。

 翻牙の後を追っているというのに、息は少しも乱れていない。その表情は、まるで翻牙を追いかけ回すことを楽しんでいるように見える。

「まったく。あなたのせいで私は他人を信用できなくなったじゃないですか。あなたが悪いんですよ? あなたがこんなことをしたから……」

 追いかける男はまったく疲れを見せない様子で、自分の頬に飛んでいた血しぶきを指でふき取り、ぺろりと舐めた。

「あなたが私から『他人を信用する』ことを奪ったおかげで、私は他の研究員全員を殺す羽目になったじゃないですか、まったく。もしもこれで私が呪われたりしたらどうするんですか。悪いのはあなたなのに」

「今日はいつも以上に饒舌だなッ」

 振り返ることなく、翻牙は走り続ける。

「そりゃあ、しゃべりたくもなりますよ。共に研究してきた仲間に裏切られた憤りと、この力を人体実験できる絶好の機会を得られた喜びが交じり合っているのですから」

「ああそうかよ。だったら今ここで、お前のその舌を引っこ抜いてやろうじゃねえか」

 立ち止まったら終わりだということは翻牙にも分かっていた。しかし、このまま逃げ続けていても、こいつから逃げ切れるとは思えなかった。だとしたら、ここで対峙する方がよっぽど効率的である。

「まったく、ようやく追いかけっこは終わりですか。と言うか反旗さん。どうしてこんなことをしたんですか?」

「俺はずっと、この研究は行き過ぎていると言っていたはずだ」

「また倫理倫理と言うんじゃないでしょうね? ……まったく。そう言うの、うんざりなんですよね。何度も言っているじゃないですか。倫理がどうだと言っていたら、研究なんてできないんですよ」

「度が過ぎていると言っているんだ」

 追ってきた男と向き合いながら、翻牙は背中の腰に手を持ってくる。そして、そこに装備されていた短剣を引き抜き、構える。ギラリと白刃が輝く。

「ははっ、そう言いながらもあなたは研究に付き合っていたじゃないですか。それがこのような形になったということは、やっぱり甥っ子さんでしょう?」

「……」

「大事な甥っ子が研究対象になっていたって知ったからなんでしょう? まったく、おもしろい人だ」

「もうしゃべらなくていい。今すぐその喉、引き裂いてやる」

 短剣を構え直し、攻撃態勢に入る翻牙を目前に、男はにやりと卑しく笑う。

「あなただってこれの力は知っているんでしょう?」

 男は自分の首に巻かれているアクセサリーを指差す。一般的にはチョーカーと呼ばれるものであり、拷問道具などで広く知られている。

 男のそれには、なにやら機械のようなものが取り付けられていた。単三電池ほどの大きさの小さな箱だ。

 男がその箱に設けられたスイッチを押すと、ピィと電子音が鳴り響いた。

「私を不幸にした罰です。あなたの幸福をいただきます」

「その前にお前の息の根を止める」

 翻牙は掴んでいた短剣を男に向けて投げつける。刹那、次の動作に移る。腰に巻かれたホルダーから拳銃を引き抜き、男に向かってトリガーを引く。

 最初の短剣は囮だ。向かってくる短剣に意識が向いているうちに、銃弾を浴びせる。翻牙が頭の中でイメージした戦闘態勢だった。

 しかし、誤算が起きた。

 男に銃弾を浴びせ、体をハチの巣にしようと考えていたが、一発目のトリガーを引いた瞬間、暴発して銃身が暴れたのだった。

 掴んでいた拳銃は弾け飛び、腕は吹き飛ぶかのような衝撃と痛みに襲われる。

「あああああああああっ!」

 腕に感じる激痛を少しでも和らげようと、地面を転がりまわる。

「運がいいことに銃が暴発したようですね」

 そんな翻牙を男は鼻で笑う。

「くそが……」

 翻牙は痛みに耐えながら、懐に隠しこんでいた手榴弾を取り出し、ピンを引き抜いて男に向かって投げつける。

 手榴弾は三回ほど地面を跳ね、その後転がりながら男の足元にたどり着いた。だが、自分の足元に手榴弾があるにもかかわらず、男は顔色一つ変えずその場に突っ立っている。

「どうやら、これまた運のいいことに不発弾のようですね」

 翻牙の投げた手榴弾は、ピンを抜いて数秒後に爆発する予定であった。しかし、なぜかそれは爆発せず、未だに男の足元に転がっている。

 男が手榴弾を拾おうと前かがみになる。その瞬間を翻牙は見逃さなかった。腕の痛みを耐えながら地面を強く蹴り、先ほど投げつけた短剣を拾って構える。

「これ、お返しします」

 男は手に取った手榴弾を翻牙に向けて投げていた。不発弾だったそれを、手に取った短剣で上に弾き飛ばす。

 だが、不発弾であると思いきっていたことが仇となった。弾かれた手榴弾は、天井の配管にぶつかり、そして轟音と共に炸裂した。

「なっ!」

 爆発の影響で天井が崩れる。翻牙の頭上から、瓦礫やらパイプやらが降ってくる。

 あっという間に、翻牙の体は降り注ぐ瓦礫に埋もれてしまった。

「運がいいことに、不発弾だった手榴弾が爆発したようですね」

 男は瓦礫の山に向かい、翻牙の姿を探す。

「ご冥福をお祈りしますよ、反旗さん」

 反旗翻牙はすぐに見つかったが、大きな瓦礫で頭部の半分が潰れ、鉄棒が胸に一本、腹に二本突き刺さっていている状態で、すでに絶命していた。

 彼の屍に手を合わせた男は、首に巻かれたベルトに取り付けられている機器のスイッチを押す。

「いい実験になりましたよ。多くの仲間を失いましたが、どうやら研究は振り出しに戻ったわけではないそうです。案外、あなたの行動は間違っていなかったのかもしれません。先ほどは否定ばかりしてしまい、すみませんでした」

 男はゆっくりと立ち上がると、翻牙の遺体から離れていった。

「それと、研究はこれからも続けていきますからご心配なく」

 そのように言い残して……。

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